東方見雲録

東方見雲録

2026.02.04
XML
カテゴリ: ランドスケープ



使用開始日     1990年4月28日
意匠図案説明    九代目団十郎の銅像、宮戸座跡碑を描く
開設場所      〒111-0032 東京都台東区浅草4-42-1
引用サイト: こちら

九代目団十郎の銅像



東京都台東区浅草2丁目、浅草寺境内、浅草寺本堂裏広場にあるのが、九代目市川團十郎像(暫像)。9代目・市川團十郞は、明治時代に活躍した歌舞伎役者で、『歌舞伎十八番之内 暫』(元禄10年に初代市川團十郎が初演)は、9代目上演してから一幕物として独立したという十八番(おはこ)。
・・・・
銅像は、『暫』(しばらく=歌舞伎の演目で歌舞伎十八番のひとつ、荒事の代表的な演目)で鎌倉権五郎(かまくらごんごろう)を演じる市川團十郎が、自ら考案した元禄見得を行なっている場面です。
悪人に今にも斬り殺されそうになっている人々を、「しばらく、しばらく」と声をかけて花道から登場する、まさに正義の見方が、鎌倉権五郎。
実際の太刀より大きめの太刀も迫力満点です。


引用サイト: こちら

宮戸座跡碑

昭和34~39年にかけて、NHK朝の人気テレビドラマで放送されていた、「おていちゃん」でお馴染みの宮戸座。今では当時の芝小屋を感じさせるものはなく、大正震災後、区画整理が実施され劇場あとの番地も幾つかに別れてしまった。歌舞伎芝居を上演していた常設の芝居小屋、宮戸座は、明治29年9月に開業され、新派の俳優で興行したこともあり、ほとんどの俳優が宮戸座の舞台をふんでいるといわれるほど、多くの俳優が巣立っていった。それにちなんで、別名、出世小屋ともいわれていたという。宮戸座跡之碑は昭和53年6月24日に建てられた。
引用サイト: こちら


1914年(大正3年)宮戸座興行チラシ。(早稲田大学所蔵)

宮戸座(みやとざ、1896年 開業 - 1937年 閉館)は、かつて東京・浅草にあった劇場。1887年(明治20年)開館の吾妻座を改称した。歌舞伎、新劇双方の演目を興行した。

概要
略歴
1896年(明治29年)興行主が山川金太郎に交替したのをきっかけに改称。小芝居の劇場のなかでも格式があり、1900年(明治33年)当時の入場料は桟敷(枡席)60銭、大入場6銭。これは歌舞伎座の次に高額だった。
永井荷風「すみだ川」のなかでは、主人公の目を通して、明治末期の幕の内の様子が描かれている。
1923年(大正12年)の関東大震災により、宮戸座を含む浅草一帯は壊滅的な被害を受けたが、1928年(昭和3年)11月再建。平屋建て、884名収容、指定席15席が別にあった。
その後の経営不振により、1937年(昭和12年)5月取壊し。
こちら





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.02.04 00:00:12
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: