ペット喜怒哀楽

風の影


著者 : カルロス・ルイス・サフォン
出版社: 集英社文庫 上414ページ 下427ページ 上下共2006.10.15 第6刷 上下共 \780
感想 : 2006.12.5日記に記載
気になった文章:

* 本の一冊一冊に、本を書いた人間の魂と、その本を読んでその本と人生をともにしたり、それを夢にた人たちの魂だ。一冊の本が人の手から手にわたるたびに、そして誰かがページに目を走らせるたびに、その本の精神は育まれて、強くなっていくんだよ。
(読書好きなら分かるでしょ)

* 睡魔と疲れに襲われた。それでも、僕は誘惑に負けなかった。物語の魔法からまださめたくなかったし、登場人物たちに別れを告げたくもなかった。

* 子どもの夢なんて、気まぐれで不実な愛人のようなものだ。

* 銀行強盗のやり方を学ぼうとか、銀行業でも始めようと思ったら ―まぁ本質的には、銀行も強盗も変わらんがね ― 

* 人間はサルとおなじ社交的動物ですからね。仲間びいきと、縁者びいきと、汚職と、陰口が大好きで、そういうものが倫理的行為の規範になる。

* 軍隊ねぇ。社会の病根、サルみたいな種族が本能的に集まってできた最後の砦ですな。

* 悪いやつには特定のモラルと、意図と、ある種の思考性が前提にありますからね。でも、ばかな人間、つまり野蛮な人間は、じっくり考えたり、論理的に思考することをしないんだ。本の央で行動する。動物とおんなじですよ。やつらは、自分がいいことをやっていると思っている。自分はいつも正しいと思いこんでいる。そして、自分とは別種とおぼしき人間を、片っ端からやっつけていくことに、誇りを感じているんですよ。肌の色だろうが、宗教だろうが、言語でも、国籍でも、なんでもかまわない。
* 翻訳なんて、本を書くのとおなじぐらい、ほとんどお金にならないから。
* (この著者、この訳者…)

* そんなのは過去の一部でしかない、もうとうの昔においてきたことだとでも言いたげだった。でも、そういうことって、ぜったいに忘れられないものよ。さもしい根性から出たもとであれ、無知によるものであれ、子どもの心を毒してしまった大人の言葉って、その子の記憶にしっかり気ざまれて、いつしか魂を焼き焦がしていくものだから。

* 小説に逃げ場をもとめる者のように。なぜなら、そういう者にとって、自分の愛したいと思っている人たちは知らない人間の魂に住む影でしかないからだと。

* いい父親、頭と心と魂のある男。子どもの話に耳を傾けて、その子を導いて、認めてやれる男。自分の欠点で子どもを窒息させるようなことはしない男。子どもが、自分の父親だからという単にそれだけの理由で好いてくれるんじゃなく、ひとりの人間として敬愛すべき人だから慕ってくれるようなそんな父親。自分もこの父のようになりたいと、子どもに思ってもらえる人間。

* 親子の関係というのはね、ちっぽけな、心やさしい、数え切れないほどの嘘のうえに成り立っているんです。ほら、子どものころの思い出があるでしょ。クリスマスプレゼントとか、枕の下に抜けた乳歯を隠しておくととか…

* (会話の最中に)また沈黙がおとずれた。こういう沈黙のあいだに、こっそり白髪が生えてくるのだ。

* 人生があたえてくれなかった平和と安心を、彼女は、もしかしたら、言葉のなかに見いだそうとしていたのかもしれない。

* あの内線がはじまった日々のバルセロナ、…空九が恐怖と憎しみで毒されているみたいな感じ。人々のまなざしは猜疑にみちて、胃にずっしりとくるような重い沈黙のにおいが、街じゅうにただよっていたのです。日々、時間毎に、新しい噂や陰口がながれてきました。

* 戦争は、忘れることをえさにして大きくなっていくのですよ。ダニエル。私たちは誰もが口をつぐみ、そのあいだに、戦争は、わたしたちを納得させようとする。私たちが見たものや、やったこと、自分の経験から、あるいは他人から学んだことはただのまぼろしだった、一過性の悪夢だったのだと、わたしたちに思いこませようとします。戦争に記憶はないし、誰もあえて戦争を理解しようとしない。そのうちになにが起こったのかを伝える声が消滅し、わたしたち地震も、戦争というものを認識できなくなるときがやってきます。すると戦争は、顔を変え、名前を変えて戻ってきて、後ろに残してきたものをむさぼり食うのです。

忘却のメカニズムは、武器の音がやんだその日から、槌をふりおろすごとくに作動しはじめました。あの日々に私が学んだのは、語るために生き残った英雄ほど怖いものはないということ、自分の傍らでたおれた仲間たちが二度と語ることのできない話を、生きて語りつぐ英雄ほど大きな脅威はないのです。バルセロナ陥落後の数週間を、とても筆につくすことはできません。戦争中に流されたのとおなじか、それ以上の血が、あの日々に流されました。でもそれは、人目につかない場所での、秘密裏の出来事でした、やっと訪れたはずの平和は、牢獄と墓場にただよう呪いのにおいがしました。沈黙と恥で紡がれた死に装束のごとき平和が、魂のうえで腐ったきり、二度と立ち去ろうとはしない。無垢な手や、潔白なまなざしは、ひとつとしてありません。そこにいるわれわれは、ひとりの例外もなく、死ぬまで秘密をかかえていくことになるのです。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: