ACT・10



「うわああっ!」
 天地がひっくり返るような衝撃があり、地下室の天井にもヒビが入った。
 ぱらぱらと、細かい破片が降ってくる。

「何だ、何事だっ!?」
 床にしりもちをついた田崎は、目を白黒させて叫んだ。
 それとほぼ同時に保安部員が一人、慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

「大変です、沢村がビルに攻撃をかけています!」
「何っ、沢村だと!」
 立ち上がりかけた田崎だったが、再度起こった爆発の振動により、またしりもちをついてしまう。

 びしっ、と音をたてて防弾ガラスにヒビが走る。

「いかん!」
 それを見て、ダニ-が叫ぶ。

「今だ、皆さん力を貸して下さい。飛び出しますよ!」
 省吾の合図で、学生たちが一斉にガラスへ体当たりした。

 がつん!
 失敗、もう一度。

 がつん!
 いい感じ、ヒビが広がった。

 がつん!
 さらに広がった!

「どいて!」
 とどめとばかりに、ホウランが両手から電撃をほとばしらせた。プラズマ化したその攻撃により、防弾ガラスがこっぱみじんに砕け散って、五人の身体は外へ転がり出ていた。

「よくも一郎をっ!」
 間髪おかずに、弥生が田崎に飛びかかり、一瞬遅れて陽平も飛びかかっていった。
「ひいっ」
 へたり込んでいる田崎は、情けない声をあげて両手で頭を抱え込んだ。
 おかまいなしに、その上から弥生は殴りつける。
 空手は見様見真似だが、以前、試し割りに使う厚さ三センチの松の板を三枚重ねて叩き割ったのは空手部でも伝説になっている。
まあ、それでも修羅王で殴られるよりはマシだろう。今の弥生が木刀を手にしていたなら、おそらく田崎は殺されていたに違いない。後から飛びかかった陽平が、手を出せないほどすさまじい連打であった。

 だが、その弥生の身体は、だしぬけに見えない力によって後ろへ吹っ飛ばされていた。
「くっ」
 くるり、と宙返りして着地した弥生は、ジョニーをにらみつけた。念力で吹っ飛ばされたのはこれで二度目だ。
「またあんたね、人のことぽんぽん弾き飛ばして──」
 そうつぶやく弥生の声は、意外に低く静かだった。

 そして両手を前に出し、あたかも剣を持っているかのように腰を落とした。

「?」
 ふふん、とジョニーは肩をすくめる。
 はたから見れば手ぶらで構えたようだが、弥生は剣の代用品を手にしていた。
 右手首を左手で押さえ、その先から突き出している一本のボールペン。
「あんたも許さないわよ、覚悟しなさい」

 それを聞いて、ジョニーは腹を抱えて大笑いした。
「そのセリフ、そっくり返しますよ小娘! 先程は生かしておきましたが今度はそうはいきません。あなたたちも」
 唇を歪めながら、弥生とその後ろにいる省吾、陽平、明郎にも言った。
「どこからでもかかって来なさい」

 その言葉に、弥生は無言で間合いを詰めた。
 この距離では、攻撃するのに遠すぎる。たとえ踏み込んでも、そのスキに念力で吹っ飛ばすことができる。

 ジョニーはそう考えていた。
 弥生が何か飛び道具でも持っていれば別だが、その様子もない。この小娘は、ただのボールペンを正眼に構えているだけだ。
 その目は精神集中のため細められていたが、ジョニーは気づかない。
 自分のサイコキネシスの威力を信じ切っている彼は、すっかりリラックスしているのだ。弥生が飛びかかってきてから、余裕を見せつつ叩きのめすのを狙っているらしい。
 薄笑いを浮かべながら、彼は弥生の目がくわっと見開かれるのを見た。
 当然、次にくるべき攻撃は捨て身の特攻だと思っていた。

 違った。

 次の瞬間、弥生の口から衝撃波のような『気合』が放たれたのだった。
「いえええええあああっっ!」
 それは物質的なパワーを持ち、ジョニーの全身を叩いていた。
 巨大なハンマーがぶつかったようなものだ。

 驚きの表情で吹き飛んだ彼が床に落ちた時には、もう弥生が襲いかかり、手の中のボールペンを深々とのどにめり込ませていた。
 ばっ、と弥生が飛退ると、ジョニーは白目をむき、血を吐いて悶絶した。

 すさまじい技であった。剣士は剣とともに生き、剣とともに死ぬ、という原則を覆している。

 『遠当ての術』とでも言うべきそれは、要するに気合をもって相手のバランスを崩し、そのスキをついてとどめを刺すものである。 口で言うのは簡単だが、その奥義は極度に体力を消耗するのか、かくんと弥生は膝をついた。

「大丈夫でござるか!弥生どの」
 後ろにいた陽平が、あわてて駆け寄る。
「平気よ、こいつら・・・絶対に許さないわ」
 歯を食いしばりながら、弥生は立ち上がった。
 それをダニーと田崎が驚愕の表情で見ている。

