ぷりもな日々

ぷりもな日々


M医院で診て貰った右側の卵巣の事だった。
「どうせ今会社休んでいるのだから、ついでといっちゃなんだけど、早く診て貰ったほうがいいよ。」と母。「そうだね。」と私。
お産が専門の個人病院より総合病院のほうがいいよという事で、翌日市内に
ある唯一の総合病院C病院へいく事になった。

産婦人科の待ち合いロビーには沢山の患者が居た。総合病院は午前診療のみ。しかも、すごく待たされる。イライラが募る。私は昨日別の病院を退院したばかりなのだ。

うんざりする程待たされた。受付を済ませてどれ位の時間が経っただろう。やっと名前を呼ばれ、母と一緒に診察室に入った。50台なかばの頭のはげたS医師がそこにいた。産婦人科の部長先生という事だ。右の卵巣が貼れているという事と、それが発見されたいきさつを簡潔に述べる。S医師は内診台に上がるように指示。とても嫌だったが内診を堪えた。たいした時間はかかっていないはずなのに、すごく長く感
じる。それが終わると今度はエコーだった。中待合室で少し待たされ、再びS医師に呼ばれた。

診察の結果はこうだった。やはり右側の卵巣が腫れている。この先自然に小さくなる可能性は無い。むしろ放って置くと、大きくなり卵巣捻転を起こす事も考えられる。これはすごく痛い。また破裂したら腹膜炎を起こす。早く手術した方が良い。病名は当初、卵巣膿腫だった。M医院院長先生から「手術はしなくても大丈夫だと思う。」と云われていたので面食らってしまった。胸がどきどきして少し汗をかいた。

「手術となると入院とかの日程はどうなりますか?」職場復帰が先延ばしになってしまう。早く通常の生活に戻りたいのだ。S医師はそれに答えた。
「この場合約2週間で退院ですね。
手術を避ける事は不可能だった。放っておけばさらに悪くなるというのだ。
自覚症状が無いうちに取ってしまったほうが良い。手術を受ける事を承諾する。S医師はベッドの空きの確認をとるとこう告げた。
「1週間後に入院の支度をして来院して下さい。今日は心電図、レントゲン、血液、尿の検査を済ませたら帰っていいですよ。」

1週間後には又2週間の入院なのだ。そして今まで気にも留めてなかった女性器の大切な一部を失ってしまう。私はまだ結婚もしていなかったし予定もない。ましてや子供を産むなんてまだ先だと思っていた。卵巣一個取ったとてもう一個残っているのだ。心配する必要はないはずなのに腫れ上がった右の卵巣に残っている無数の私の遺伝子を持つ卵子達が可哀想でならなかった。

血液を取る時こらえていた涙が、どっと頬を伝って流れ落ちる。ぽろぽろ泣いている私に採血している看護士さんが優しく声をかけてきた。「手術するのね、大丈夫よ痛く無いから。すぐ終わっちゃうわよ。」
彼女は私が手術が怖くて泣いていると思ったのだろう。きっと普通の患者さんはそうなのだ。私は「違うの。」心の中でつぶやいた。手術が怖いのじゃないの。私の死んでいく卵子が可哀想でならないの。持っている卵子の数は片方で50万あるとも云われている。生涯に産む子供の数なんてせいぜい多くて2~3人だ。少子化の現代では1~2人が普通なのだから卵巣一個の事でこんなに悲しむ事はないのに涙が止まらなかった。

涙の理由を母に話す事もしなかったので、母もまた私が再開する入院、そして手術を悲しんでいると思ったようだった。すすり上げる私に
「あと2週間だから、がんばろ。」

私はただうなずく事しか出来なかった。

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