さちくま。の部屋

さちくま。の部屋

小西行長と垂井町


メールより。。。

小西行長公のことですね。
たしかにうちの実家の寺で毎年供養しています。
伝え聞いた話しなので定かではありませんが、関ヶ原の合戦で落武者になり春日村まで落ち延び河合村の禅寺に隠れていたそうです。
それを知った香六に住む百姓がたまたまお茶をつみにくる新井のおばあさんに話し、ほうびほしさに岩手(垂井町岩手)の城主、竹中丹波守重門の家老寺島に密告し、伊藤半右衛門ら数人が行長を生け捕りにし、草津で村越茂助に引き渡さ渡したそうです。
このとき居場所を知らせた百姓には代々白子を生ませてやる、また密告したおばあさんを呪い、60年ごとに新井を火の原にする、と熊笹をねじりながら行長が言った事から新井に住む人々は眞正寺において二月末の命日に供養をつとめるようにしたといわれています。


忠実と照らし合わせたわけではないので一度しらべてみますが、うちの寺もかなり古いのでそういうこともあったのかもしれないと思います。
1494年に楚南という人が寺を開いていますから。
なにか他にもわかればまたメールしますね。


と。
Kさん、ありがとうございました。
夫も曖昧だったところが理解できたようです。
そしてKさんのご実家のお寺がそんなに古くからあったということも初めて知りました。

岐阜県不破郡には関ヶ原町と垂井町があります。垂井町には南宮山など関ヶ原の合戦の舞台となったところもあります。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: