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人脈を広げ、営業ツールとして有効なのだとして利用者が急増したフェイスブック。これらSNS、そしてブログ等々。例えそれを目的としても、大手企業による商品の宣伝や、知名人側でない限り、それはただの入口に立ったに過ぎません。以前、ネット環境の広がりとともに、企業にとってHPを持つことが当たり前になってきた時、同業者から、Webについては先行していた私に、「nextさん、HP作ったけど全く問い合わせがないけど、どうして?」と、よく訊ねられたものです。作ったからとして、早々に反応があれば世話はない。SEO対策しませんか?とよくいろいろなところからTELがありますが、永遠と金を使い続けることができればいいでしょうけれど、止めればまた元に。検索で上位など、ただの一過性のものに過ぎません。小社のHPが、そのような類に一切の金を使わず、今でも検索すれば上位にくるのは、まだヤフー登録が無料だったころから今日まで、間断なく積み上げてきたことの結果に因るものなのです。SNSにしてもブログにしても、日々続けている人というのは、やはり周りからすると信頼を生むようです。顔が見え、人となりが一貫性をもって判断できる。情報社会における伝達の手段は日々進歩しても、ネットだけでは信頼を生みません。その人が何を考え、何を生業としているのか。何をしているのか分からないようでは信頼等できようはずもない。いくらHPを作ろうと、アクセスしたその先があるのですから。個人も会社も、また家庭においても、堂々とした所在と看板を持ち、精神の土台と門構えを構築しておかなければならないのです。その人、会社の姿勢、考えに一貫性がなければ信頼には繋がりません。例えば、私の場合、仕事としては、取引したひとつひとつの全てが記憶にあります。SNSにおける友達は、数を求めません。私は私の縁を大切にして、一人ひとりを大切にしたいからです。ですから三十人が五十人、百人になろうとも、一人ひとりの顔が見えている。企業も個人も、必要とされ、信頼を生む立場にならなければなりません。人生は積み上げ。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月30日
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古くからの友人で同業者でもある友人。彼と私の営業スタイルは大いに違う。彼は商いの才も十分持っている。しかしそれが決して嫌味でない。人の付き合いも商売も、好感の持てるキャラをもってしてうまくいっている。私は、それを一瞬羨ましくも思いながら、私は彼になれないし、彼もまた私にはなれない。互いに相手の良さを解り合いながら、自分の不得手とするところを訊ねあったりする仲なのだ。彼は、およそ業界に生きるものがそうであるように、少しばかりの不動産所有欲を持ち、私は一切の所有を欲しない。彼は多くの関連業者と付き合い、私はその点においても積極性はない。彼の人間性はすこぶる好く、私は彼の素晴らしさを大いに認めている。経験も豊富で幅広く業界の人間と付き合っている、そんな彼が、奥さんにはこんなことを言っている。「俺に何かあったら、うちの不動産管理はNEXTに相談しろ」と。いろいろ付き合いを持ちながら、よ~く判っているあんたは偉い! 爆 爆ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月28日
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間口ニ間、蟹歩きするような長方形7坪程度の店舗を借り、独立してから早十九年。したくしてしたわけではない起業は、資金と控え目?さによって、本通から一歩道をそれた場所でした。その場所は、半径500M内に7社ほど同業者がいました。いずれも知った業者で、新しく参入した私は、持ち前の控え目と内気?さで、商売の常套、地域密着で積極的に地元に営業攻勢をかけるということもありませんでした。元々、儲け欲に乏しく、領土拡張欲なんてもさらさらありません。狭い事務所の窓を開けると、塀の向こうに青空が見えます。その青空を、ぼ~っと眺めながら、日々の大変さとは別のところで、何となくの自由さに浸っていました。で、今と同じ。結局ほとんど進歩していません。爆突発的、資金なしで独立したものですから大変でした。ギブアップしたくなることも多々ありました。来店客は数人でした。一日ではありませんよ。年にですよ。(^.^)独立して今日まで、およそどこもがしている様な、店頭に物件チラシを貼り出したり、のぼりを立てたりとしたことは一度もありません。現在地移る前の十三年間、いつも事務所の前を通っていた人が、何屋さんだったか分からなかったというくらいですから。