龍の自分勝手

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§4 バーチャであっても、現実があると



よくあるご意見として、
ネット上でも、現実の世界でも、相手は人間であり、云々
という論調。

そりゃー、コンピューターとお話していない限りにおいて、ネット上での語らいにもおいても、向こうには『現実の人間』が存在する。

そんな事は当たり前の事で、
通常、『バーチャル』と『現実』を区別するのは、その手段である。
『バーチャル』というと、コミュニケーションの場があくまでバーチャルであり、ネットの空間というのは、まさしく『バーチャル』

『文章には、人格が出る』
とか
『メッセンジャーで話していると、本質が出る』
などと、まぁ、その人なりの見解があるようだが、
千歩譲って、そうだとしても、
所詮、相手の目を見ながら、その場の空気を感じながら
のコミュニケーションではない。

ところが、現実の世界においては、おそらく1000倍以上の情報が一瞬にして感知されるのではないだろうか?(もちろん、その人の感受性にもよるが、、、)

例えば、、、
あるホテルのチェックインの際、
通常の部屋は別として、チェックイン窓口が専用の上層階のフロアーにあるような場合において、
男がチェックイン手続きをする際、『そっちで待っておいて』といわれて、その女性が位置取る場所だけみても、その育ちor社会経験の程度が知れてしまうもの。

ネットで『本音』がどうの、って話しがあるが、
それとて、
相手の本音というものは、その人の目や、口調やトーン、しぐさ
で、その口から出る言葉との整合性を見極めるものじゃないだろうか。
意外と、文章では現れないものだろう、本音って。

もっともネット上で難しいのは、
軽い冗談や突っ込みのつもりでの文章が、ニュアンスが上手く伝わらずに、マイナスの効果を生じる事だろう。

現実の世界の知り合い同士におけるネット上でやりとりの場合、お互いの顔や声、その空気を知っているだけに、ネット上でのやり取りを意訳して解釈することが出きる。つまりネット上におけるやり取りの軽薄さを、現実の人間関係が補完しうる訳だ。

が、ネットonlyな関係だと、難しい局面に陥ることもある。

『バーチャルであっても、現実がある』
というのは、
客観的にはそうかもしれないが、(相手は現実の人間という意味で)

コミュニケーションの手段という観点から考えると
『バーチャル』でしかないのであって、
その先に『現実の人間が居る』とかなんとかというロジックは屁理屈でしかない。

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