東方見雲録

東方見雲録

2023.08.20
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カテゴリ: まちづくり
── 北林さんが「エドノミー研究家」として注目している、江戸時代の循環型経済的な要素には、例えばどんなものがあるのでしょうか?

わかりやすいのは着物ですね。着物は約13メートルほどの「一反」の生地から作られていたのですが、その一反の生地は余る部分のないように、全て使われていたそう。体が成長したり、多少太ったりしても、帯や着方で調整していたのだとか。




江戸時代の人々は着られなくなった着物からも、うまく生活の道具をつくっていたという 『Textiles 5000 Years History』の図を元にCOS KYOTO(株)が作成

ボロボロになった着物でも、パッチワークのように継いで着る。それでも着られなくなったら、雑巾やおしめにする。「もうこれ以上はどうしようもない」という状態になったら、最後に燃やして灰にして、畑の肥料などにする......それが当たり前だったようなんです。

── すごい! 余すところなく素材を使っていたのですね。

そもそも当時は鎖国中で、基本的には日本列島の中で自然が提供してくれる資源の範囲内で充足しなければならず、今と比べると格段に資源が少なかったはずです。着物を新品で買える人なんて、ほとんどいなかったのではないでしょうか。

── 資源が限られていたから、「使い捨て」という発想がそもそもなかったと。

そう思います。職人さんも「モノを作り出す人」というより、「修理をする人」としての意味合いが大きかったようです。

他にもたくさん事例はあります。例えば、人々の糞尿は「下肥(しもごえ)」と呼ばれ、田畑にまく有機肥料としてリサイクルされていたのだとか。多くの庶民が住む長屋は共同トイレで、下肥を一カ所に集めることができるようになっていて、それを下肥買いと呼ばれる人々が購入し、その代金は大家の副収入となっていたそうです。

こちら

本当に強かった日本・文化編 江戸は世界的な消費都市だった
江戸時代の庶民は「活かさず、殺さず」のギリギリの生活であったと思い込んでいる現代人が多いが、結構豊かな消費社会が存在したわけである。江戸中期以降は庶民の経済力も増加し、巨大な消費社会が形成されていた。

飲食店や菓子屋など、今日まで続く老舗もこの時期に設立されたものが多い。幕末頃の欧米社会はまだエリート中心の社会で、江戸のような大衆消費社会にはなっていなかったのではなかろうか。

サービス業も同様で、シュリーマンによれば、「多少とも裕福なものは、毎日髪結いに結わせる。髪結い賃は天保銭一枚である。男たちも、毎日髪結いに洗髪させたあとで結い直してもらう。スカーフやハンカチーフはない。男性も女性も、服の袖の中に洟(はな)をかむための和紙を入れている。彼らは、この動作をたいそう優雅におこなう。彼らは、われわれが同じハンカチーフを何日も持ち歩いているのに、ぞっとしている。日本人が世界で一番清潔な国民であることは異論の余地がない。どんなに貧しい人でも、少なくとも日に一度は、町のいたるところにある公衆浴場に通っている」と評価されている。

日本の生活環境の清潔さは、多くの欧米人が今日まで指摘している。わが国の明治維新後、戦後の経済発展は、江戸期にすでに世界に伍(ご)する大衆消費文化と、それを支える民度の高さを築いてきた基礎があったからこそ可能になったのであろう。
引用サイト: こちら

関連日記:2023.12.12の日記 こちら

関連日記:2023.12.20の日記 こちら
2023.12.26加筆

私見:江戸循環型社会に学ぶ公園緑地のあり方 こちら





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Last updated  2023.12.26 20:11:19
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