爆 爆野生動物のように、一日を生きるだけで足る。そんな感じですから、食うか食われるかの戦国時代に生きる一国一城の主だったらたまったものではないでしょうね。現在地に移転して六年。同業者は皆同様に、「何でビルの中に入るの? お客さん来ないだろう」と言います。確かにそうですが、前よりずっと訪問客は増えているかもしれません。何より台風の目、です。飛び込み客もほとんどないので、我の間合いを保つことができます。静かに、流されることなく不変の我を生きることができます。リーマンショックの折には、事業再編とかで多くの企業がビルを出ていきました。私には、バブルもリーマンも隣の事です。郡部を含めた北九州市地区不動産業者1000社。周りを見れば皆さん立派です。飛躍されているところも多々あります。しかし、言うなれば、999社対1。どことも一にしないかもしれません。「誰それがビルを持った」「〇〇社が大きな取引をした」・・「あっ、そう」ぼ~っと経営。誰にも真似はできない、真剣ではない竹光のような経営。この業界も戦国時代。ある地域では、半径500Mに十数社犇いています。それら喧騒を他所に、今日も波静かなり。で、なんで十九年間、ここまでやってこられたのでしょうね。独立志望の良い子の皆さん、決して真似をしないように。・・誰もしないか。(^.^)ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月25日
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今朝の一枚は、昨日妻がスーパーで買ってきたベコニア。価値ある550円なり。どのような高価なブランド品とも競わない。けなげに咲くベコニアよ。君は美しい。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月23日
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長府藩士、三吉慎蔵は実に律儀な男だ。1866年1月、坂本龍馬と共に居た寺田屋で、捕り方に踏み込まれた慎蔵は、得意の槍で応戦。負傷した龍馬を助けたのです。慎蔵いなければ、龍馬のその後はなかったでしょう。龍馬には、意気を感じて接していたようです。翌慶応3年(1867年)、長崎から土佐に向かう途中で下関に寄港し、妻のお龍を知り合いの廻船問屋に預けた龍馬は、「我が身に万一の場合は、お龍のこと宜しくお頼み申す」と、後事を朋友慎蔵に託しました。同年11月、京都大近江屋で暗殺された龍馬。三吉慎蔵は、約束どおり、お龍を自宅に引き取って3ヶ月間面倒を見た後の翌年、お龍を高知の坂本家に送り届けたのです。私の母校の前身、萩明倫館でも学んだ三吉慎蔵。私は慎蔵のような人物が大好きです。理屈は要らない。正に意気に感じる。人物を観る時、私は、この律儀さ度合いを推し量ります。仕事においてはトップ、後継者、幹部達責任者の立場の人。友においてもそれは言えます。私利私欲、姑息でなく信頼に足る人物。明治生まれの亡き祖母。遠縁の養子となった父だから、私と祖母は血の繋がりはありません。子供の頃から祖母があれこれ私の世話をしてくれました。その祖母は、貧しく苦労して育ち、子供の頃は子守の奉公に出、ろくろく読み書きを学んだことはなかったようです。やがて酒問屋の妻となって、自ら算盤も覚えていったとのこと。しかし、早くして夫を亡くし、子供もいなく、遠縁だった私の父が養子になったのだとか。その後も、我が家ではあまり大切に扱われたようでもなかった。我々の世話をするばかりの、いいとこなしの祖母の人生を、子供心に不憫に思っていたものです。その祖母が、先祖の墓参りの時に、一人墓を離れ墓所の隅に必ず行くのです。其処には、ただ粗末な石を積んだだけの名もなき墓石がありました。誰一人訪れることのないようなその墓石。祖母はいつも其処に花をたむけ水をやり・・その墓石は、夫が営んでいた酒問屋で働いていた使用人のものだったのです。亡くなって何十年もの間、心を思いやり続けていた祖母。身寄りのないその、かって使用人だった束の間の縁を大切にしていた祖母。私は、一言もそれについて交わすこともなく、しかし、子供の時からその祖母の光景を、温もりをもって、私の心に捉え続けていたのです。人は心意気。できれば、意気に感じる人間と交わっていきたいものです。二年前、ゲラ刷り状態の坂本龍馬本、発刊前の表紙。手タレントに持っていただきました。綺麗な手ですね。・・・これ、実は私の手なんです。爆居酒屋でよびりんさんと仲間と新刊について楽しく話しながら・・今の時代、責任者に意気に感じる人間が少ない。自己利優先個人主義、小利口。情けない世間だ。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月22日