「ジョニーを倒すとは・・・貴様らただの高校生ではないな! 黒い風の新顔か!」
 省吾が首を振る。
「ちがうね、この人たちは我々とは全く無関係だよ」
「そうとも、オレたちはただの高校、私立斎木学園の生徒だ」
 明郎が言う。

「殺された一郎の無念我らが引き継ぐ!和美さんを正気に戻して引き渡すでござる」
 陽平が、どこかに隠していた手裏剣を握り締めてつぶやくと、またどこかで爆発が起こり、よろめいた。
 壁や床に亀裂が走る。

「おのれ、こいつらだけならともかく沢村めが!! 一体どこから攻撃をかけておるのじゃ!」
 ぼやくダニーの視界の端に、にやりと笑みを浮かべた保安部員の顔が目についた。

「むう! まさかっ」
 声をあげて彼が振り向いた時には、兵藤がすでに男に向かって飛びかかっていた。
 その身体が空中にあるうちに、右肩にぽつん、と赤い穴が空き兵藤は床へ倒れ込んだ。

 いつの間にか、保安部員の手に拳銃が握られている。
 早抜き〇.三秒ってところだろうか、まるで魔法のようだった。 血が流れ出てくる肩を押さえて、兵藤はこの男をにらみつけた。

「貴様──沢村か」
 そう言われた男は、深くかぶった帽子を投げ捨て、
「よお、久しぶりだな」
 と、笑みを浮かべた。

「沢村、生きていたのか!」
 叫ぶ田崎の胸元に銃を向けて、行方不明だった沢村は省吾たちにウインクした。
「オレはあんなことじゃ死なないさ、なあ」
 とぼけた口調であった。

 あの時、
 学校に攻めてきた戦車を阻むべく、サイドカーごと突っ込んでいき大爆発を起こした。
それきり、何の音沙汰もなく生死不明であったものが───

「貴様らの十八番か」
 低く兵藤が言うと、沢村がうなずく。

「その通り、たとえあの時の攻撃をすべて退けたとしても、お前らは次の攻撃部隊を何度でも送りこんできただろうからな。戦力的に劣るオレたちが有利に戦うために、一度負けたふりをしてふところに潜り込み、アタマを潰す機会を狙っていたという訳だ」
「ちょっと、そうは言っても省吾はそんなこと一言も言ってなかったわよ?」
 弥生が口をとがらせる。

「そりゃそうだ、これはオレのアドリブだったからな。省吾とも何の打ち合わせもしてないさ」
 そのセリフを肯定するように、省吾はうなずいた。
「おかげで、オレの方はかなり苦労しましたけどね」
 そういう彼は、相棒が生きていて何か企んでいることを、うすうす感じてはいたのだろう。だからこそ捕まった時も取り乱す事なく、学生たちのために必死で脱出しようともがいたりしなかったのではないか。

“プロはいつでも逆転可能な手を残しておくものだ”
 兵藤が以前に言ったセリフが、今全く逆の立場で使われようとしている。

「それにしても沢村さん、もう少し早く行動を起こしてほしかったですよ。取り返しのつかない事になってしまいました──」
 せっかくの相棒との再会であるが、素直に喜ぶ気持ちにはなれない。
「探し物をしてたんでな、少し遅れたことについては謝るが・・・取り返しのつかない事ってなんだ?」
 まるで今の状況を判っていないというように、沢村はきょとん、としてしまった。

「何言ってるんだよ、あんた!」
「この状況が目に入らないでござるかっ」
 明郎と陽平が、目の色を変えて叫ぶ。

「和美ちゃんがいる、お前らも全員いる・・・後はさっさと脱出するだけじゃないのか?」
 まだ、沢村はとんちんかんな事を口走っているので、弥生がついに泣きながらわめき出した。

「何が『全員いる』よ! よくごらんなさいよっ、一郎が・・・一郎が死んでるじゃないのよっ!」
 わああっ、と顔をくしゃくしゃにして、弥生は一郎を指さした。

 鎖につながれたまま、だらりと一郎の身体がぶら下がり、その足元に濃い赤色の血溜まりができている。
 それを見て、沢村の目が細められた。

 兵藤が、肩を押さえながらゆらり、と立ち上がる。
 ふ、と鼻で笑ってから、
「大事なのはティンカーベルだけか?」
 と、つぶやく。
「同じ相沢の血を引くものでも、兄の方は死んでしまっても、別に切り捨てられる程度の存在でしかないということだろう?」
 赤い唇の端を、きゅうっ、と吊り上げる。

 本当かっ?

 そういう目で、明郎が沢村を見た。
 兵藤が言ったように、和美さえ無事なら他の者は二の次なのか! 陽平がにらむ。

「そうなの?」
 声に出して聞いたのは、弥生だった。
「沢村さん、だとしたらオレも納得できないですよ──」
 省吾も、重くつぶやいた。

「ほほう、仲間割れか」
 うれしそうに田崎がささやく。
 それを銃で牽制しながら沢村は口を開いた。

「お前ら──」
 少し、とまどいながら話そうとしているようだった。
 今から言う言葉を、どう口にしたものか迷っている。そんな感じである。
 そんな沢村を、弥生たちはじっと見つめる。
 その視線から目をそらさずに、沢村は何かを決心したかのように言った。
「彼なら、大丈夫だ」
 そのセリフに、弥生たちの目付きが変わった。

 馬鹿にしてるのかこの男はっ!

