陽炎の向こう側             浅井 キラリ

陽炎の向こう側   浅井 キラリ

優しく抱きしめて 37



「村沢君、ちょっと。」

「はい。」

美奈は、川原のブースに行った。

「何でしょうか?」

「先週、出してもらったレポートだけど、いつもの君らしからぬできだね。上っ面しか、資料を読んでいない感じがするよ。もっと、深い所に潜んでいる問題点を浮き彫りにしてもらいたいんだよ。」

「申し訳ありません。」

「もう少し深く読み込んでくれ。頼むよ。」

「はい。」

美奈は、川原から返されたレポートを受け取り、自分のブースに戻った。

PCの前に座り、デスクの上においたレポートを見つめた。

『やっぱり、集中できていなかったんだわ。』

「おい、大丈夫か?川原さんに、きついこと言われていたみたいだけど。」

ブースの上から誠二が顔を出して美奈を見ていた。

「ダメ出しされちゃった~。ちょっと甘く見過ぎちゃったかな?」

「おい。自虐的だぞ。」

「やだ~。冗談よ。冗談。」

誠二の声が小さくなった。

「お前、この間、タクシーで帰っていっただろう。まだ、体調が悪いんじゃないか?」

「大丈夫よ。ちょっと、疲れていたから、タクシーで帰っただけ。さあ、さあ、コーヒーを買って来ようっと。」

美奈が席を立ち、部屋のドアを出て行った。

その後を誠二が追いかけてきた。

「本当に、大丈夫なのか?お前があんな風に言われるような仕事をするわけないじゃないか。体調が悪くて・・。」

「そんなことないって。大丈夫よ。心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だから。」

それは、美奈が一番分かっていることだった。

『私は、自分に納得のいかない仕事をしては来なかったわ。なのに!』

美奈は、火曜日以降、再び、タクシーでの通勤となった。

頓服を飲みながら、その薬の影響で落ちる集中力をどうにか支えながら、仕事に向かった。

『今度、ダメ出しされるわけにはいかないわ。』

美奈の残業時間が次第に長くなっていった。

「おい、今日も遅くまでやるのか?夕飯、一緒に食いに行かないか?」

「ああ、ごめん。区切りのいい所までやっちゃいたいの。」

「頑張れよ。」

「ありがとう。」

その時、電話が鳴った。

「もしもし、美奈?涼子。」

「涼子?」

「あんた、まだ、残業しているの?体によくないよ。もう、帰りなよ。また、倒れるよ。」

「あと、もう少しだけやっていくわ。」

「だめだったら。直ぐに、帰るのよ。」

ここの所、毎晩、涼子から、こんな電話が掛かってくる。

『明日、病院で森口先生に会えるわ。』

今の美奈は、土曜日の精神科の受診の時、森口に会えることを楽しみに仕事をしていた。


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