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日本はいい。なんといっても移ろう四季というものを味わうことができるのだから。花も季節も、なんと律儀なことか。巡る季節のなかで、自分をしっかり全うして生きている。若い頃、四季の中で好きなのは秋だった。しっとりとして余韻を持つ季節。そして夏は嫌いだった。開放的で派手な光景の中、人は皆外に出て行き、例えば砂浜のざわめきを傍目に、一人取り残されたような寂しさをもったものだ。で、やはり、好きなのは春から初夏だろうか。束の間の美しさを見せて桜咲き、やがて目映いほどの新緑の季節。そして梅雨あけて夏雲浮かぶ時。考えれば夏も桜の季節と変わらぬほど短い。照り返し、蒸しかえる様な夏も、好きなのは初めだけだ。すぐにその風景の先に、終わり行く夏を見てしまう。まるで、中学生や高校生の時、楽しい土曜日の放課後がきて、一時の開放された気分は、翌日曜日の夕暮れ時には、またなんとなく月曜日の登校の憂鬱さに覆われているのと同じ様でもある。盆、帰省の折、山間を車走らせながら、傾く夕日に山肌が染まる中、響くひぐらしの鳴き声は、実に寂しく聴こえてくる。やはり季節は、春から初夏にかけてがいい。全てが息吹いている。夕景、夜景、秋、冬黄昏る光景は好きではない。暗闇はもっと落ち着かない。昨夏、偶然にも大島でヨット旅を楽しむカナダ人夫婦に出遭った。私と妻は手振りで挨拶し、飲み物とアイスクリームを差し入れすると、笑顔で応えてくれた。あの笑顔が懐かしい。二人の笑顔は、夏空に合っていた。もうすぐその夏がやってくる。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月20日
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これからは、情報は紙媒体からネットに移行する!と考え、いち早く自社HPを構築したのが、1999年9月のこと。まだ、あらゆる業界において、自社のWebサイトを持っていたところがほんの僅かだった頃です。その当時の弊社Webサイトのトップページ画像がこれです。当時のロゴは、今でも輝きを失せていないな・・(^.^)昨日より今日。今日より明日。終わりのないNEXT・・仕事も人生も、感性は大切だ。現在のトップ画像ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月19日
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終着駅は遥か彼方。出発した列車は、幾駅通って町と人は流れていっても、終着駅はまだ先の先。けれども、やがて降車は、駅を数えるほどに輪郭を見せてくる。日々を生きることは、その終着駅を目指すこと。人生列車において、どれ程の人と乗り合わせたのか。疾風の如く走り抜ける快適な新幹線の様な人生だったのか、それとも、揺られながら、時に傾斜を喘ぎながら煙を吐き、遅々として進まぬ各駅停車の蒸気機関車の様だったのか。いずれも、乗った列車内において眠った人生であってはならず、窓外を流れる風景を見やり、乗り合わせた向かい席の人と交わりながらの、味わい深いものにするべきだろう。鈍行列車は鈍行列車で、窓を開ければ頬を打つ風の心地よさも、流れる風景も近くに捉えることができる。座席に膝をついて窓に乗り出し外を見やる子供の傍で、優しく耳元に何か話しかける母親。隣町へ行商に行くのか、大きな風呂敷荷物を背負い、腰を曲げながら乗り込む歳老いた婦人。屈託無く笑い声をあげ話している学生達。どの様子もが、それぞれの人生を生きている。人生はあっという間に過ぎていく。どのような列車に乗ることになろうと、記憶に留まる人生にしなければならない。それら光景を愛でる余裕を持たなければならない。出発した端から、窓外を流れる風景を感じ取ることもなく、合い席の人と交わることもなく、車内で本を広げ勉強の自己集中に終始して、人生の何を語れると言えるだろう。ましてや、他人の心を解る真の責任者になれるはずもない。足ることを知らない個人主義、甘えの構造は、真の幸せを遠ざけ、一所懸命、誠実な生き方に、天は、その人に相応しい贈り物をしてくれるだろう。数々の人生模様を乗せて走る列車から降りる時、後にする人達に笑顔で手を振り、見送り見送られの「グッド・バイ」。物より想い出の人生。愛しきハロー・グッバイの人生。そして道は、またそこから始まる。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月17日
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暴風雨の中、昨夜は、友と大いに笑って最高の夜を過ごしました。友はいい!ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月16日
