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はじめに 東日本大震災により
亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
また、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして心よりお見舞い申し上げます。
3月11日 それはそれは 大きい揺れでした。
私の住んでいるところは 震度6強でした。
地震の時、家の中に息子と3人でいましたが
あー地震だ・・・と思ったのもつかの間
かなりの揺れで キッチンの方からはカシャンカシャンガラスが鳴り
テレビは台から飛びそうなくらい揺れ
息子2人を布団にもぐらせ、揺れがおさまるのを待ちました。
正直 なにが起きたのかわかりませんでした。
揺れもなくなり、テレビで震度確認しようと思ったら、電源が入らない。。。
壊れた??(停電に気づかず)
キッチン見に行ったら、鍋がひっくり返り牛乳が床に散乱
レンジも台ごと動き落ちそうで、直していたら
また大きな揺れ
急いで息子のところに戻り
揺れがおさまったら 一旦外に避難しました。
車に乗ってラジオでニュースを聞いたら
なにやらとにかく大変な感じ
津波警報やら余震に注意。。。。
パニックってこれからどうすればいいかよくわからなくて
とにかく車に避難しましたが
何度揺れたかわからないくらい大きな揺れが何度も、何度も。
落ち着いたかと思って家に戻っては、大きく揺れ また外に避難。
ケータイも全然通じないし 段々薄暗くなってきました。
電気が戻る気配がないので、旦那さんと運良く通じたケータイで話し合い
旦那さん実家に行くことに。
出発はもう暗くなり、信号が動かない道路は渋滞・・・
もとから車で50分近くかかる旦那実家。
譲り合いながら車を徐行運転。
何度か十字路でクラクションを鳴らされ・・・
途中の道は橋が陥没したのか段差があり
多くの住宅の瓦や塀が崩れ
泣きそうになりながらも息子と明るくじぃじのおうちに行こうねーと
なんとか8時くらいに到着。
もちろん旦那実家も停電ですが、人数多いほうが心強い!!
ラジオを聞いていましたが震災の状況もあまり把握できず。
なんども揺れを感じながら 懐中電灯を頼りに
早めに眠りました。
朝起きても電気・水道使えず、新聞も届かず
とりあえず息子と庭で遊んでいました。
東北があんなことになっているなんて思いもせず・・・
津波があったとはニュースで聞きましたが
10メートルと言われてもよくわからなかった・・・
昼過ぎに新聞が届き 見たとき
涙がでました。 これが 日本??
そしてまだ津波警報が出ていて、私の両親は茨城県の海沿い。
姉は臨月で里帰り中。
昨日一度だけ姉とつながり、避難勧告がでたから両親は避難所へ
姉は娘を連れ姉の旦那実家に行ったみたいでした。
また大きな津波が来たら・・・
想像するだけで怖くて、一度もつながらない母とやっとつながった時
なぜか泣いてしまいました。
避難所はいっぱいだし寒いから車で寝泊りをしていると話
津波が心配だから内陸に来たらとすすめましたが、様子をみると。
そして義実家でお世話になること3日目、日曜夜 電気が!!
とにかくテレビをつけて
そして津波の映像をみるたび苦しくなり。
しばらくは現実と受け入れられませんでした。
今現在私の住む町はほぼ前と同じような生活です。
茨城でも津波、液状化、被害はあります。
同じ県でも、こうも違うと申し訳ない気持ちで
しばらくはブログも書く気にならずにいましたが
また書きはじめようと思います。
まだまだ解決の見えない原発。
多くの避難所生活の方々。
少なからず私も不安はまだありますが
少しずつ前に進もうと思います。