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カテゴリ: いろいろのこと
      石田三成の首

 天正十三年(1585年)以来、豊臣秀吉に従うことを迫られていた伊達政宗が、再三の勧誘に応じないばかりか会津を攻略していたのです。戦いが終わってから小田原に着いた政宗は、いまの小田原市早川にあった石垣山城において、死を覚悟の上で白の死装束を身にまとい、豊臣秀吉との会見に臨みました。政宗が秀吉の惣無事令に反して、会津や須賀川を戦い取ったことは、『関東惣無事』を宣言していた秀吉の意に反することであったからです。それでも千利休のとりなしで死を免れることはできたのですが、そのとき政宗は、小田原より三春の田村の臣である橋本刑部に、次の文書の飛脚を立てたようです。

 『関白様が田村八万七千六百八十二石八斗七升と申されたは、小野六郷は田村領に含まるるの意である』

 この文意は、小野六郷も田村の領であることを、秀吉が確認したということでしょう。ともあれこの政宗の小田原参陣が遅かったこともあって、田村を含む会津、須賀川、安積が政宗から没収されてしまったのです。しかしこの間に、当時の三春の領主・田村宗顕は、秀吉の小田原参陣に応じようとしたのですが、政宗に拒否されて行けずにいたのです。

 ところで。平成十年一月に、三春町歴史民俗資料館の学芸員の藤井康さんが『三春の歴史こぼれ話3』に次の記事を載せていました。

 先日、たまたま『茨城県史料』に収録されている「秋田藩家蔵文書」という史料を見ていたところ、その中に次の書状が含まれていることに気づきました。

我等事、今日ミはるまて参候、明日ハミさかへ可参候、明後日十日ニハ  かならす其地へ可参候(中略)
                    治少
         佐藤大すミ殿

 最後の『治少』とは石田治部少輔三成のことで、意味は今日三春までやって来ており、明日は三坂(今のいわき市)まで行き、あさってには『佐藤大すみ』のところまで行く、というものです。この書状の出された年月は、おそらく天正十八年(1590年)のことと思われます。そして、三成が三春にやって来たのは、この年の豊臣秀吉による奥羽仕置きに際して、岩城氏の処置をするために経由しただけと思われ、三春で具体的になにをしたかは分かりません。今後さらに調査を進めていきますが、新たな発見があればみなさんにお知らせしたいと思います。なお、この史料については、『三春城と城下町』(平成十年度特別展図録)に収録してありますが、この図録につきましては、品切れとなっております。館内のみであれば閲覧可能です。カウンターでお申し出ください。

 そこで彼に問い合わせると、『一関田村家本』の『田村系譜』には、三春藩の橋本刑部顕徳が大阪に上り、石田三成に田村改易取り消しのことを訴えたが、その甲斐がなかったと記述されているそうです。なにかこのことと、関係があったのでしょうか。そこで私は、この前後の石田三成の動きをチェックしてみました。

天正十七年、  美濃(岐阜県)を検地していました。
天正十八年三月、豊臣秀吉の小田原攻めに従っています。
     五月、常陸の佐竹義宣が秀吉に謁見するのを斡旋。
    閏五月、佐竹義宣、および越前敦賀城主大谷吉継らと館林城を攻撃。
     六月、越前敦賀城主の大谷吉継・近江国水口岡山城主の長束正家らと
        忍城(埼玉県行田市)を攻撃。
     七月、豊臣秀次、大谷吉継らとともに奥州仕置を命じられ南部領に赴
        く。
     十月、奥州で一揆が起き、浅野長政とともに一揆鎮定の軍監を命じら
        れ、再度奥州へ赴く。
天正十九年四月、南部九戸の乱鎮定に軍監として赴く。
年号が変わった文禄元年二月、 朝鮮出兵の準備のため、肥前の名護屋へ行く。
     六月、越前敦賀城主の大谷吉継らとともに朝鮮出兵軍の奉行を命じら
        れ渡海。

 これらから石田三成の動きをみると、天正十八年の七月か十月、もしくは天正十九年四月に三春に回ったのではないかと想像できるのですが、なぜ三成が三春を回って『佐藤大すミ』の所へ行こうとしたのか、そして彼がどういう人なのかは、これらの資料からは分かりませんでした。

 ところで『街こおりやま』誌の平成二十六年七月号に、郡山市文化・学び振興公社文化財調査研究センターの押山雄三氏が、『三成の首塚』という一文を載せておりました。

『関ヶ原の戦いの敗戦の将の西軍の石田三成は、二週間後の十月一日、京の三条河原で斬首されたと伝えられているが、その首が郡山まで運ばれていたとの異聞が『前田慶次道中日記』あるので紹介したい。これを書き残したのは、加賀藩主・前田利家の義理の甥の前田慶次である。

 慶次は、初冬の十一月十五日に郡山を訪ねている。浅香の沼や浅香山の旧跡に親しんだ後、彼は「格好が尋常でない大きな塚」を見て驚いている。不審に思った慶次に対し村人は、『石田治部少三成』とかいう人の首が、今年の秋の初めより都から送られてきた。それを他所へ転送しない所では、物憑きになる人が多く、悩みの種だというので、国々では武装した二、三千人ほどの人数を繰り出して、地蔵送りのようにして次々と送り、そして最後に送りつけられた所で塚を築いた。今年の天候不順は、三成のたたりです」と説明している。『兎にもかくにも笑いの種、ただの人ではない』との一文を残して、慶次は郡山を旅立ってしまった。

 さて慶次を驚かせた「三成の首塚はどこにあり、その正体は?」、日記から、その場所は、日和田町高倉にあったようだ。『大きな塚』は、古墳だったのかも知れない。疑問を解くため、宇野先輩をリーダーとする同好の13名と一緒に高倉を訪ねてみた。最初に地元で蝦夷穴と呼ぶ高倉古墳群を見学したが、街道筋から離れすぎていた。次に源六林塚群を訪ねた。旧国道『にごり池バス停』そばの高台にあるため、この脇を慶次が旅し、見上げた可能性がある。そしてこの中に、もしかして・・・』

 これが押山雄三氏の記述です。押山氏は「もしかして・・・」と感慨を述べていますが、私もまた「う〜ん」です。これらのことについて、「何か新たに分かることがあればいいな」と思っています。






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最終更新日  2024.10.10 06:00:14
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