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心の持ち方や思考には柔軟性が必要です。例えばスポンジ。食器洗いのスポンジを手にし、水道の蛇口を捻って落ちる水を受け留めるとしましょう。スポンジに含ませるには、少し押し込みながら、加減をもって手を緩めることによって必要適度な水分量を受け取ることができます。発想やそれに伴う行動というものは此のようなものなのですが、これがスポンジを手にしたまま、ただ落ちる水の下にかざしているだけの人が多い。あるいは最初から強く握ったままの人もいます。どちらも水は跳ね、幾ら経ってもスポンジは受付を拒否したまま、十分な量が蓄えられることはありません。また、垂れ流し的に、常に満杯に含ませたままの人もいます。大切なのは、先ずは受け止める姿勢と必用に応じた余分の押し戻しができること。特に仕事における発展性というのは、自己による、手の平での圧加減が柔軟性と積極性をもってできることでしょうか。これができる人というのは、発想や行動は建設的なものとなり、例え失敗も糧とさせて大いに発展性を期待できます。仕事も人生も、心と姿勢に確立された自立性と柔軟性を持つ人は、常に含んだ滋養分によって瑞々しさと魅力が満々です。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月12日
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海が見たくなり午後から車を走らせました。道路脇でポニーを見つけ、車を停めて少し遊び、また暫く走り海岸に出て、深呼吸し光る海を眺め・・今日も私の豊かな時間を過ごしました。心地良い音楽を聴き、感動する映画を観、美しき自然に触れる。思い出には、劣化も賞味期限もありません。何時でも何処へでも、心のポケットに忍ばせ身軽に持ち運べることができます。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月10日
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親なら、誰しも幸せなる子の将来を願わない者はいないでしょう。兄弟姉妹が何時までも仲良く、必要な場合には互いに助け合って生きて欲しい・・しかし、残念ながら世には数多くの不仲が存在しています。そのような場面に遭う度、結局、肉親とはなんだろう?そう思ってしまうのです。特に財産が絡んだ不幸とも言える話は実に多い。必要以上のものを残すことは如何なものか。とりわけ多くの不動産を遺すとなると厄介。共有は避け、できるだけ換金してきれいに分配する方がいいでしょう。頑張って築いたものなら、自分の褒美に使うのもいいでしょう。あの世に持ってはいけない。金や物に未練を残す人生であってはならない。私は齢の離れた妹を早く亡くし、親の借金によって親戚の縁も全て無くした孤独な身。私の妻は三人姉妹の次女で、姉妹は仲が良い。そして、それぞれの連れ合いとの仲も良く、まるで私も入れて実の兄弟姉妹のように接してもらっています。孤独もこれで帳尻が合った。人生捨てたたものではない。溢れんばかりの財産の中の不幸。身軽な中の幸せ。あなたは幸せの真実を理解しているでしょうか・・「肉親とは」・・過去日記より血を分けた家族の関係とは。やはり、愛情も絆もとりわけ強いものになるのは間違いないこと。子孫繁栄を願いながら、子に恵まれず、跡継ぎがいないので、今の代で血が断絶してしまう、等ということもあります。血縁関係は、愛情とともに、その強い繋がり故に、憎しみもまた一際強いものになりかねない。人間も動物も、血を分けた者へ働く同じ愛情は、人間の場合、人が霊止(ひと)たる故の感情によって、時に、愛情と憎悪の間を振り子の様に、行ったり来たりすることになるのです。「我が子だから、親だから、兄妹だから、こうあって欲しいこうあるべきだ」・・その想いは、また当然の感情の発露でもあります。あれだけ兄弟仲が良かったものが、やがて、それぞれに結婚し家庭ができると、何故か肉親の縁が遠のいてしまう。入り込む他人(配偶者)と築かれる新しい絆のなかで、それぞれ分派した他人を取り込んだ肉親同士が、いつまでも兄弟姉妹仲良く実に上手く付き合っていけるケースもあれば、全く往き来もしなくなるケースもあります。此処に財産が絡めば、その人間関係は、もうぐちゃぐちゃの域。正に相続は争続で、実に醜い場面は巷に多々存在しています。私の職は、弁護士や税理士の範疇を越えて、この絡まったものを解決する、柔軟性を持った役目を担える立場にあって、多くを見て来ました。いつぞやは、相談から不動産の処分、財産分配解決までの、最初から最後まで、三人の兄弟がついに一度も顔を合わせることもなく。