+‘。・*蒼空と爽風の白地図*・。‘+

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-小春日和-

夜桜と満月
「クリス様~!?」

少年は、ブラス城のサロン室で休息をとっといたクリスの名を大声で呼ぶと、
サロン室の扉を開けて、小走りでクリスの元へ向かった。

「・・・・・ルイス・・・?」

少し驚いたクリスは、ティ-カップを口元から離し、目を丸くした。

「あっ・・・。えっと・・・あの・・・お邪魔してごめんなさい。」

走ってきたルイスは息を切らして、途切れ途切れの言葉をなんとか繋げた。

「いや・・・、良い。で・・・?何かあったの・・・?」

「そう!それですっ!確かクリス様、今日予定入ってなかったですよね!?」

「えっ・・・・・うん・・・・・。」

ルイスの元気な声に圧倒されたクリスは、少し躊躇した。

「良かった・・・。今日ビュッデ・ヒュッケで、お花見するらしいんです・・・!」

「花見・・・・・?ビュッデ・ヒュッケで・・・・・?」

「はい!六騎士様方もご参加ですっ!クリス様も行きませんか!?」

クリスは眉根を寄せ、瞼を下ろした。ルイスの顔に不安の色が浮かんだ。

「クリス様・・・・・?用が有るのなら別に・・・・・。」

クリスは透き通った紫色の瞳をルイスに向けた。そして静かに微笑んだ。

「そうだな・・・。報告書のまとめも終わった事だし・・・・・。
たまには息抜きも必要だろう・・・。」

「本当ですか!?じゃあ先に皆で行って、場所取ってますね!!!」

ほっと、肩を下ろしたルイスは、元気良くサロン室を後にした。

「・・・・・花見・・・・・か・・・・。」

クリスはティ-カップの中の、少し冷めた紅茶を眺めた。



最後に花見をしたのはいつだろう・・・。
確かあの時、まだ、あの男は居た。
手を伸ばせばすぐに届くし、声を掛ければすぐに振り返ってくれた。そんな存在。

だけど―――――――――その男は、もう居ない。



あの日、最後に交わした約束だけが取り残された。





満月の夜。空に散りばめた星は、月を魅せるための脇役でしか無いのだろうか・・・。
ひら、ひら、ひら。 木々を飾った薄桃色の桜が舞っている。
月明かりの元、春風に揺れる銀髪に月光を浴びた少女が、頬を紅潮させて駆けてくる。


「お父さまー!」

幼きクリスの声に振り向いたワイアットは、地面に膝を着くと両手を大きく広げた。
クリスはワイアットに飛び込んで、すっぽりと腕の中に収まった。

「ねぇお父さま、見て!」

バッと、身を離したクリスは、小さく握っていた掌を開けた。

「見て。桜の花びらを集めたの!あっちに、いーっぱい落ちてたの!お父さまも来て!」

両手を力いっぱい広げるクリスの仕草は、何とも可愛らしく思えた。

「そうか、そうか。それは良かったなぁ。でも・・・。風邪を引くといけないから、また今度な。」

微笑んだワイアットの顔に一瞬、少しばかりの切なさが浮かんだ様な気がした。
クリスは目をごしごしと擦ったが、ただの空虚な妄想では無い事ぐらい自分でも承知していた。
幼すぎたクリスは、ワイアットの笑みに隠された本当の孤独など解る由も無かった。

「さぁ、帰ろうか・・・。アンナが心配してるぞ。」

ワイアットはクリスを背負うと、桜並木の道を歩み始めた。
父に背負ってもらっている時が、クリスにとって一番好きな一時だった。

「ねぇ・・・・・お父さま・・・・・?」

ワイアットの背に右頬を押し当てたクリスが小さな声で話しかけた。

「何だ・・・?」

相変わらず、ワイアットは真っ直ぐ前だけを見て、返事をした。

「お父さまは・・・・・・・、お父さまはどうしてこの頃、お家に帰ってこないの・・・?」

何気ない質問だった。
ワイアットの顔が一瞬、強張った事をクリスは知らない。

「・・・・・・お父さま・・・・・?」

返事の無い事に、クリスは背に凭せた顔をぱっと上げた。

「すまないと思ってる・・・。お前にも・・・アンナにも・・・。 」

呟く様に言ったその言葉はクリスに聞こえていたのだろうか・・・。
クリスは片方の眉を上げながら、首をかしげた。と、そんな時。
勢いの強い風に桜が踊り舞った。木々が引っ張られる様に揺れている。
ワイアットは立ち止まり、クリスはぎゅっと目を瞑った。

「すごい風・・・・・。」

風が止み、クリスは呆然とした口調で言った。
そうだな。とワイアットも肯定する。

「ふふふ・・・。ねぇ、お父さまは驚いた?」

強風がそんなにおかしかったのか、くすくすと楽しそうに笑う
クリスの言葉に、ワイアットは優しく微笑んだ。

「あぁ。ものすごく驚いたな。」

夜の桜並木に、二人の笑い声が響いた。

「お父さま!来年もきっと、この場所に連れてきてね!」

「・・・来年・・・・・か・・・。」

ワイアットは空を見上げ、静かに呟くと再び歩き始めた。

「ええ!来年も!それから・・・再来年も!えっと・・・その次も!」

ははは、クリスは欲張りだな。とワイアットは苦笑した。


否。ワイアットだけでなく、二人共、今のこの一時を笑い合っていたかった。

後々やってくる『別れ』という名の悲劇を知っているワイアットでさえ、
この一瞬一瞬を大切にしたいと、ただ願った。

クリスは、再び父と、この場所で桜を見て笑い合っている未来を
決して疑わなかっただろう。いや――――――疑えなかった。

「お父さま!来年も再来年も、ずーっと一緒に桜見ようね!絶対よ!」

後ろから覗き込んできたクリスに対し、ワイアットはただ微笑むしか無かった。



「お父さま、約束だよ。」



その一言だけを言うと、クリスは顔を背に預け、静かに眠りについた。
満面の笑みをあらわに、すやすやと眠っているクリスの口からは、
もう一度「約束だよ。」という言葉が漏れた。

それを確認したワイアットは、最後にふっと微笑んだ。

「クリス・・・、悪いな・・・・・。」


あまりにも静寂な、夜の漆黒の元に輝く桜が透けて見えた。

風に散りゆく桜を何とも哀れに思えたのは何故だろう・・・・・。

「こんな父さんを・・・許してはくれないよなぁ・・・。」

そっと右手の甲を見た父の、最後の言葉は風と共に消え去った。





あれから随分と時が経った。
時折、桜を恨めしく思った事さえ有った。
父を待った。待ち続けた。でも父はあの日を最後に、姿を消した。

父はジンバという男に殺された。
その事は後で知った。

そしてジンバも、父の後に永久の眠りについた。

訳の解らない感情に苛まれる日々が続いた。

どうしたら良い・・・・・?

あなたを怒れば良いの?
あなたを恨めば良いの?
憎めば感情は救われる?

悲しく思うべき?
辛いと感じるべき?
寂しいと涙を流すべき?

全部違う。

ただ、あなたが「ごめん。」の一言をくれてたなら、
私は感情を押し殺してまでも、許す事が出来たかもしれないというのに・・・。

私には許す事もさせてくれないの・・・・・?

父とジンバの顔が脳裏によぎる。・・・同じ顔だ・・・と、クリスはため息をついた。




「クリスさーん!こっちですよ、こっち~!」

ビュッデ・ヒュッケに着くや否や、おにぎりを持ったこの城の守備隊長のセシルが
手をぶんぶんと振りながら、いつもと変わらぬ元気いっぱいの声で、クリスを呼ぶ。
ヒューゴやゲド、その他の仲間も、すでに桜の下で、昼食をとっていた。


今しばらく、父とジンバの事は忘れよう・・・。
クリスはふっと微笑むと、皆の元へ足を進めた。

今はただ・・・。この桜を、ここに居る中間達と共に楽しみたかった。

少し冷たい風とは裏腹に、桜の木々からちらちらと覗く木漏れ日に目を細める。そんな春の正午。
思わず笑みがこぼれるそんな一時。初春、晴天の小春日和。



~END~




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