桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#4



 中等部棟の廊下を聖エルダー学園、中等部の制服を着たハルカは、うきうきと歩いていた。
 プラチナブロンドの生糸のような長い髪が、彼女の体の動きに合わせてさらさらと揺れる。

 数分前、ハルカは手続きのために聖エルダー学園の理事長を訪れていた。
 天井の高い部屋の中で二人きり、ハルカは学園の理事長と大きなデスクを挟んで立っていた。

 ちらほらと白いものが混じった髪をオールバックにしたロマンスグレーの理事長は、上品に生やした口ひげを指でいじりながら、人懐こい笑みを浮かべてハルカに話しかける。
「そうですか。あなたが彼女の…」理事長はモノクルの奥の目を細める。「いやぁ、懐かしいな。彼女――君のお母さんとは、私が中等部のときに出会った。おっちょこちょいな人だったが。いつも明るい笑顔の可愛らしい女の子だった。まさしく天使のような、ね」
 ハルカはおずおずと理事長を見上げる。理事長はハルカを安心させように目をまばたいた。
「あ、あの。おじさんは――」
「ノン!」理事長は素早くハルカの言葉を制した。「私のことは『理事長』と呼びなさい。あるいは『おじ様』と。いいですね?」
「あ、あぃ」叱られてハルカは怯えてしまった。
「あー。すまないねぇ。どうも『おじさん』と呼ばれるのになれていないものだから」
 理事長は再び表情を崩し。ハルカをなだめた。
「あの、おじ様は、お母さんと知り合いなのぉ?」
「ええ、そうですよハルカさん。それもごく親しい間柄でした。今回はその彼女の頼みとあって、実に嬉しく思っているんですよ。人間の学校に通いたいとか?」
「は、はぃ。だめですかぁ? 私、どうしても人間の学校でお友達を作りたくてぇ」
「いえ、一向に構いませんよ。大歓迎です」
「ほ、本当!?」ハルカは顔を輝かせた。
「はい。本当です。そもそもダメならあなたは、ここにはいれませんよ。そうでしょ? 実は彼女、あなたのお母さんからかつて聞いた話ですが。人間と一緒に生活するため地上に降りてくる天使は、意外に多いそうですね。天使は人間の幸福のために働く種族です。だから人の身近にいる方が都合の良いこともあるのでしょう」
「そ、そうなのぉ?」
「ええ、そうらしいですよ。人間の世界に慣れるため、子供のときに人間の学校に来る天使も大勢いるらしいです。ただしそのことを知っている人間も、天使も、限られていますがね。何しろ、天使は想像上のものというのが人間界の常識ですから」
「私たちはずっと昔から、雲の上に住んでいたんだぉ?」
「わかっています。そして、あなたがここに存在しているんです。ようこそ、わが学園へ。歓迎いたします。愛らしく、小さな天使さん」
 理事長は大げさな仕草で、深々とハルカにお辞儀した。

 長い廊下をハルカの前を進む、スーツ姿の短い赤毛の若い女性の背中をハルカは見つめた。理事長との会見後、直ぐに紹介されたハルカの担任となる女性教師で名前をケイといった。どこか冷たい印象のある女性で、非常に端的な言葉使いをする人物だった。
「あ、あのぉ…。ケイ先生?」ハルカは恐る恐る声を掛けた。
「何…?」立ち止まり、感情のこもらない声を発しながらケイは、振り返った。
「え、えと」素早く反応をされてハルカは少し焦った。「あの、私のクラスってどんなところですか?」
「…見た方が。いいと思う」ケイはそういって再び歩き出した。 
「そ、そうですかぁ」仕方なくハルカは後に続いた。
 歩きながらケイは言った。
「はじめにいっておく、私は君の正体は知っているから…」
「!!」ハルカは飛び上がりそうになった。
「…理事長に聞かされたの。驚くことはないよ。で、理事長から伝言『正体がばれたら強制送還ですよ』だって…。私も気をつけるけど、君自身も気をつけなさい。自分の身は自分で守る、これが私のポリシー」ケイは立ち止まり、もう一度ハルカを振り返った。「わかったかな?」
「は、はいですぅ」ハルカは返事した。
 そして、ケイのことを、もしかして意外といい人なのかも、と思った。
「…ここよ」
 急に立ち止まったケイに、ハルカはぶつかりそうになる。
「ここ…?」ハルカは上を見上げた。
 クラスを示すプレートには、2-Gの文字があった。
「さあ、どうぞ…」ケイはハルカに引き扉を開けるように促した。
 ハルカはこくんと頷き、言われるがまま、おずおず扉の取っ手に手を掛けた。

 そして、開いたとたん。

 ぱん、ぱん、ぱーん!!

「みゅう!!」
 突然の炸裂音と、紙ふぶきにハルカはビックリして。目をパチクリさせた。

『ようこそ、2-Gへ!!』

 新たな仲間となるクラスメートの言葉にハルカは、直ぐにその顔をほころばせた。


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