のんびり生きる。

のんびり生きる。

ただ無邪気に幸せに


「病気だったんだ」
 彼女は不気味に黙り、嘘を見抜いているかのようだった。
「会えないかな」
「別にいいけど」と彼女は答えた。「いつがいいの?」
「今晩」
「今晩は無理。明日の晩なら」
「じゃあ八時に、いつものヒーターの前でどう」
「あそこじゃなくて、ウィンズ・ホテルは?」

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「会いたくてたまらなかったんだ」と言って、僕は近づこうとした。彼女は白い手袋をしていた。
「どんな病気だったの」
「流行の風邪みたいなやつさ」

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少しずつ、僕の人生は彼女の手の中に落ちていた。だから、彼女を失って初めてそのことに気付いた。彼女のいない人生。僕の人生の喪失という痛み。

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彼女は帰りかけ、僕は必死になった。
「もう一杯どう?」
「結構です。本当にいらない」
「もう一度だけでも会えない?」
「だめ」彼女は立ち上がって出ようとした。「引き伸ばしたって無駄よ。行き着くところは同じなんだから」
「何でそう言い切れるんだい。せめてもう一度だけチャンスをくれよ」
「いや。バスまで送ってくれなくてもいいから、どうぞ、残りのお酒を楽しんで」


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時間が包帯の代わりに傷口を癒すようになるまで、ただただ動き回って気を紛らわそうとバスに乗っては終点まで行った。・・・・・「まったく、この国ももうお終いだな。どっから見てもまともに見える若いやつが上にいて、そいつは最近しょっちゅうここまで乗って来るんだけど、結局どこにも行かないで帰って行くんだぜ」この言葉を聞いた時、長い間病気を患っていた患者が、医者から急に「明日は退院ですよ」と言われたように感じた。

僕は黒い傘を握りしめ、ほとんど猛り狂わんばかりに心に誓った。あの頃にようにただ無邪気に幸せになるんだ、と。この市のいつもの天気である雨降りの晩に、木立の陰で傘をさしていた時のように。


 ジョン・マクガハン「男の事情 女の事情」

 「僕の恋と傘」42頁ー48頁
 My Love, My Umbrella by John McGahern





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