その気配を敏感に感じて、沢村は手をあげて学生たちを制した。

「落ち着け、我々には彼女がいる」
 そう言って、和美を指さす。

 はっとして、全員が振り返ると、まだ正気を失ったままの和美は、人形のような表情で立ち尽くしている。
 田崎が笑い出した。
「ばかな、いくら優れた超能力者とはいえ、彼女に何ができる?」
 その言葉を無視して、沢村は学生たちに問いかけた。

「お前ら、一郎君に助かってほしいだろう?」
「当たり前だっ」
 間髪おかずに彼らが叫ぶのを見て、沢村はうなずく。
「よし、その想いを念じ続けていろよ」
 そして、今度は和美に顔を向ける。
 彼女は、何の反応も示さない。

「よく聞きな、和美ちゃん」
 そう前置きして、語りかけた。
「そこにいる男は、お前の兄だ。間違いない。長年会いたがっていた血を分けた兄弟だ。もう、お前は一人じゃない──」
 ふ、と和美の瞳にかすかに光が揺れる。
 さらに、沢村は語り続けた。

「だが、今そいつは死んでしまう。二度と会えなくなっちまうぞ」
 その言葉に反応したのは、弥生たちだった。

「いやだ、死なせてたまるかっ!」
 切実な叫びをあげる。
 それを見て、撃たれた肩を押さえながら、兵藤が鼻で笑う。
「死んでしまった、の間違いだ。事実は認めるべきだと思うがな」
 と低くつぶやいた時、

「うう──」
 と血の気の引いた顔で、ダニ-がうなる。
「沢村め、貴様ティンカ-ベルの秘密をどこで──」

 冷や汗にまみれた顔で呟いたとき、和美に変化が見られた。彼女のセミロングの髪が、薄青く光を放っている。
 目を凝らさなければ判らないほどかすかではあるが、確かに光っているのだ。

「今、その男を助けることができるのはお前だけだ。自分の力の強大さを恐れず、活かすことを考えろ! お前の力で、他人を助けることができるんだ! そこを自覚しろ」
 沢村の声に力が込もる。

「和美ちゃん」
 すがるように、学生たちが見つめる。

 兵藤は、白けた気分でそれを見ていた。
 こいつらは何を言ってるんだ? そんな気分であった。
 一郎の心臓は、既に止まっているのだ。『今にも死にそうな』状態ではない。助けるも何もないではないか?
 友人の死を目の当たりにして、錯乱しているとしか思えない。
 非常に冷めた目で、彼はこの様子を眺めていた。

 それは田崎も同様であった。表情で判る。
 ただ一人、ダニ-だけが何かひどく緊張した表情で、食い入るように和美の様子を見つめている。
 ごくり、と生唾を飲み込んでいた。

 やがて、
 すう、と和美の髪が青さを増した。それとともに、瞳の中に段々と意志の光が戻りつつある。
 ブツブツと、口の中で何か独り言をつぶやいているようだ。

「む?」
 小さくつぶやいて、田崎が目をこする。
「──目の錯覚か?」
 その独り言の意味は、すぐ全員が理解した。

「きゃっ」
「うわ──」
「な、どういうことでござるっ?」
 学生たちが、口々に驚きの声をあげる。

 なぜなら、和美の髪が青い光を放つ現象と同じことが、今彼ら三人の身にも起こっているのであった。
 みるみるうちに、弥生・明郎・陽平の髪の毛が青い輝きを増していく。

「これはっ!」
 田崎が目を見開いて叫び、ダニ-の方を見る。
 黒い肌の老人は、険しい表情でぼそり、とつぶやいた。

「『ティンカ-ベルの魔法の粉』──」

 ぎりりっ、と音をたてて奥歯を強く噛む。
 逆に、この現象を目にして沢村は笑みを浮かべた。
「よしいいぞ和美ちゃん、本来の力を解き放て! そしてお前ら」
 力強く学生三人に向かって、
「一心に念じろ。助けたいという気持ちを純粋に念じて、そいつにぶつけてやるんだ!」
 ずん、と腹に響く沢村の声に、自分の身に起こっている異常も忘れて彼らは素直に従った。

 強く、念じる。

『一郎、起き上がれ』
 その想いを一郎にぶつける。

『死ぬな!』
 腹の奥底から湧いてくる気持ちを、胸が裂けるほど念じて、祈った。
『死んでる場合じゃないだろう、立て、立って目の前の敵を蹴散らしてしまえっ!』

 その瞬間!

 和美と三人の髪が、雷のように激しく輝いた。
 何かが、彼らの中からほとばしり、一郎の身体に叩きつけられたようだった。
 閉ざされた地下室に、吹くはずのない風が巻き起こり、見ている者の顔に激しく吹きつけた。

「くっ」
 思わず、強く目をつぶる。
 次に目を開けた時には、もう、和美も、三人の髪も普通の状態に戻ってしまっていた。
 ばっ、と顔を見合わせる。

「今、感じたっ?」
 弥生が叫ぶと、明郎と陽平はこくこくとうなずいた。
身体の中を駆け抜けていった、とてつもないエネルギ-の塊・・・それはどこか身体の奥深く、根源的な場所からあふれてきたような感じだった。

「な、何だったのだ、今のは?」
 呆けたように、田崎がつぶやく。それを聞いて沢村が失笑した。

「何だ、極東支部長でも話の核心を知らされていないのか?FOSの秘密主義も相変わらず大したもんだな」
 そう言って肩をすくめた沢村を見て、田崎は顔を真っ赤にしてわめき出した。

「きき貴様、この私を小物扱いするのか! なめるなっ、私はな、FOSの極東における活動の根幹を任せられている男だ。本部からの信頼も厚いのだ、それを──」
 田崎は、大声でわめくのを止めた。
 ふと、ダニーの顔を見る。
 黒い肌の老人は、無言で見つめていた。
その、冷ややかな目。
 それを見て、田崎の中に張り詰めていた誇りのようなものが消え去り、かくんと肩を落とす。

「いいかげん、お宅も目を覚ますことだな。」
 沢村は、ため息まじりに声をかけた。
「FOSは、お宅が美化して考えているような組織じゃないぞ」
 その沢村のセリフを聞いて、田崎の目つきが変わった。

「だまれ──」
 ぐりっ、と目が吊り上がり、狂人のような目つきになっていた。「だまれ、だまれ、だまれ、だまれえっ」
 興奮のあまり、声を裏返らせながらわめく。
「FOSはエリートの集団だ。人種を超え、国を超え、真の意味で全人類の中から能力のある者を選び出し組織された革命的な集まりだ! そこらにいる低能どもとは訳が違う、組織に属しているというだけでもう、他の人間とは質が違う! 価値が違うのだ! 我々は人類の理想の黄金時代(Sturnian age)を築く者たち──いわば救世主だぞ。S計画とはそのための計画だ。恐れよ、敬え、讃えるのだ! 馬鹿にすることはゆるさあああんっ!」

 完全なヒステリー状態であった。目を血走らせ、つばを飛ばしながら大声を上げ続ける。
 いい年をしたおっさんの、あまりにも見苦しいその姿に、聞いている者たちは不快そうに眉をしかめた。放っておけば、いつまでも聞き苦しい演説を続けていたことだろう。
 じだんだを踏み始めた田崎から、弥生は目をそらせた。
 ふと、一郎と目が合う。

「・・・・・・」

 無言で弥生は髪をぽりぽりと掻いた。
 死んだはずの彼が、田崎のヒステリックな大騒ぎに対して不愉快そうに鼻にしわを寄せて、こちらを見ているのだ。

「い・・・い・・・」
 とっさに弥生は声がでてこない。
その代わり、涙がぽろぽろこぼれ落ちた。

「一郎おっ!」
「何だとっ?」
 そちらを向いて、全員の目が見開かれた。心臓の止まったはずの一郎が、怒りに燃える目を輝かせてこちらをにらんでいるのだ。

「──ばかな」
 撃たれた肩の痛みも忘れて、兵藤がうめく。
 一番驚いているのは彼だろう。一郎の死を、間違いなく彼は確認したのだから。
 だが、現実に今一郎は牙をむいている。

「死んだはずだ、貴様、一体・・・?」
 常に仮面をつけたように無表情な兵藤が、初めてあからさまに戸惑っている。

 ぺっ。

 口内の血を吐き捨てて、一郎は強烈な笑みを浮かべた。
「へっ、死んでる場合じゃねえぜ、オレは負けられねえんだ。くそ親父と約束したからな」

「一郎おっ」
 学生三人が声を揃える。
「よかった──」
「やっぱりあんたは不死身ね──」
 その本当にうれしそうな様子を見て、省吾と沢村は顔を見合わせて微笑む。

 そして、沢村はこほん、と咳払いを一つした。
「さあお前ら、心配していた一郎君は生き返ったんだ。これで全員揃ったな、そろそろ引き上げるぞ」
 まるで、何事もなかったかのようにあっさりと沢村は言った。
 今度は誰も反対する者はいない。
「OK.OK.」
「いや~、一郎が死んだ時にはどうなるかと思ったでござる」
「でも結局最後は正義が勝つのよねえ、さ、長居は無用。和美ちゃんも一緒に──」
 振り返った弥生の顔が引きつった。
「てめえ──」
 一郎が低くつぶやく。

 その視線の先に、和美の背後から銃を押しつけている、ダニ-の姿があった。緊張のため、その顔から血の気が失せている。

「小僧ども──」
 つぶやく唇が、小さく震えていた。
「貴様ら、今、目の前で起こったことがどれだけ恐ろしい事か判っているのか?」
 額に、ふつふつと汗を浮かべながらダニ-は言った。

 その言葉に、改めて学生たちは、今起こった奇跡について考えを巡らせた。
“完全に死んだ人間が、目の前で生き返ってきた”
 親友が無事な姿を見て、うれしさのあまり思考力がぶっ飛んでしまっていたが、確かに妙な話だ。
 なぜ、一郎はよみがえる事ができたのか?

