桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#12



 マヒロは息を弾ませながら目的地への公園へやってきた。
 頭の中は、廊下の角のところでミオとぶつかった時のことでいっぱいだった。

(うわぁ、まさかあそこでクラスメートとぶつかるなんてー。どうしよぉー、ばれたかなぁ?)
 マヒロは身震いをし、せっかく化粧をした顔をこわばらせる。
(だけど、ぶつかったのがミオさんだったのは良かったかも…。これがリーダーや魔女だったら…)
 マヒロはもう一度身震いする。どちらに転んでも最悪の事態しか思いつかない。
(そ、そうだ。そう思えば、ミオさんで良かったのよ。ハハハ…)

「あー、ヒロちゃーん!」
 明るい声に振り向くと、そこには同じコスプレ仲間の少女がいた。
 少女は「チル」と呼ばれていた。しかし、それは本名ではなくおそらくニックネームである。たぶん年上だと思うが、正確な年齢もマヒロは知らない。だが、それが彼女たちの世界では当たり前のことだった。
 コスプレ仲間同士はあまり本名で呼び合うことはない。マヒロも「ヒロ」という名前で活動している。自分ではない誰かに成りきるためということで、特別、本名を名乗りあう必要はなく。年齢、住んでいる場所、職業なんてものも気にする必要がないのだ。もっとも、制服を着ている時点でマヒロが聖エルダー学園の生徒であることはわかってしまうのだが…。

 ――なんて自由な世界だろう。

 マヒロがコスプレに、はまった理由の一つがこれだった。
 化粧をし、衣装をまとうだけで、すべてが自由になる。
 幼いころから演劇に見せられてきたマヒロには、これ以上はない理想的な世界だ。

「今日は遠いところで悪かったねぇ?」チルが言う。
 そういえば、今回この場所を集合場所に指定したのは彼女だった。
「いえいえ、コスプレするためなら火の中水の中ですよぉ♪」マヒロは明るく答える。
 すでに先ほどの失敗から頭を切り替えた。
「ふふふ、そっかぁ。良い返事だね。じゃ、もうみんな集まっているよ。行こうか?」
「はい!」
 チルに続いて、マヒロは公園の中へ進む。
 中に入るに連れて、わいわいと若い女の子たちの談笑する声が聞こえてくる。
「――時に今日は、全員メイド服を着ることになっているけど。ちゃんと持ってきた?」
「はい、ここにあります」マヒロは紙袋をひょいと持ち上げた。
 チルを年上と意識してか、つい敬語で答えるマヒロ。
「ヒロちゃんの作ってくる衣装には、みんな特に注目してるからねぇ。ね、今日はどんなの持ってきたか見せてよ?」
「今、ここで、ですか?」
「今、ここで、です」チルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「はーい。どうぞー」
 そういわれて断る理由はない、微笑みながらマヒロは、チルにも見えるように紙袋の口を広げた。

「――あれ?」
「おやぁ?」
 袋の中身を凝視して、二人は目を丸くした。
「こ、これって…!」
 マヒロは慌てた様子で紙袋を逆さまにして、芝生の上に中のものをぶちまけた。
 チルが恐れ多いという様子で、芝生の上に落ちたものを持ち上げて広げた。
「これはどう見ても…。メイド服じゃないねぇ…」チルは苦笑する。
「は、はい…。どうしてこんなものが…?」
 マヒロはわけがわからず、ただチルが腕いっぱいに広げるその衣装をぼんやり眺めた。

 真っ黒な、シスター服を…。


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