『福島の歴史物語」

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2007.10.08
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     あ と が き

 太平記という本がある。応安(一三六八~一三七五)~永和(一三七五~一三八一)の頃までに作られた、南北朝時代五十余年の争乱の歴史文学である。この時代は日本の歴史上、かってない混乱の時代であった。なにしろ日本の最高権力者である天皇家が、二つに分裂してしまったからである。足利方は京都に本拠を置き、後醍醐方は吉野に本拠を置いた。当時の首都・の京都の南は吉野である。南北朝の名は、ここから出た。この南北朝のそれぞれに、日本中が二つに割れてくっつき、戦乱また戦乱の世になってしまったのである。これでは太平記ではなく、戦乱記と言った方がよいと思えるくらいの話である。では天皇家が二つに分裂し、この日本中が二つに割れて争うという事態が、なぜ起こったのか。そのきっかけは、第八十八代で後醍醐天皇の八代前の後嵯峨天皇にあった・
 後嵯峨天皇は、長男の御深草天皇より次男を可愛がった。そして可愛がっただけでなく、次男を天皇にしたくなったのである。本来、天皇の位は、長男からその長男へと継がれてきた。だから後嵯峨天皇は、長男を天皇にしておけばよかったのである。それなのに後嵯峨天皇は、御深草天皇を無理矢理退位させ、弟を位に就けてしまったのである。これが亀山天皇である。まあこのときはおかしいことではあったが、これでも済んだたのかも知れない。ところがこの次の代、長男は当然として、その次男までもが「俺にも継がせろ」という騒ぎとなってしまったのである。そのため代が変わるごとに相続争いがおこることとなってしまったのである。 
 困った天皇家は、幕府に調停を依頼した。幕府とて、とkによい考えのあるわけではない。八十九代の御深草天皇と九十代の亀山天皇の双方の子孫を、交代で位に就くようにしたのである。
 第九十一代には亀山天皇の子の御宇多天皇がつき、第九十二代には御深草天皇の子の伏見天皇がついた。本来なら一人で継ぐ代を、四人が継ぐことになってしまったのである。その次の代になると、よりひどい状況となってしまった。御伏見天皇、御二条天皇、花園天皇、後醍醐天皇という奇っ怪極まりない継承となってしまったのである、そして当然ながら、その任期は短くなった。しかも後がつかえるから、早く辞めろと、せっつかれる始末である。まるでどこかの大臣だ~、後醍醐天皇自体もまた、早く辞めろと、せっつかれていた一人であった。
 後醍醐天皇はこの現状に怒った。そしてその改革を志した。天皇という立場からすれば、それもまた当然であったろう。問題はその方法に無理があったということであろう。

          田村太平記の読みどころ    堀 内 秀 雄

 表題を田村太平記としたことにまず注目を促したい。軍書の最高作品は 〈平家物語〉であるとする評価は、現在においても不動である。いっぽうその類書、末書の多さは、〈太平記〉をもって第一とする。
 したがって「田村太平記」という〈太平記〉の類書または末書の存在を思い浮かべる読者もいるだろうが、それは無い。
 この作品は、おもに〈太平記〉四十巻のうちの第一巻から第二十一巻あたりまでを時代背景として描いた東北有力武家集団の動向、とりわけ、坂上田村麻呂の末裔といわれる従五位・田村刑部大輔入道仲能一族と、その関連武家集団の動向を描いたため〈田村太平記〉と作者が表題したのである。
 〈太平記〉史書に近い文学作品であるが、史書とはいえない。史書をとるか、文学作品的効果をとるかの際に〈太平記〉作者はおおむね後者に依っている。
 〈田村太平記〉は初めから小説として筆を進めているので、〈太平記〉同様、あまり史実に寄りかかりすぎた読み方は危険であると心得るべきであろう。
 では〈田村太平記〉は全く作者の創作によるもので、史実は単なる創作の材料かというとそうでもない。
 そうでもない例証を、三つだけ挙げてみたい。
 南北朝時代を社会史学的に俯瞰するなら、米経済から貨幣経済へと変転する時代だった。そして鎌倉を中心とした社会はその点において畿内、西国からかなり遅れをとっていたことも〈田村太平記〉は簡潔ながら記述している。
 第二に当時各地に散在していた大小の武家集団には、「一所懸命」の思想が確固としていた。戦功に依って一つでも多くの所領をと望んでいたのである。だから為政者の才覚の最たるものは、論功行賞の適否だったともいえる。そのことにも作者は筆を惜しんではいない。
 最後に、南朝に組みするか、北朝に組みするかの判断である。〈田村太平記〉田村一族やその関連武家集団にとってさえ、それは問題ではなかった。持妙院統(北朝)か大覚寺統(南朝)かの選択は両統の勢力如何によればいいのであって、天皇家の家督相続の紛争に巻き込まれてはならぬという、武家一般の思想も作者はぬかりなく描いている。持妙院統の背後に鎌倉幕府が存在しているということは、田村一族ならずとも百も承知していながらだった。
 例証は端折って三点に締まったが、それだけでも〈田村太平記〉は歴史小説にきわめて近い作品の系譜に収まる作品といえるだろう。
 ぼくは〈田村太平記〉を高く評価する。というのは、総てが一級史資料に依ったものではないにしろ、これだけの物語を一糸乱さず作品化した技量と熱意は並ではない。スタイルも整っているし、用語もまた適切である。
 あえていうなら、一所懸命のアネクドートは今少し刈り込むこと、さらに終章の民謡は捨てがたいが、思い切って省略するのがいいと思った。
 「日通文学」にははじめての執筆と思うが、将来は日文歴史小説ないし時代小説の書き手として活躍することは保証できるし、その保証に応えてくれる作家の一人であると確信する。

