瑠璃色の魔法

瑠璃色の魔法

物事を滞らせないこと。


 金額とか数値ではっきり出るものを頼りにしていたし、判断はアタマでしてました。
 けど結婚してから、「なんとなく快適」「わけもなくそれがいい」を優先するようにしたらこんなに幸せがくるじゃん!という事に気が付いて、お買い物は、数円数百円高くても、料に対してグラム単価がお徳でなくても、『家に置いときたい』『着てみたい』『美味しそう』などで超お気に入りのものを買ってみて、昨日まで仲間だった「まだ使えるものを捨てるなんてバチ当たりよねー」とかいう良識的おば様たちを尻目にジャカジャカ捨て始めました。
 一生なくなることはないと思っていた「物への罪悪感」、もらい物、記念のもの、すべて「もの」に意味がしみこんで、捨てるなんていったら自分の腕をもぎ取るくらい痛みを感じて信じられなかったけど、神道的に「払い、清め」て大気や水や土にお返しする・・自分の未練や執着は煩悩だから、綺麗に断ち切って公共のこのユニバースにお返しするのだと急に悟ってしまったのです。
 すべての物質は自分の体さえも借り物で、ましてや物体は、どんなものもすべて意味があって役目を持って私の所に来て、それを終えたら自分の国へ還りたいんだと。この世の中はすべて公共で、それは例えれば物も情報も人さえも必要だから貸してくださいと頼めば快く貸してくれる図書館みたいなもので。だから、読み終わったのにいつまでも返さなかったら図書館が迷惑する、って思うようになりました。図書館で借りた本の中には、それはそれは素晴らしくて自分にとても気付きや宥めをくれて、できればその本を自分の手元にずっと置いておきたいという本もあるし、とっても役に立つからいつでも見られるように自分のものにしてしまいたいと思う本もありますけど、でも返さなきゃ他の人がそれを読めない。だから自分は必死に覚えたり、そこから得たものを有効に使おうとするけど、毎回早めに返していれば、次にまた読みたくなったときには貸してもらえる。あの人は借りたっきり返さないよということになると、もうどこの図書館も貸し出ししてくれなくなってしまう・・一度ついてしまった汚名は返上するのに時間はかかるけれど、これから少しずつ信用を積み上げていくしかないよね。
 とにかく自分のもとに滞らせないこと、手元に置くなら必ず使うこと、あるいは必要な影響をちゃんと受けつづけること、そしてありがたいと思ったけどそろそろ卒業だわと思ったら、未練を残さず欲しい人にあげたり売ったりして、ほしい人がなければ形を変えて使うなりあげるなりして、それもできそうになければ資源ごみに、しげんにならなければ廃品回収に、それも無理ならゴミとして、とにかく流して動かすことだと気付いたお正月でした。
1/27

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: