『事によってはアンタを刺すか、自分を刺すからね ! 』
ソファに浅く座るなりデウィちゃん、目の前のコーヒーテーブルにピシャリと刺身庖丁を置くと、源さんをギラギラと睨み据えた・・・。
まったく、なんてこった・・・・。
犬も喰わぬ夫婦喧嘩は外でやってくれ! と二人ともほっぽり出したいところだが、そうもいくまい・・・・。
突然身に降りかかった不運を恨みながらも、でのタイミングで刺身庖丁を奪うか、その機会を窺っていた。
なにしろこちらの人間は逆上すると何をしでかすかわかったもんじゃない。このボクだって、以前漁師のセントラルキッチンで、トレーニングの若い男にちょっと注意しただけで肉切り庖丁を突きつけられた経験がある身である。
いくら若くて可愛いデウィちゃんといえども、裏切られ、騙され、傷つけられたとなれば咄嗟に何をするか予想もつかぬ。まあボクは当事者じゃないから余程のことがない限り刺される事はないだろうが、源さんが刺されてもデウィちゃんが己の胸を刺しても、この部屋が血の海になるのは、想像するだにおぞましい・・・。
ここはひとつ、一歩引いて静観の立場を取りながらいつか刺身庖丁を奪おう。
『他の女に子供が出来たっていうのは本当なの!』
『・・・・・・・・・・・・・』
源さん、苦虫を噛み潰したような顔で沈黙。
『えっ、どうなのよ!』
『・・・・・・・・・・・・・』
『はっきり言いなさいよ!』
本当であることをボクは知っている。だが、ここは、取りあえず否定するんだよ源さん。と、目で必死に訴えかけるが、
『すまん、この通りや・・・・!』
ガバッとひれ伏した源さん、深々と額を床に押し付けた。
あァあ・・・・・言っちゃった・・・・。
白を切り通せば、打開策も考えられようものを、ここで白状しちゃったら刃物を持っているだけに危ない。といっても、したたかに嘘を突き通さないところが源さんのいいところでもあるし、なんとも潔いのだが・・・。
『そうなのね・・・・』
デウィちゃんの手が刺身庖丁に伸びた。
そこで、すかさず、
『ねえデウィちゃん、なんか飲まない? なにがいい?』
『アラック、ウオッカ、ジン、ウィスキー、強いものならなんでも』
冗談じゃない。このうえ、アルコールを入れたら、まさに収拾がつかなくなるのは明白。
『ごめん、酒ないんだよ今・・・』と嘘八百。
『なら、アクアでいい』
ボクを見たデウィちゃん、能面のように蒼白。にこりともしない。
グラスに冷えたアクアを入れて戻ってくるとデウィちゃん、さっきは手にしていた刺身庖丁をまた目の前のコーヒーテーブルに置いているではないか。
よしッ、グラスを置くと同時に奪おう!
と、思ったが、ボクが近寄ると、さっと庖丁を手に取った。失敗だ・・・。
『何処の誰なの、その女は!』
デウィちゃんは、床にひれ伏した源さんの頬をペタペタと刺身庖丁で叩いた・・・・。
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