 和美の髪が青くなり、次いで自分たちの髪も同じように輝いて、まるで和美が超能力を使う時と同じようになって、それから───
 学生たちの身体の中を、凄いエネルギ-が駆け抜けていった。
 それが、原因なのか?

 はっとして、彼らは沢村を見る。
 沢村は片方の眉を上げて、答えた。
「これが、和美ちゃんがティンカ-ベルと呼ばれる理由だ・・・と、悪いが、これ以上の事はオレの口から言う訳にはいかないんでな、今はこんなところで勘弁してくれ」
 噛みつきそうな一郎の視線に気づいて、沢村は片目を閉じた。

──────絶対秘密主義。

 また、一郎たちははぐらかされてしまった事になる。
 これほど事件に深く関わり、それこそ死ぬような目に遇っていながら、肝心な部分の説明はなされていないのだ。
 つまはじきにされている。
 今、はっきりと一郎の中に怒りが湧いた。

「・・・頭にきたぜ」
 口に出してつぶやく。

 脳裏に色々なことが浮かび、消えていく。

 乱十郎のこと。
 一郎と和美は、幼い頃に精神操作を受けた。

──────そんな事は望んだ訳ではない。

 FOSのこと。
 世界統一、人類を救うことという理想を唱えながら、その実トップに立つ連中の利己主義が見え隠れする奴ら。

 世界のこと。
 自分に都合のいいことだけを追求し続けて、自滅に向かう連中。

 自分のこと。
 強くなりたいと、口にしているだけで結果が伴わない情けなさ。

エトセトラ、エトセトラ─────
 押さえようもない腹立たしさが、こんこんと湧き上がってくる。

「頭にきたぜ」
 もう一度、一郎はつぶやいた。
 と同時に、上半身の筋肉が膨れ上がり、両手をつなぎ止めていた鋼鉄の鎖を一気に引きちぎっていた。
 ざわっ、と音をたてて髪が逆立っている。
「てめえら、何様のつもりだよ」
 牙をむいて、うなるように一郎は言った。
 それはダニ-らFOSの連中だけに言ってるのではない、沢村に対してのセリフでもあった。

「自分らだけは何でも知ってるみてえな態度をしやがって──すかした顔で人をバカにするのもいい加減にしろっ! 確かにオレらは何にも知らねえさ。だがな、“ガキだから”って理由だけで、ないがしろにされたんじゃ頭にくるんだよ。オレらだって考える頭がある、自分のやった事に対して責任も取れる。一人の人間だ。大人共の都合だけで、右へ左へ振り回されてたまるかよっ!」
 ぎん、と田崎をにらむ。
「そこのてめえ、黙って聞いてりゃ勝手なことばかりわめきたてやがって、世界が汚れているだと? 『こんな』にしたのはてめえらだろうが、さんざん好き勝手に生きてきた大人どもには文句を言わせねえぞ! これからの世の中の主役はオレたちだ、世界を変えていくのもオレたちガキの仕事だ。いつまでもてめえら中心に世の中動くと思ったら大間違いだ!」
 びりびりと、空気を震わせて一郎は叫んだ。いいようのない苛立ちが、言葉として一気にほとばしったようだった。
 彼の視線は、あくまでもまっすぐだ。

 それを見て、申し訳なさそうに沢村が苦笑する。
 気づいた一郎がじろり、とにらみつけた。

「何がおかしい?」
「いや、失礼した・・・悪気はない」
 それより、と沢村は視線をダニ-へ戻した。

 和美の背に銃を押しつけたまま、ダニ-は立ち尽くしている。
「ダニ-、もう終わりにしようぜ。その娘をおとなしく渡してくれないか?」
 まだ正気に戻らない和美の向こうで、無言でにらんでいるダニ-を見て、沢村は軽く肩をすくめる。

「いや、とは言わせないぜ。これを見な」
 そう言って、胸ポケットからライタ-ほどの大きさの、リモコンスイッチを取り出した。
「これは、このビルを吹っ飛ばすほどの爆薬のリモコンだ。スイッチを押すと、二分後にドカンとくる」

「ば、ばかな」
沢村のセリフに、狼狽した声をあげたのは田崎だった。
「逃げ遅れたら、お前らだって死ぬぞ」
沢村は平然と答えた。

「逃げ遅れないさ、そのために省吾がいるんだからな」
にやりと笑うと、田崎の顔に流れる汗の量が増す。
「まったくテレポートは便利だよな」
ちらっ、と沢村が省吾に目配せすると、その瞬間ダニーの目が吊り上がった。

「ばかめ、そちらがテレポートなら、わしの能力は催眠暗示じゃ!どんな奴でも、操り人形にしてやるわ、ティンク!」
短く叫んだ彼の目はギラギラ赤光を帯びて、魔物のような顔つきになっていた。
「沢村を叩き潰してしまえ!」
しわがれた声でダニーが命じると、いつの間に暗示にかけられたものか、和美はその通りに念力を振るった。

