用あって久し振りに友人を尋ねた。
かっては豊かな穀倉地帯で見渡す限り稲穂が実っていたのだが、宅地造成・
大型店舗 卸団地などアチラ コチラと虫食いのようになっていた。 友人の地
区は古くからの由緒ある地域であるが、そこに行く一本道の両側の田圃を見て
声も出なかった。稗や雑草の中に貧弱な稲穂が見えるのだ。初めは減反の不
耕作地かと思ったのだが、そうでもないようだ。
友人の話では、ここも高齢化で、田を耕作する人手がない。10キロ先の農家
に頼み耕作田植えはしてもらったが、草取りは自分達でするつもりでいたがもう
体が動かない、そのままの田圃だそうだ。そんな田圃沢山あるという。
中山間地の僻地の話ではない。市街地に近い平野部の話である。子供達は
大學卒業後は大都会で就職 帰っても来ない。老人ばかりになって70代はまだ
若い方だそうだ。米を作っても、儲からないし、先祖からの田を手放すわけに行
かない。大変だといっていた。 いつ頃からだろう、若者にとって農業が、林業
が、漁業が魅力のな産業になったのは。
農業高校、林業高校 水産高校 が 次々と統合し授業内容を変えていく。
少子化のあおりや時代の変容に伴う社会の要請にこたえているのであろうが
農業の経験もない成績だけで農水省の役人になった連中が、仕事がないから
組合活動 をして暇つぶし、汚染米の件も不正に目を瞑り、そしてお咎めなしとし
か思えん軽い処分ですまし、 トップは政権交代を見越してさっさっと天下り。ロン
ドンパリの大臣はもっ体つけてモタモタいうけど、結局何も出来ない無能力者
だという 証明だけであった。
歴代大臣初め役人は、国の食を守り育てるという職責を全 うしていなかったこ
とが、この農業の荒廃を招いたのではないか。
いつか 臍を噛むことになると思うけど。
今 職がない青少年、中壮年 を組織して 農業 支援隊を作って農業をてつ
だっては と空想する。賃金は標準より高くして募集してはどうか。しかし肉体
労働していない体には最初は辛いだろうけど、やがて労働の楽しさにめざめ
る。落伍するものはそれでまた別の道を考えて。
戦時中 報国農業隊 中学女学校の生徒が勤労奉仕し たことを思い出した。
あの草だらけの一面の田圃はどうするのだろう。弥生時代のように草の中か
ら稲穂だけを摘み取り収穫するのかなあ。
台風の近づくニュースを聞きながらこれからの日本の食を思った。