東方見雲録

東方見雲録

2025.01.06
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カテゴリ: 私見
2004.01.06の日記 こちら

ちょっとおさらい:団塊世代
団塊の世代(だんかいのせだい)とは、日本において第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代を指す。焼け跡世代の次の世代に当たり、第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)に生まれ、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代のことであり、大学進学した人は、学生運動が最も盛んな時期に相当する。第一次ベビーブーム世代とも呼ばれる。
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世界で初めて「経済的理由」での中絶も容認することになったため、出生率の増大に歯止めがかかり、1950年(昭和25年)以降は出生率が急速に低下していった。さらに戦後、結核など伝染病の予防法・治療法が確立されたことで青少年期における死亡リスクが低下し多産の必要性がなくなったことも、1950年代以降に出生率が低下した要因の一つであった。団塊の世代の母親までは、産婆による出産が主流であったが、昭和30年代には産婦人科医療による出産が主流となった。
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作家の堺屋太一が通商産業省鉱山石炭局在籍時の1976年(昭和51年)に発表した小説『団塊の世代』の中で用いたことから、「団塊の世代」という用語とともに、団塊の世代が日本社会に及ぼす大きな影響が一般にも認識された。アメリカ合衆国でも同様の現象が見られており、こちらは「ベビーブーマー」と呼ばれている。
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プレ団塊の世代
団塊の世代よりも数年前に生まれた世代を「プレ団塊の世代」と呼ぶ例がある。


ポスト団塊の世代
「しらけ世代」、および「断層の世代」
1950年(昭和25年)~1952年(昭和27年)生まれについては、ベビーブーム後ではあるものの年間出生数がまだ200万人を超えていたことからポスト団塊世代と呼ばれる。
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団塊の世代はその膨大な人口のため、幼い頃から学校は1学年2桁のクラス数であり、50〜60人学級で教室がすし詰め状態であってもなお教室不足を招くほどであった。また、その好むと好まざるにかかわらず、学校を主な舞台として競争を繰り広げた。
引用サイト:Wikipedia情報   こちら

関連日記:2025.01.02の日記 堺屋太一の遺作『三度目の日本』   こちら
関連日記:2025.01.04の日記 「シワ寄せ幸せ」からの脱却   こちら

私見:私は「ニッチ世代」か。なにか役立ちそうなポジション

1950年3月生まれの私。いよいよ後期高齢者の仲間入り。
団塊の世代と思っていたが、学年的には団塊の世代だが、生まれ年だと団塊に入らないらしい。
その後の「断層の世代」にも入らない。ニッチ世代だ。


今思えば、若干遅れながら、その後競争社会を生き抜いてきたんだな、と思う。

社会人になって、それなりの考えや意思があっても、先輩団塊が先駆け、席捲した後の「2番煎じ」「冷や飯食い」経験が多かったような気もする。

でも団塊パワーを享受しつつも「群れない」姿勢や「客観視し、独自性にこだわる」生き方も身に着けたのではないかと思う。

ちょっと群れの勢いから外れた分、ちょっと違った視点で残された人生を役立てたい。
堺屋太一氏の遺書となった「三度目の日本」の「楽しい日本」とは何かを、問い、形づける役割があるのではないかと、自問した。

関連日記:2025.01.06の日記 こちら

関連日記:2023.02.26の日記  団塊の世代   こちら





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Last updated  2025.01.21 06:50:54コメント(0) | コメントを書く


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