放浪の達人ブログ

小屋の管理人

     【小屋の管理人】

GWはどこへ行っても渋滞で人だらけなので外出する気がしない。
ところが俺はGW中でもほとんど人間の来ない場所で過ごしてきた。
岐阜県の某山の山頂にある無人小屋だ。
この山は余りに急な登りのために登山道と下山道が別々になっていて、
ちょうど周回するような感じになっているので
昼過ぎに麓を出発すれば他の登山者と出会わずに山歩きを楽しめる。
たくさんの滝を見ながら2時間ほど歩くと登山道は岩場の多い道となり、
木の根や岩につかまりながらよじ登る場所を過ぎると樹林帯になる。
毎年この辺りはGWになっても残雪が多くて道に迷いやすい。
木の枝に付けられた赤リボンを目印に樹海の迷路を抜けると雪原に出て、
麓の駐車場から4時間程度でその山頂小屋に着く。

毎回のように俺は麓を昼過ぎに出発し、小屋には夕方着くようにしている。
人間の気配は皆無で鳥の鳴き声しか聞こえない静寂の世界だ。
小屋から1分の山頂からは360度の大展望で雪山がぐるりと見渡せる。
持参した太宰の小説を小屋の中でのんびり読もうとしたら
今年は先客で男性が1人いたので色んな話をしながら夕焼けを待ったが
曇ってきたので星空を諦めて9時過ぎまで雑談をして夜を過ごした。
俺が持って来たロウソクの灯りが2人の影を壁にユラユラと映し出している。

夜中の3時にどちらからともなく目が覚めて小屋の窓を開けて空を見たら
天の川に埋もれて満天の星空が見えたので一緒に山頂まで行った。
5月初旬なのにジャケットを着て毛糸の帽子や手袋をして雪の上を歩いて行く。
その日の朝焼けは見事なもので、見渡す限りの雲海の彼方から朝陽が昇り、
ウグイスなどの鳥達の声を聞きながら至福の時間を過ごした。
下界のGWの混雑とは無縁の素晴らしい世界だった。

この山小屋に泊まると俺は登山者から小屋の管理人と間違われることがある。
今年はトイレに流す水を外に設置してあるドラム缶から補充しておいてあげようと、
その作業をしていたら登山者が登って来たので挨拶をしたら管理人と間違われた。
先回はくわえタバコをしながら小屋用とマジックで書かれたスリッパを履き、
夜使わせてもらった小屋内の毛布をテラスに出して布団叩きでパンパンやっていたら
やはり登山者から小屋番の管理人と思われた。

いやいや、山小屋の管理人ってのはもっとオーラが違うっていうか、
60歳過ぎで白髪頭に無精ひげで赤いペイズリー模様のバンダナを巻いてだな、
服装は無頓着に紺色のジャージの上下なんかだったりして標準よりやや肉付きがあって、
俗世間の裏まで体験してきたような厳しい眼光を放ちながらもその瞳は透き通っていて、
声は渋くてやや無愛想に「いらっしゃい」と出迎える感じじゃねえの?
俺みたいな甘ちゃんじゃあ到底小屋の親父は務まらない。
今の俺だったら管理人どころか小屋に居付いてしまった中年浮浪者のようである。

俺がもう少し歳をとって山小屋の管理人に相応しいような人格に成長できたら、
登って来た登山者に無愛想に「よく来たな、今ちょうどコーヒー淹れたが飲むか?」と
マグカップにブラックコーヒーなんぞを注いで管理人ごっこしてみてえな。
そうしたらその登山者こそが小屋の掃除に来た本物の管理人さんだったりして。


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