「ちいっ」
だが、沢村の反応は素晴らしかった。吹っ飛ばされながらも、空中で銃を二連射していた。和美の陰になっていたダニーを狙う。
しかし、いずれも和美の念力により、はじかれてしまった。
「ぐっ」
その流れ弾が田崎に当たったらしく、腹を押さえて倒れ込む。
 それを空中で確認した沢村は、くるりと一回転すると、両足を壁について激突のショックを吸収した。
とん、と軽く床に降り立つが、またもや和美の念力がその身体を壁に押し付ける。
「くっ」
「よし、そのまま押し潰すのじゃ」
ダニーの声に、和美が念力をパワーアップさせ、沢村が苦悶の声をあげた。

「マスター!」
学生たちが、思わず叫ぶ。
一瞬、彼らは和美が戦車をスクラップにした破壊力を思い出していた。人間など、豆腐のようにあっさりと潰されてしまうだろう。
ぞっとしたその時、
不意に沢村の姿が消え去った!

「むう」
省吾がテレポートで連れ去った事に、すぐには気づかない。
少し遅れて、離れた場所にふたりの姿が現れた。
和美が、ゆっくりとそちらを向く。

と、その瞳にかすかな光が灯った事に、沢村と省吾は気づいた。
ふたりの背後には、一郎が立っていた──────。

「どいてろふたりとも、弥生たちも手を出すなよ」
沢村と省吾を横へどかせて、一郎は前へ進み出た。

兄と妹が、改めて向かい合う。

「和美・・・訳わかんねえ話だけどよ、どうやらオレたちは兄妹らしいぜ」
ため息まじりで一郎はぽつり、と話かける。
だが和美の目は虚ろなまま、その声が届いているのか判らない。

「色々寂しい思いをしたり、辛い目にあってきたんだろう、お前」
構わずに、一郎は言葉を続ける。

はたから見れば、その姿はスキだらけであるため、兵藤が襲いかかるタイミングを図っているのだが、弥生、陽平、明郎らがしっかりにらみを利かせているため、それができないようだった。
ダニーにしても、これ以上おかしな真似ができないよう、沢村と省吾が神経をとがらせている。
ふたりの会話の邪魔をするものはいなかった。
ふ、と一郎が柔らかい表情に戻る。

「もう、大丈夫だぞ」
そして、すぐに笑みを浮かべた。血だらけ、アザだらけのすごい顔だが、見るものを安心させるたくましい笑顔だった。
「今度こそ約束する。オレがお前を守ってやる、どんな奴でももう二度と負けねえ!」

ふつふつと、身体の奥底からあふれてくる「もの」を言葉に乗せて、語っているようだった。
一郎の全身から、熱気のようなエネルギーを感じる。
それは物理的な圧力を伴った迫力として、見る者に迫って来た。 一郎はこの瞬間、何かが変わったのだ。
その「何か」を具体的に説明することは、彼自身にも難しい曖昧なものだ。しかし、確かに何か彼の内部で変化したものがある。

『一皮むける』

そういう言葉があるが、正に今の状態がそれであろう。人生の中で何度も無いことだが、それが一郎にとって今だったという事だろう。
ついさっきまでとは別人の一郎が、そこに立っていた。
その一郎の気迫に押されたか、和美の目にとまどいが浮かぶ。
目の前に立つ兄の強烈なオーラに、妹としての潜在意識が恐怖しているのかもしれない。
 あるいは、ダニーの暗示が解けかかっているのか。
その気配を感じて、ダニーが苛立った。

「ええいティンク、何をしとるかっ! その死に損ないをもう一度殺してやれい!」
その命令に、びくん、と身をすくませて和美はうなずいた。
そして掌を一郎へ向けてかざし、そこから念力の放射を行った。

「おお!」
次の瞬間、その場の全員が目をむいた。後方へ吹っ飛んだのは、和美の方だったのだ。 一郎は、平然とそこへ立っている。

「何と!そんなばかな・・・ティンクよ、もう一度じゃっ」
ふらりと立ち上がった和美は、腰を落とし、思念を集中する。
だが、

今度も一郎は微動だにしなかった。
和美の能力が不発な訳ではない。その証拠に、一郎の背後の壁には巨大な亀裂が走っているではないか。
一郎の周りに、見えないバリアが張られているかのごとく、サイコキネシスのパワーがよけていくのだ。
そして、それは和美自身にはね返っていく。
またも吹っ飛んだのは、和美の身体であった。

ダニーは唖然とした。
「ばかな、たとえ百パーセントではないにしても、ティンカーベルのESPをはね返すとは・・・信じられん! もし貴様がエスパーだったとしても、彼女以上の力を持っているはずが無い!」
「そんな事オレの知ったことかっ!」
一郎は鋭く言い、和美をにらみつけた。

「おい和美、いい加減にしねえか! いつまでもこんなヤロウの操り人形になってるんじゃねえよ」
うつろな和美の目が、一郎の瞳に焦点を合わせるのを見て、ダニーの顔が歪んだ。