過分な財産など、個々の人生において弊害を生むものです。で、やはり血を分けた肉親とは。血の断絶などさして気にすることでもない。遠く宇宙の彼方まで、何千何万何億と、果てしなく魂を紡ぎ輪廻転生しながら、肉親の縁というものは、小説や映画の中における配役のように、其処に、喜びも愛情も、憎しみも心の葛藤も合わせて、互いに生きるなかで起る経験の、深い修行の意味合いを持ちながら、必然的選ばれた関係ということなのでしょう。ロングランの舞台を共にすれば、おのずと共演者は、身近なものとして、とりわけ強い愛と親近感も持つ設定となります。そして特別の縁あった同士は、慈しみ合い、いつか互いに「上がり」の乾杯をして、その人生舞台を終えればいい。此の世における家族とは、他人である配偶者が、血を分けた子や親以上に重要な絆で結ばれる様に、血縁云々を離れ、強い意味合いを持って関係者が選択した縁であり、大きく捉えれば、特別の共演者に過ぎないのです。特別の深い縁あれば、いつか再び、夫婦や家族の役を担うかもしれません。であれば、もはや、人生における日々の出来事や、出逢い別れというものは、肉親等という特別な枠を越えて、我に必然性をもって存在するということになるのです。その観点から人生を振り返れば、あの時、この場面、数々必然的思い当たる節が、多々存在することに気づきます。人はひとりでは生きていけない。そう考えれば、我に今日降り注ぐ事象と関わる人を、一層大切に愛おしく想うのです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月06日
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私がブログを始めたきっかけは栢野克己さんでした。「nextさんこれいいよ」と、ブログの走りであった八年前、勧められて書き始めた私は、そのブログによって多くのご縁をいただくことになりました。ブログでは、目からうろこ的に、広く多くの輝いている人に出遭うこともできました。誰もがそれぞれの良さや才能を持っている。個性の素晴らしさにも気づきました。振り返っても感謝、感謝の気付き多い人の縁です。中でも、福岡の日本ガードサービス市川社長との出会いは、納得のいかない人生の迷路を解きほぐし、実にすっきりとさせてくれたのです。福岡にはかれこれ五、六十回は行ったでしょうか。昼間の社長室から居酒屋に場所を替えての深夜まで、長時間に渡り、実に愉快に爆笑しながら仲間と延々と話したものです。此処では、それまで様々に迷いながらも、私の想う生き方に間違いがなかったことを再認識することができました。多くを払拭できることができた私の心は軽くなり、そして更なる自由を得ました。人生最大の縁・・妻との出逢い。今を生かされている職に就けたこと。未熟さ満載ながら私に生まれ出たこと。そして、すっと我が路が真っ直ぐ眼前に開けた、此処福岡での出会い。私の人生、ラッキーですね。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46有難きかな紆余曲折の人生。
2012年06月05日
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午後、自宅から1時間ほど車を走らせて、2007年度フジテレビ放送「東京タワー」の撮影舞台となった平成筑豊鉄道田川伊田線油須原駅に車を停め、ホームで一時間に1本の電車を一人待ちました。ローカル線を走る一両編成の普通電車。乗り込んだ私は、1000円のフリー切符を買い、ガタンガタンゴト ガタンガタンゴトのどかに田園地帯を走る電車に揺られながら、ボ~っと心ゆるゆるに、流れる窓外の景色を眺めます。いつもの、やって来る電車を待ちながら撮っていた場所が次々と後方に流れていきます。乗り込んで来るお年寄り、隣町まできっとショッピングにでもいくのだろう、楽しそうに友達同士わいわいやっている若者達。それぞれの光景が心地良い日曜日の電車内です。終点の直方で降り、次の折り返しまでの時間を駅周辺でぶらり。駅前商店街は完全にシャッター通りとなっていました。見つけた「たこ焼き大王」の看板につられ店内に。五個入り270円、八個入り380円。勿論八個入りを注文しました。再び電車に乗り、のんびりした自分時間を。帰り途、まだ飽きずに、田舎道で車を停め、陽に照らされてやって来た電車をパチリ。好日なる我が日曜日。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2012年06月04日
