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八月二日、舟で石狩川を下った。川は濁って深く、下流では三十尋(ひろ)もあるという。蝦夷地最長の川である。川の両側の地は荒れていて草が密生していたが、点在するアイヌ人の住居も見られた。そのうちの一つ、利備多利(リビタリ=場所不祥)の集落に泊まった。ここでも蚊が多かった。アイヌの案内人によると、この川の西、約二里の所にポンチャシというものがあると言う。
「チャシとはアイヌ語で『柵』とか『柵囲い』を意味する言葉で、ポンとは小さいという意味です」
チャシは、砦、祭式場、談判場所、鮭漁などに関連した見張り場などに使われたものであると言う。平蔵は見てみたいとは思ったがなにしろ舟旅でもあり、残念ながら諦めざるを得なかった。
八月三日、この日は秋分の三日にあたる。流れに沿って舟で下り、石狩川を横断して江別太に泊まった。ここにはアイヌ人の家が三軒ほどあり、番屋は川の左にあった。ここは石狩の持前で、番人が石狩から来て賄いをしてくれた。この江別太で、石狩川は南から流れてくる江別太川(夕張川)と合流する。
八月四日、夜明けに江別太から石狩の平野を通り、少し上流に戻った恵便都(エベット・江別市江別=胆汁のような川の意)の集落に入った。やはり江別でも、南から志古都川(シコツ・千歳川=大きな谷の意)が石狩川に合流していた。シコツという音は、日本語で死骨にあたることから、後に千歳に変えたという。
ここの支笏湖に伝説があった。
国造神(コタンカラカムイ)がこの島を作ったとき、支笏湖も
つくって、どれくらい深くなったかと入ってみたら、海に入って
も膝ッ小僧の濡れることのないのに、とてもとても深くて、睾丸
まで濡らしてしまったので、怒った神さまは、せっかく湖に放し
た魚を皆つかんで海に投げ返してしまったが、たった一尾アメマ
スの雌魚だけが残っていたので、アメマスだけが住んでいる。
──なるほど、ここでは淡水魚が捕れるということだな。
平蔵はそう思った。
千歳川沿いは紫葡萄が豊富で、蔓が樹枝にからまっていた。実は累々と川波の上に落ちて、押し合いをしているかのようにも見えた。摘んで食べてみると、すこぶる美味かった。
──ここでは、果物が育つかも知れぬ。これもいい兆候だ。しかしこの大木の森では伐採ではなく、焼畑が有効かも知れぬ。作物としては馬鈴薯、菜種、蕎麦、大豆、小豆、碗豆、南瓜がいいのではあるまいか。それにしても蝦夷地へ入植するとすれば、直後の食糧自給は難しい。当初は米麦の援助が必要となろう。平蔵は丹念に観察して歩いていた。
千歳の川幅は広く、はじめのうち湿地は半町くらいであったのに、千歳川を遡るに従って湿地が広がっていった。石狩川と競う大河である。石狩川は深かったが、千歳川は遠浅であった。それでも猛々しい早瀬に遭うごとに、アイヌの案内人に舟を牽かせた。千歳川の中流では一尺進んで一尋退くような苦しい舟行であった。
この辺りには、川の西に沿って並んでいるいくつかのチャシが見られた。最初のチャシは低い段丘となっており、次のチャシは比較的平坦な場所にあった。弧状の壕があるという。第三のチャシは千歳川と支流の小さな川に挟まれた段丘の上にあった。内陸部には、川から見えるこれらのチャシ以外にも、多くのチャシがあるという。東からの攻撃に対して、三つのチャシが連携して防衛に当たったのであろう。
日が暮れ、夜半には力が尽きてしばらく舟を左岸の柳樹に繋いだ。上流を見るとアイヌ人の住居の光が波に輝いて、キラキラ光っていた。陣将は飢えに苦しんでいる藩士たちを見かね、酒一壺を贈ってくれた。それを皆で飲み合って飢えを防いだ。その後もアイヌ人は夜も休まず櫂を動かし、恵志耶利布刀(エシヤリフト=不詳)に着くことが出来た。
八月五日の早朝、前の宿場より弁当が届けられた。引き続く行軍で腹をこわした陣将はこれを他に譲り、自分は食べなかった。全軍も前日より飯を食べず、これが最初の食事であった。飯が終わってすぐに兵は陸路をとり、体力の弱った陣将は数人の従者と共に舟で西湖を出発した。
西湖の名は於左都(オサツ・千歳市長都=川尻の乾いている川の意)であるが本来は名がなく、周辺の地名をその名としたものである。ここより東蝦夷・勇払の所轄となり、ここには勇払からの出張会所があった。粟、豆、大根、煙草の類が耕作されていた。湖は周囲四里ほどでそれほど深くはないという。舟は棹で漕いだ。東には平山が並んでいたが三方には地平線が見えるのみで、ただ西北には群嶺が嶄然(ざんぜん)と濃い霧の中に頭角を現していた。陣将は眺望し、久しく感嘆をしていた。湖を過ぎ、また川を遡って益母草(やくもそう)と葦の繁茂した谷に入っていった。
黄昏、暗くなって由宇歩都川(ユウフツ・苫小牧市勇払川=内陸への入り口の意)に入った。
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50位以内に入れればいいなと思っています。ちなみに今までの最高位は、2008年7月22日の52位でした。