のんびり生きる。

のんびり生きる。

私にはわかるもの


 あっちゃんには、初めて聡子を紹介したときから、
「せいちゃん、あの女はやめとけよ」
と釘を刺されていた。
「どうして?」
「あれは駄目だ。こわい女だよ」
あっちゃんはいつになく真剣な目で言った。
 聡子に夢中になった私は、一時期彼女のマンションで暮らし、自宅に帰らなくなった。当然妻の富士子の知るところとなり、富士子が突然聡子の部屋に乗り込んで来て警察を呼ぶほどの騒ぎになったこともあった。いま思えば、あの頃は一体何を考えていたのだろうか。妻にも「一体、どういうつもりなの」と再三にわたって詰めよられたが、気持ちの中に確たるものは何もなかったように思う。聡子と関係ができた時点で、もう何がどうなっても構わないとは思っていた。しかし、そのあと事態がどんどん深刻化していく中でも、それ以上の考えが思い浮かぶことはなかった。
あっちゃんが仲介に入って、私たちは別れた。
「もし本当に精一郎と一緒になりたいのなら、しばらく時機を待ってください。あなたはまだ若い。三年待ってください。そのあいだは精一郎と会うのは半年に一度にしてもらいます。そのかわり、三年以内に僕がいのちに代えてでも必ずあなたと精一郎を一緒にしてさしあげます」
 こうあっちゃんに言われて、聡子はすぐに私を呼び出したのだった。私のほうはあっちゃんの仲立ちで、三日ほど前からとりあえず自宅に戻っていた。これ以上、聡子と一緒にいると富士子が何をしでかすか分からない状況だった。
 聡子は私の顔を見ると同時に、いまからこの足で駆け落ちしようと誘ってきた。
「仕事だったら私が働くから大丈夫。こう見えても銀座のクラブで結構稼いでいたんだから。あなた一人くらい幾らでも養ってあげる。あなたと一緒なら何でもするし、きっと何でもできる。私には分かるもの」92頁



「あなたにとってはどうでもいい思い出みたいだけど、私は、いまでもあなたのことが殺してやりたいくらい憎いの。お願いだから早く死んでちょうだい」
 乾いた瞳で私の目をしっかり見据え、はっきりした口調で言った。
・ ・・帰り道で、心に深々とした傷を負った気がした。最初は馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしたい気分だったが、次第に聡子の一言が身にしみてきた。あの言葉が本当にしろデタラメにしろ、自分はきっと一人の女性に対して取り返しのつかないことをしたのだ。 94頁



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: