忘れられないお客さん・3


私のお客さんはなぜかメンズが多かった。
私自身、刈り上げが得意だったし、先にも述べたように男の人のほうが気を使わなくて済むのである。
そんな中に、ミクロマンはいた。
彼の何がミクロかって、そのこだわり。
「何センチくらい切りますか~?」と聞くと「前髪は1.2cm、うしろは1.8cmでお願いします。」と、こう来る。
「何センチくらい」じゃなく、「何センチ」なのだ。
アバウトなのは許されない。
一通り切り終わって、「いかがですか?」と鏡を見せると、自分の手にその鏡を奪い取り、大きな鏡の前で事細かにチェック。そして、「もみ上げをもう、1mm・・・」とかとにかくこまかい。
そして極めつけは仕上げ。
美容師のブローが嫌いなんだそうだ。
そこで、私のプロフェッショナル御用達の1600ワットのドライヤーと1本¥2000~のブラシを勝手にワゴンから取り出して、自分でブローしてくれるのである。
普段ならこんな仕打ち、許さないところであるが、彼は何を言っても無駄なタイプであった。そして、ミクロなだけに、伸びきった頭なんてのは我慢できないので、毎月彼は欠かさずやって来て、私を苦悩させるのであった・・・。

そして、もう1人。
彼は私の客ではない。フリーだった。
たまたま、メンズだし、「もう夕方だし、PEENIEオマエなら1時間かからないで終わるだろ、早番だけど時間には間に合うからオマエやってよ」、と店長に言われた。「はーい!メンズならいいですよ、ブローも楽だし」とオッケーしていざ、切ろうとした時。
私は自分の耳を疑った。
「あのー。後ろにNIKEのマーク残して欲しいんですけどー」
「ハイ?」である。
「え。だからー、NIKEのマーク、こういうやつね。」(と彼は自分の靴を見せる)
ってバカ。わかってるよ、NIKEのマークくらい、それをまじでアタマに残せって言ってんのかってことで、ハイ?って言ってるんだよッ!と思いつつ、彼は真剣である。
今さら、担当は替えられない。
うちは技術者が一旦入ったらたとえ親が倒れても、その人は自分で終わらせなければならないしきたりである。
しかし、そんな特殊ヘアカットは講習会でも学校でも習ったことない。
で、さりげなく「少々お待ちくださいね」と裏へ駆け込み、先生に泣きつく。(たいがいの方はもうお気づきかもしれませんが、私は先生がとっても大好きであった。人間として尊敬していた。ことあるごとに、先生、先生とまとわりついていたのである。)
「先生っ!NIKEのマーク残せって言ってます!きっとお祭りにでも行くんですよ~!どうしましょう~!!」
先生にアドバイスを受け、タバコを吸ってから戦地に赴く私。
やりましたよ・・・・。
2時間かけて・・・・。
途中、他の客はみんな帰っちゃうし、先生は裏から心配で見にきちゃうし・・・。
彼は満足そうに帰っていきました。
そして次の日。
彼はまたやってきたのです。カットチェックか!?とおののく私に一言。
「あのー、NIKEのマークを金色にして欲しいんですけどー」・・・。
もちろん、今度は後輩に任せたことは言うまでもない・・・・。


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