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カテゴリ: 想い


ふとした時に感じる幸せ感というもの。
少しばかり自分自身を思い起こしてみれば、日頃はほとんど気にもとめない、その自分の幸せ感を見つけることができます。

例えば、私にとっては、このようなこともそのひとつ。

朝方、寝床のなかで、まだ覚めやらぬまどろみのなかに窺う、台所に立つ妻の、朝食準備の様子。
まな板を叩く音や炊き上がる炊飯器の音等。
あれには、私にとっては限りなく平和な「幸せ感」を持つのです。

遠く振り返れば、やはり早朝の炊事場に聞く音は、温もりとどこまでも続く穏やかな日を、子供心にも強く感じさせたものです。

私の場合、小さな頃から高校生時代まで、その穏やかな温もりは亡き祖母が担ってくれました。

寝るときも一緒でした。

10年程前に亡くなった祖母と私は、血縁関係にはありません。
酒問屋をしていた夫に嫁いだけれどすぐに死に別れ、若くして未亡人となった祖母には、子供もなかったので、兄妹の多い、遠い縁戚だった父を養子に迎えたのだそうです。
現代であれは、十分に将来に向けた再婚の途というものがあったでしょうに。

血縁関係に無い。
よくよく考えてみればそうなのですが、私にとっては、血の通った実祖母と同じ。
小さな頃から私はその祖母に面倒をよくみてもらっていました。

若きときには相当苦労をしたらしく、小さいときから奉公に出され、子供の頃からよその家の子守をしながら家計を支えていたようです。
学校にもろくに行けず、読み書き算盤も夫と一緒になってから商い上、独学で覚えたようです。
昔ながらの大きな5つ珠算盤は、老いても大事に手元に置かれていました。

子供時分からも、そして結婚縁も薄かった彼女の人生は、その後も自分の自由と贅沢には無縁の、ただ、我々家族の朝食や夕食の支度をするというだけの、決して幸せだった人生とはいえないものに私にはいつも映っていました。

考えただけでちょっと辛過ぎます。

その祖母には、一時だけの酒問屋の妻となった当時に働いていたという、某使用人が亡くなった後も、身寄りのない無縁仏となったその墓を、いつまでも気に留め、我が家の墓参りの折には、家族同様に世話をしてきたような律儀なところがありました。

私は元来口数の少ないほうでしたから、自分の父や母や祖母とも、これまでの人生で交わした会話というのは、一般的家族における1/10程度のものではないでしょうか。
コミュニケーションの取り方もうまくありませんでしたし、その点、子供としての孝行を全うしていないかもしれません。

私にとって大切だった祖母にも、感謝や想いのたけとは裏腹に、私の接し方は極めて無機質だったともいえます。


相変わらず言葉少なく、ぶっきらぼうな対応の私に、毎度、帰ってきたことをとても喜んでくれていました。

その後、結婚した私に子供ができ、私の家族と帰省のときには、私の分まで妻が優しく接してくれていましたから、その点はせめてもの救いのような気がします。

ただ、返す返すも心残りなのは、私の住まいについに一度も連れてきてやれなかったこと。
いつも気になりながらついに実行できなかったこと。
もし一度でも呼んであげたらどんなにか喜んでくれたことでしょう。

私には、母親から日常において食事を作ってもらっていたことがありません。
手料理の記憶がないのです。
ただ一度記憶にあるのは、小学三年生の頃か、私の誕生日に友達が遊びにやってきたときに、カレーライスを作ってくれた、そのときだけに思います。
苦手だったのか、不向きの気質だったのか。

けれども、私の心には、祖母からもらった、台所の温もりが今でも残っています。
何の楽しみもなく薄幸の人生を終えた祖母の、小さな頃から高校を失業し県外にでるまでの世話をしてくれたことへの感謝。
そして今でもその温もりを記憶に想う、朝食や弁当を入れてくれるための、カタコト、グツグツ、その台所の支度音なのです。

母親の皆さん、そしていつか母親となる女(ひと)へ
子供さんのために是非、台所に立ち、しっかり世話をしてあげてください。
その頑張っているグツグツ、カタコト賑やかしい「支度音」というものは、きっと子供に、「幸せ感」という温もりで、心の内に、いつまでも残っていくことでしょう。





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Last updated  2006年02月05日 15時50分11秒 コメント(8) | コメントを書く
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