トゥルー・コーリング




母親を亡くした、姉と弟の3人兄弟の次女のトゥルー・デイビスは、医科大の聴講生をしながら、死体安置所でバイトをしていた。
父親とは3人とも折り合いが悪く、別居していた。
そのトゥルーの身に起こった異変により、死者の「助けて!」と言う言葉を聞こえるようになり、その声を聞くと、前の日に、つまりその死者が死ぬ当日に時間が戻ってしまう。

最初は戸惑いながらも、「助けて」と言われたのに、何もしない訳にはいかないから、孤軍奮闘するようになる。

姉や弟に話しても理解してもらえる訳もなく、唯一の理解者は安置所の所長だけだった。
彼氏ができても打ち明ける事もできず、デート中に中座する事も重なって、別れる事になった。

それでも弟は半信半疑ながらも理解を示して、協力してくれるようになって行く。

しかしこのドラマの後半、同じ能力を持っていながら、トゥルーのように死者を救うのではなく、死なせるようにさせる真逆の働きをする人物が登場する。
それも思いも寄らない人が、そのトゥルーの敵のボスだった。
死者を救おうとするトゥルーは、その度に邪魔する何者かの力を感じ始めた。

その人物が登場する事で、ドラマは哲学的な側面を持つようになったと思う。
その人物にも度々言われるのだが、トゥルーは死者の「助けて」と言う言葉を聞いて、その死者を助けようとするが、それは本来死ぬべき人を救う事であり、それは自然の流れに背く事になるんじゃないかと言う事。
その人物が死ぬ運命にあって死ぬのだから、それに背く事は、自然界の流れを変える事になり、究極神に背く事になると言う事。
トゥルーは最初は相手にしなかったけど、段々自分の能力や行為について考え始める。
最初は救いを求められ、その死者を救う事は、当然の事であり、自分には見過ごす事はできないと思っていた。
しかし本当に良い事なのか・・。
トゥルーは葛藤するが、やはり自分に救いを求める人を見過ごす事はできないから、救えるように努力すると決意を新たにする。

なんだかこんな風に書くと、宗教じみて嫌だけど、これは多分ドラマ制作者のエクスキュースだと思う。
トゥルーは死にそうな人を救うのではなく、死んだ人を救うのである。
つまり死んだ人を死なないようにするわけ。

これってやっぱり、ある意味問題かも。
動物界でも天敵と言う存在がいるから、自然の調和が取れているのだ。
その調和が乱れれば、自然界はおかしくなる。

だからトゥルーに逡巡させたのだろう。

しかし・・そんな理屈はさておき、1話完結のスタイルで展開されるサスペンスで、テンポも良くて飽きずに観れて面白い。

最終話はクリスマス・イブで、トゥルーの周りの人々は、全員トゥルーの部屋に集まりパーティをする。
一見トゥルーを中心にして、親しい人々が集まって、クリスマス・パーティをしている光景だ。
しかし一般人達もいれば、同じ能力を持ちながら、トゥルーと敵対している人物達もいる。
いろんな思惑が行き交っていて、魑魅魍魎。

2シーズンの6話(既刊分)までで、まだまだ解決してない事もあって、その次を期待させるエンディングだった。

アメリカのサスペンスドラマは、ホームドラマと共に伝統のあるジャンルだから、作り方が手馴れていると言う感じだ。

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