昼の顔・夜の顔・ホントの顔♪

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水物語34

お辞儀バニー

クラブ時代~vol.9

雀を数える~スカウトマンの瞳の奥にあったもの

私が水商売の業界に足を踏み入れる直前、私は23歳で、東京で一人暮らしを
しながら、普通の会社員生活を送っていた。
短大卒で基本給は手取りで14万円。ボーナスは一度に50万円くらいもらって
いたけれど、財閥系のお金持ちが多い社員の中で、そのお付き合いをこなしな
がら生活するのは、大変苦しく、ボーナスを日々の生活にスライドさせることで
なんとか生計を立てる毎日だった。
私は大企業の腰掛けOLになるよりも、好きな仕事でのびのびやりたいと思って
いたから、多少の貧乏は苦にならなかった。
平日は毎日終電までサービス残業をしていたから、寂しさを感じる暇もなく、
休日はビデオを借りて見たり、本を読んで過ごしたりした。
私なりに充実したつつましい生活。こんな日々がずっと続いてゆくことに
疑問を持つこともなかった。
そんな私がある日、理由無き理不尽な恋に落ちた。
彼は会社の先輩で、わたしより4歳年上のスマートな人だった。
クールが売りの私が、どうしても感情的になってしまうような人だった。
いつもいつも彼の手のひらで踊らされながら、私は理性と憐憫の間を行ったり
来たりしていた。
とにもかくにも、私は彼に夢中になってしまっていた。
彼には、別れたも忘れきれずにいる人がいた。彼はもちろんそんなことをおくび
にも出さないのだけれど、私にはわかった。
私はいつもその女性を意識して、彼女よりももっといい女を演じようと自分を
殺して振舞ったものだ。
私の恋の終わりはあっけなかった。
「どうしてもお前のこと、妹のようにしか思えない。」
母に言わせると種馬2号になってしまうけれど(笑)
私にとってこの失恋は大打撃だった。
私は夜寝て、朝、一人でベッドの中で目覚める度に、いつもどおりに朝がきて
いることが、ただただ悲しく思った。
朝は、何事もなかったように、毎朝規則正しく訪れ、私はいつもどおりひとり
ぼっちだった。
東京に来てから、色々な人と付き合い、友達を作り、出会いと別れを重ねて
結局私は一人で生きているのだと思い知らされてきたのに、
朝目が覚めることが、こんなに悲しいことだと思ったことはそれまでに一度として
なかった。
私はひとりぼっちの週末に、街に出ることができなくなり、アパートの向かいの
家の屋根にやってくる雀の数を一日中数えたりした。
それまで気が付かなかったけれど、隣の家の屋根はかなり痛んでいて、しみが
いくつもあり、雨どいが外れかかっていた。
それでも毎日規則正しくやってくる雀の姿を眺めていると、私は慰められ
少しずつ回復していったのだと思う。
私は昔から、本当に辛いことに直面したとき、それが通り過ぎるまで、誰にも
相談しない。とにかく一人でやりすごす。
だから当時の週末は、常に引きこもりの境地だったように思う。

そんなある日、会社帰りに自宅のある駅を出ると、小柄な人のよさそうな男の子
に話し掛けられた。
「あのお。僕は○○というお店のスカウトをしているものですけど…」
この手のスカウトは歌舞伎町でも何度か経験していたのだけど、彼は、歌舞伎町
のスカウトマンと違い、軽薄なところがなく、昨日上京してきたばかりです
といったカンジのおどおどしたところがあった。
「僕のご紹介するお店、とってもいいお店です。絶対に危ないことはありません
 から、お話だけでもさせてもらえませんか?」
「ふふ。私はそういうお店で働くにはイメージが違うように思うんですが。」
「ええ?どうしてですか?あなたのような人がいいんですよ。」
「だって、もうそんなに若くないし。どっからどう見ても普通の会社員って
 カンジでしょ?」
「……。ギャルのような子じゃ駄目なんですよ。お客様には、素人っぽい子が
 お好きな方もいるんです。大丈夫。僕のこと、信用してください。絶対あなた
 化けますから。」
彼の瞳の奥の真剣さと、「信用してください。」という言葉にすっかり騙されて?
私は気が付けばお店の事務所に入っていた。
店長は私を上から下まで舐めるように品定めした後、こう言った。
「オッケー。アルバイトだけど、レギュラー自給でスタートさせてあげる。
 君は真面目そうだし。」
「はあ。あの、洋服とか、あんまり持ってないんですけど」
「ああ。大丈夫スーツあるから。君サイズ小さそうだね。小さいサイズはあんまり
 ないから、稼ぎ出したら好きなの買うといいよ。」
「あの…。いつから来たらいいんでしょう。」
「うん。週末からよろしくね。ああ。そういえば、名前!どうする?好きな名前
 言ってごらん。」
名前…。考えてもいなかった。事務所を眺めると、在籍しているたくさんの女の子
の名前が並んでいる。あい。もえ。かなえ。まりえ。
えええええ。
えのつく名前が頭から離れなくなった。
「あの。りえって人います?」
「りえね。りえ…りえと…。今いないから、いいよ。りえちゃんね。おお。丁度
 いいナンバーが空いてるから君には88番をあげよう!」
「末広がりの8が二っつもあるんだから、頑張って売れっ子になってね。」

というわけで、私は88番りえちゃんになった。

出勤日まで、ドキドキしながらも、緊張と興奮で、悲しさにひたっている暇など
なくなった。良かったのか悪かったのか、これが私の水商売人生のなり初めだ。


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