『福島の歴史物語」

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2007.12.06
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 高村は、拒否された要請を直訴状に変えると、江戸の頼季へ送付した。この間にも、藩によって大町与左衛門に対する吟味が進められ、彼は無罪とされた。
———何だ。あ奴等が無罪ということは、このわしが、罪人ということか!
 不満をもった高村は、再々度、高村自身による取り調べを要求した。しかしこれは、藩の司法権に対する干渉ともなる。藩当局にとって、許容できるものではなかった。当然に拒否された。またも高村は、直訴状を江戸の頼季に送った。
 実父の横車に困った頼季は、幕閣の安藤対馬守に相談を掛けた。対馬守は、三春藩上層部の上京を求めた。その内容を、知る必要があったのである。
 とるものもとりあえず上京し、対馬守の屋敷に入った三春藩の上層部に対して、対馬守は、「高村の藩政よりの引退」と「高村が育てていた頼季の子・民部(高村の孫)の上京」とを申し渡した。
 高村の知らないところで、高村の権力が瓦解しようとしていた。
 家に戻った高村が、妻に訊いた。
「ん? いま猫が啼いたか?」
「いいえ、旦那様、なにも聞こえませぬが」
 高村は、聞き耳を立てながら、周囲を見回した。
「今、この部屋に、猫が・・・おったと思ったが?」
「猫が・・・? いいえ何もおりませぬが?」
「そうか・・・。何もおらぬか」
 そう鸚鵡返しに言った高村は、闇の中に金色に光る目が二つ、すーっと音もなく流れるのを見た。
———あの化け猫め。わしの様子を見に来おって・・・。
 そう思って立ち上がり、障子を開けて庭を見た高村は、木陰に身を隠し、キチンと座って背を伸ばし、小首を傾げている猫を見つけた。
———あ奴め!
 そう思う高村を、タマは背を伸ばすと、大きな欠伸をし、こちらを見た。
 その瞬間、タマの姿が、すーっと薄くなると、ふぃっ、と消えた。
「・・・」
 高村は、声も出なかった。

 安藤対馬守からの意を受けた三春藩は、亡・輝季夫人及び重臣列席の下に、高村に申し渡しを行った。高村は、
「幕府御老中の御意であるから、恐れ入る」
と返事はしたが、その裁定には不満であった。しかし亡・輝季夫人の要求で、結局その場で、腰の刀を引き渡さざるを得なかった。高村の蟄居を含めた全ての処置を終了した三春藩は、安藤対馬守に、その一部始終を報告し、高村の家で育てられていた民部を、江戸上屋敷に引き取った。
「孫の民部が江戸に浚われて、寂しいのう」
 高村が言った。
「今頃は、お屋敷でどうしていますやら・・・」
 孫がいなくなって、二人には部屋の火が消えたかのように感じられた。話すこともなく、夜が更けていった。
「おタカ。猫の声が・・・。屋敷が振動するような、大きな啼き声が・・・」
 急に、高村が叫んだ。
何をおっしゃいます。なにも聞こえませぬが・・・」
 そして、耳をそば立てていたおタカが、
「ああ、遠くで犬は啼いておりますが」
と言った。
 また静かに、刻が過ぎた。
「あっ・・・!」
「なんですか? 旦那様。急に大きな声で! 驚くではございませんか」
「また大きな猫の影が・・・。何か口にくわえて・・・。たった今、お前の後ろに影が見え・・・」
 高村は怯えながら、おタカの背後を指さした。今までいなかった猫が、急に出現したのである。すでにそのおののく目は、常人のそれではなかった。
「旦那様、旦那様。なにもおりませぬ。どうぞお気を確かに・・・」
 おタカは、そう言って気を落ちつかせようとしたが、彼女自身、恐ろしさで、後ろの闇を振り返ることが出来なかった。
 その闇の中で、座った猫が目を細めて、小さな欠伸をした。それが高村の目には、たしかに猫が嘲笑したように見えた。その口が、一瞬、目の前でぐぐっと大きくなり、襖一ぱいに拡がった。後ろから、おタカの身体を食うかのように見えた瞬間、その口が、はっと、闇の中に呑まれ、消えていった。
 高村は、ブルッと身震えをした。恐怖が体の中を、駆け抜けて行った。
 猫の姿は、どこにも見えなかった。







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最終更新日  2007.12.06 10:14:29
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