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ラジカセに繋いで聴いていたタイムドメインminiスピーカー。PCでもウォークマンCDでも十分威力を発揮するこの小さなスピーカー。ラジカセでもそれはそれは驚きの綺麗な音を出していたのですが、CDの出し入れと微細なノイズを払拭するために、CDレシーバーを買いました。これで完全ノイズレス。再生も安定し一層良い音になりました。ブランドはYAMAHA。YAMAHAブランドには、昔から派手さとは無縁の品があります。物も人も品格が大切。動物にも相、人間にも内面がおのずと相に滲み出ます。で、決して取り繕うことはできない。政治家も、観れば誰がどうなのか、人となりは読み取れます。地位肩書き、容姿など、人間としての大切な本質からすれば塵ほどのもの。大した能力も才覚もない私が、付いて離れる縁のなかで、幸いにも良き人に恵まれて今日までやって来ることができました。ただただ読み取るそこだけが取り柄と言えるかな。私の嗅覚。犬が犬好きを判るようなものかも。ふらっと気晴らしにいく山間のJazz喫茶「風の杜」。ここでしばしコーヒーを飲みながらジャズを聴く。 置いてあるアルテックの重量スピーカーは現在価値で100万位らしい。この空間で発揮する代物で、いい音を出してくれます。私の部屋がこれ1本で埋まってしまいそうです。狭い私の部屋は、このYAMAHAのレシーバーとminiが似合います。音はそれぞれ聴く空間に適したものが宜しいでしょう。私は贅沢な寛ぎ空間をあちこちに持っています。自分の部屋、風の杜もしかり、里山風景の中、阿蘇・・そして究極は、心の中に存在する無限空間。私は真の価値と贅沢を知っています。 ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。?2011.3.11(金)14:46
2012年06月03日
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昨夜は、知り合いに紹介され、初体験となる落語を聴きに。場所は小倉駅徒歩3分の所。年に数度、真打さんを呼んで開催されるのだとか。此処の1階は日頃「酒処おとぎ噺」として、角打ち風憩いの場所。場所代を払えば持ち込みもOKなのだとか。いい感じの大人の溜り場とでもいえる雰囲気だ。初めての寄席はなかなかよかった。最初は林家木久扇(旧名初代林家木久蔵)一門弟子の林家きく麿さんの落語。二番手は寄席史上初の女性紙切芸、林家花(はやしやはな)さん。軽快で見事な紙切さばきと軽妙なトーク。十分日本伝統文化を堪能させてもらった。その後、1階で少し飲んで、知人と花さんと一緒にカサブランカへジャズライブを聴きに。北九州のジャズライブを楽しんでいただいた。寄席とジャズ・・ライブには共通する心地よさがある。北九州市民寄席
2012年06月02日
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現代社会においては、親と同居できる環境は少ない。経済的にも余裕があり、住処としての生活環境に恵まれていれば、やがて年老った親を引き取り同じ屋根の下で暮らすこともできるでしょう。「一緒に暮らすから来なさいよ」子に声を掛けてもらえるなら嬉しいですね。しかし、先行きの不安に、例え長年住み慣れ思いのある地を離れることになろうと、同居より、狭い住処でもいいから居を別にした方がよろしいかと私は思うのです。親子の関係は、遠く過ぎ去った時代と、我が子が成長し独立して世帯を持った今とは既に違うのです。子は既に巣立った子。如何に良好な親子の関係であろうと、生活スタイルは異なり、与えてもらった一室があったとして、やはりどこかしこに疎外感と寂しさが残るかもしれません。日曜日に家族が出掛けたとして、いつも一緒に出掛けられることもない。空っぽになった家で一人ぽつんと居残る寂しさもあるでしょう。同居とは、それらを承知したものでなければなりません。過大に頼り過ぎない。親子あっても互いに尊重した間合いを必要とするのです。理想は、いつまでも元気で自立しておくこと。年老いても田舎でいまだ一人暮らしで周りに助け合う知人も多くいる。生活環境の異なる場所に追いやられるより、余程長生きでき、子孝行親孝行になるのかもしれません。基本は子に頼らない。現代は、いつまでも親に頼っているような子もいますが。そして残念ながら現代社会は、自己利優先、動物にも劣って子を育てる責任を放棄している光景が多々見受けられます。親は親の責任を果たし子は子の責任を果たしながら、互いに過度の頼り合いをすることなく自立精神を持つこと。社会においても、例え親子であっても、そのような関係を良とし、その上で、互いに人ならではの慈しむ心を忘れない。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。?2011.3.11(金)14:46
2012年06月01日
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