「暗示を解くつもりか? できん、それだけはできん! こと催眠能力で、わし以上の力を持つ者はおらんっ!」
ダニーは繰り返し叫んだ。しかし、その目が絶望に沈んでいく。 一郎と見つめ合う和美の瞳には、段々と意志の光が輝きだしたのだ。それとともに、唇も動き出す。

「そうだ目を覚ませ、お前はティンカーベルなんて名前じゃねえ、相沢和美だ。オレの妹だ!」
「お・・・」
ぽつり、と和美の唇が動く。
「──お兄ちゃん?」
はっきりと、言葉を紡ぎ出す。
ぱちり、と大きくまばたきをして、和美のつぶらな瞳にきらりとした輝きがよみがえった。
それを見たダニーは、はっきりと自分の暗示が打ち破られたことを知った。苦痛を受けたように、その黒い顔が歪む。

「おのれっ」
短く吐き捨てると、手にした銃を一郎にポイントした。

「一郎っ、あぶない!」
弥生たちが悲鳴をあげる。
しかし、ダニーは引き金を引かなかった。一瞬、その身体が硬直したのである。

「貴様は! そうか、このガキの能力は──」
そのスキを、沢村は見逃さなかった。一撃必中の銃弾を胸に受けて、ダニーは床に沈んだ。
驚愕に見開かれた目は一郎を、いや、その背後の空間を見つめてダニーは口をぱくぱくさせた。

「何よ? あれ──」
それに弥生が気づいたが、すぐにその視線は和美へ向いた。

「みなさん!」
はっきりとした口調で、和美は言った。
そのつぶらな瞳には生気が満ち、ぎくしゃくした非人間的なぎこちなさは跡形もない。

「やったあ!」
弥生が思わず万歳した。
「さすが一郎でござるな」
「最後には決めてくれたよ!」
陽平、明郎は「いやっほう」と叫び、飛び上がって喜んだ。

省吾と沢村も、思わず顔がほころんでいる。

和美は、一郎の胸に飛び込んだ。目には、涙があふれている。
一郎も、彼女の小柄な身体をしっかりと受け止めた。
ふたりとも、何を言ったらいいのか判らない。
ただ、妹は兄の胸で泣いていた。
「お兄ちゃん──」
何かを言おうとした和美に、一郎は人差し指を唇に当ててウインクした。
「何も言うな」
そう言った一郎の肩ごしに、何かぼんやりしたものが現れる。

「何だ、ありゃあ?」
「さあ──」
そのぼんやりしたものは、次第に形をはっきりさせていった。
それを見て、床に横たわるダニーがうめき声をあげる。

「やはり貴様かアンナ、なるほど、貴様が手を貸したのならば・・・」
それきり、ダニーは動かなくなった。

ある程度明確な形をとったそれは、女性の姿をしていた。

光のかたまりのようなその姿は、天の御使いを思わせた。
 長い髪、ほっそりとした身体つき・・・限りなく優しい微笑を浮かべた彼女は、アンナ・クローゼ、一郎と和美の母親であった。

「お母さん──」
「おふくろ?」
和美と一郎は、同時につぶやいた。

やさしい笑みを浮かべた母は、ふたりの頭をそっと抱く。
その、おぼろげな幻のような姿でありながら、母は温かかった。目をつむる二人の耳元で、彼女は何かをささやいた。
そしてそれぞれの頬にキスをすると、すうっ、とその姿が消えていった──。

ほんの少しの母子の時間────。

まるで夢を見ていたようだ。

しばらく、一郎と和美はその余韻を味わっていた。が、すっくと一郎が立ち上がり、弥生たちの方へ向いた。

「あの人が、一郎のお母さんなの?」
「美人、だろう?」
誇らしげに、一郎は言った。彼自身も、今ようやくはっきりと母親の顔を思い出したのだが、それについては何も言うまい。

「何か言ってたみたいでござるが?」
「ああ、『よくがんばったな』だとさ、いつでもオレたちのことを見守ってくれてるらしい」
和美と顔を見合わせ、こく、とうなずいて見せる。

気恥ずかしいような温かさが、一郎の内部に残っている。精神操作で忘れさせられていた母の顔が、自由に思い描けるようになったためだろうか?何かくすぐったい感覚である。
「な~に、ニヤけてるのよォ、一郎?」
素早く、弥生がからかう。

