のんびり生きる。

のんびり生きる。

来るべきが時が来たら



 最初の数ヶ月はまだ彼女は、自分は本を書くためにこういうことをしてるんだと思っていた。客が帰るたびにその時の印象を彼女は書き綴った。日記も書いた。自分がしていることから、自分が娼婦であるということから、自分自身を引き離そうとした。ジャーナリスティックな客観性によって。ドナが詩によってそうしているように。フランがマリファナによってそうしているように。
 しかし彼女にも気づく日が来た。売春というのは先のない最後の行為だということに。彼女は精神的な危機に陥った。自殺などそれまで一度も考えたことがなかったのに、一週間かなりきわどい崖っぷちをさまよった。が、なんとか立ち直った。娼婦がしていることをしていても、自分を娼婦のレベルに落とす必要はない。これは一時的にしていることなのだ。本を書くということがこの世界にはいった理由なら、その本が自分がほんとうにしたかったことをいつか証明してくれるだろう。今していることはなんでもないことだ――彼女はそう思った。それに毎日はそう不愉快なものでもなかったし。不安になるのは、このことを自分は永久にし続けるのではないかと思えてくる時だけだった。しかし、そんなことはありえない。来るべきが時が来たら、この世界にはいったのと同じくらい簡単に、自分はこの世界から出て行くだろう。
「そんなふうにわたしは自分に言い聞かせたのよ、マット。わたしはパンスケじゃない。たまたま今パンスケがすることをしているだけなのよ。何年間かを過ごすのにもっとひどい過ごし方なんていくらもあるわ」
「ああ、いくらもある」
「今は時間もたっぷりあるし、くつろぎもたっぷりある。読書もできるし、映画にも博物館にも行ける。それにチャンスはわたしをコンサートに連れて行くのが好きなのよ。・・・・・・」
               「八百万の死にざま」256頁

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