                                (終)

                      参 考 文 献

   一九一五 仙道田村荘史            青山正・やそ・操        
   一九三〇 田村の小史        田村郡史跡保存会 影山常次
   一九五八 南北朝編年史 上下       吉川弘文館 由良哲次 
   一九六四 白河市史              白河市教育委員会           
   一九六八 大日本百科事典             小学館             
   一九七〇 福島県史              山川出版社           
   一九七二 山形県史              山川出版社              
     〃  宮城県史              山川出版社             
     〃  茨城県史              山川出版社             
     〃  須賀川市史 二 中世    須賀川市教育委員会       
   一九七三 悪人列伝 二        文芸春秋社 海音寺潮五郎
   一九七五 中世奥羽の世界         東京大学出版会
   一九七八 南北朝内乱史論         小学館   佐藤和彦
   一九七九 みちのく太平記        津軽書房   七宮幸三
   一九八〇 太平記           学習研究社   長井路子
   一九八一 県南地域の歴史と資料  福島県南高等学校社会科研究会
   一九八二 神社祭神辞典          展望社   千葉琢徳
   一九八三 岩代町史            岩代町
   一九八四 郡山市史            郡山市              
   一九八五 三春町史            三春町
     〃  皇子たちの南北朝        中公新書   森茂暁
   一九八八 新編 日本武将列伝       秋田書店  桑田忠親
   一九八九 花将軍 北畠顕家      新人物往来社  横山高治
     〃  征夷大将軍           中公新書  高橋富雄
     〃  太平記に学ぶ・動乱を生きる人間学
                        六興出版   小山龍太郎
   一九九〇 室町の王権(足利義満の王権纂奪計画)
                        中公新書   今谷明
     〃  大日本地名辞典         富山書房  吉田東伍
     〃  国史大辞典          吉川弘文館
   一九九一南北朝史一○○話         立風書房   小川信
     〃  楠木正成 千早城血戦録    ビジネス社 奥田鑛一郎
     〃  南朝名將 結城宗広     新人物往来社  横山高治
     〃  天皇になろうとした将軍      小学館  井沢元彦
   一九九二 中世を生きた日本人        学生社  今井雅晴
     〃  中世を考える「いくさ」    吉川弘文館  福田豊彦

   一九九三 中世民衆生活史の研究     思文閣出版  三浦圭一
   一九九五 天皇の伝説        メデアワークス
   一九九七 中世の社会と経済     東京大学出版会
     〃  世界の神々と神話の謎     学習研究社

       お世話になった方々       (訪問順・敬称略)
  浅木秀樹 橋本正美 安藤昭一  佐久間壱美  鈴木定 芳賀朝二 
  遠藤豊一 山邉與夫 塩田民一 力丸守 遠藤昌弘 三ツ本光照 
  折笠佐武郎 田母野公彦 浅木茂明 桑島亮 岩崎新一 足立正之
  飛田立史







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最終更新日  2008.01.16 15:42:28
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