「何だ一郎、お前さんマザコンだったのかい」
「シスコンにマザコン──いやはやネクラな男でござるなあ」
悪友どもが次々に悪態をつくので、一郎は真っ赤になった。

「てめえらあっ、覚えてろよ!」
その様子が妙におかしくて、笑いを誘った。
しかしその笑顔は、すぐにひきつった表情に変わってしまった。

「きゃっ!」
という和美の悲鳴に、全員の視線が集中する。
そこには、腹から血を流しながらも、和美の首を後ろから締めている田崎がいた。

「まだまだ、勝ち誇るのは早すぎるぞ──」
 口の端から、血を流してうめく。

「てめえ、いい加減にしろよ!」
 一郎は怒号した。
「おっと近づくな、これを見ろ」

 沢村が、はっとしてポケットを探る。

────ない。

 先程、沢村がダニ-に対して脅しに使った爆弾のリモコンが、田崎の手に握られていた。
 和美に吹っ飛ばされた時、落としていたらしい。
「二分後にドカン、だったな? ティンカ-ベルの捕獲失敗。たかが五・六人の攻撃で支部は壊滅状態。本部直属のエスパ-であるダニ-も死亡──。もはや本部から処分されるのは明白だ、だが、ただでは死なんぞ! 貴様らも道連れにしてやるっ」
 狂気の色をはらんだ瞳を、ぎらぎらと光らせながら、スイッチを押した。

「ひえっ」
「押したあっ!」
 陽平と明郎が抱き合う。

 爆発まで、あと二分!

「省吾っ」
 沢村が、素早く相棒を呼ぶ。
 テレポ-テ-ションで和美を引っこ抜いて、一気にトンズラだ。 だが、その瞬間、その場の全員が異様な耳鳴りを感じた。
 ESPジャマ-だ!

「うあああっ」
 頭を押さえて、省吾はしゅがみ込んでしまった。
 和美も同じく苦しんでいるため、念力でどうにかする訳にもいかないようだ。
 田崎は咳き込み、唇の端から血の泡を飛ばしながら笑った。

「はははあ、笑い猫のテレポ-トもこれで無理だろう? ここは地下三階だ、お前らの逃げ場は無くなった訳だ」
「くそっ」
 舌打ちして、一郎は部屋の中を見回した。
 あった。天井にカモフラ-ジュされた機械。

「お前ら、省吾にへばりつけっ!」
 叫んで、一郎は天井に設置されたジャマ-に向かって跳躍した。 だがその時、横からもう一つの影が跳んでいた。
「うおっ?」
 その影は、空中にいる一郎に体当たりを食らわせた。バランスを崩して、一郎が床に落っこちる。
「兵藤オッ」
「終わりだ、念仏を唱えるがいい」
 冷たく、彼は言い捨てた。

 あと三十秒!

「一郎君! 一瞬でいい、そいつの動きを止めろっ」
 鋭く沢村が叫ぶと、
「くおおおっ」
 吼えて、一郎は兵藤に向かって真っ正面からぶつかっていった。パンチでもキックでもない、全ての小細工を排した猛烈な頭突きであった。
 一郎の、全身のあらゆるパワ-を爆発させた特攻に、兵藤の長身が枯れ枝のようにはね飛ばされた。
 その間に、沢村は天井のジャマーに向けて、何と左腕を『発射』した!

「ひょおおお」
 沢村のロケットパンチにより、ジャマ-はひしゃげ、壊れた。
 同時に、ふっ、と意識を取り戻した省吾が立ち上がる。

 あと二十秒!

「よし、皆さんオレの身体につかまって・・・相沢、早くっ!」
 一郎は、兵藤を吹き飛ばした勢いのまま、一気に田崎に殴りかかった。
「離せ、この野郎ォッ」
 一郎の拳に顔面を潰されて、田崎は向こうの壁まで吹っ飛んだ。

 あと、十秒!

「一郎っ、早く!」
 誰かが叫んだ。
 失神してしまった和美を抱き上げ、皆の方へ戻りかけた一郎の身体がつんのめる。

「!」
 一郎の足首を、兵藤が万力のような力で握りしめていた。

 あと五秒!

「こいつを頼むっ!」
 一郎は、和美の身体を省吾に向かって放り投げた。

 あと三秒!

「時間がねえ、オレに構うな省吾、皆を助けてくれっ!」
「一郎!」
「一郎!」
「一郎ぉ!」
「行けえっ!」

 一秒っ!

 省吾は、皆をまとわりつかせたまま、テレポ-トした。
そして────、
 同時に、FOSのビルが大爆発を起こしていた!

    ☆         ☆         ☆

 数瞬後、省吾は最初と同じビルの屋上へテレポ-トアウトした。 全員の目が、崩壊するFOSのビルに釘付けになる。
「うわ・・・」
 雄大なコンクリ-トの城が、崩れ落ちていく。

「すごい──」
 地震のような揺れを感じながら、誰かがつぶやいた。
 高層ビルの姿が、跡形もなく崩れてしまった後、一同は声が出せなかった。

─────終わったのだ。

 ふっ、と和美が気づいた。
 二・三度まばたきをして、周りを見回す。

「ここは?」
 と言ってから、煙を上げるFOSのビルの残骸を見て、もう一度全員の顔を眺める。

弥生、明郎、陽平、省吾、沢村、なぜかフウ・ホウラン──。

「お兄ちゃんは?」
 半分答えを判っていながら、和美は聞いた。

 誰も答えない。

 つう、と一筋の光るものが、和美の頬を伝っていく。
 つい先程、再会の感動を分かち合った兄妹は、また離ればなれになってしまった。
吹きつける埃っぽい風の中で、静かに和美は涙をこぼした──。






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