桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#26



「…まさか。本当に斬った…?」
 マヒロは真っ青な顔をして、薙刀を構えたシオンと床に倒れたミオを交互に見比べた。
 暗いせいで血が流れているかどうかまでは見えなかったが、あれっきりピクリとも動かなくなったミオを見て、マヒロは身震いした。
「ひ、人殺し…」
 それを聞いたシオンは直ぐにマヒロを睨んだ
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでくれます? なぞのシスターさん?」
「え、だって…。斬ったじゃない」
 マヒロは震える指先で、シオンの薙刀を指差した。
「斬ったけど。ミオを斬ったんじゃないわよ。ほら、服もあまり破れていないし。息だってあるわよ…」
 シオンがあごで指示すると、ハルカは頷いてミオの容態を診た。

 よく診ようとハルカが近づけたランプの明かりが少し眩しかったのか。苦悶の表情を浮かべるミオは、微かにうめき声を上げた。
「だ、大丈夫みたい…」
 ハルカはほっとした顔をして、シオンとマヒロのほうを見た。

「で、でもなんで…?」
「私の『秘技・破魔の太刀』は、人を斬るのではなく。邪な気を断つ技よ。今回はミオを操る糸を斬らせてもらったのよ」
「へ、へぇ…」
 またも自分の常識を覆された気分のマヒロは、とりあえず作り笑顔で頷きごまかした。

 どこからともなく黒い羽の突風が起こり、その中から堕天使カオスが現れた。
「ふむ…。少女にしては有り余る怪力が、なかなか使えると思い。貴重な魔力を注いで我が人形にしたのだが。こうも簡単に糸を断たれるとはな…。やはり人間とはあなどれぬ存在よ…」
 シオンは薙刀を構えて、カオスを睨みつけた。
「出たわね。よくもミオを…!」
「ふふふ…」カオスは肩で笑いながら言う。「怒った顔が凛々しいな、黒髪の少女よ…」
「あら、何よ。怒っていなくても、私は凛々しくて、美しいパーフェクトレディよ!」シオンは断言した。
 その一言に、唖然とするマヒロ。
(なんとまぁ、余裕のあることで…。器の大きさというか、物怖じしない性格というか。そういうところはさすがGクラスのリーダーだわ…)
「ふむ…」さすがのカオスもシオンのいきまく様子に面を食らったような顔をする。「先ほどのメガネの少女と良い、近頃の少女は皆、威勢は良いな…」
「それは、どうも、ありがとう、ございます」シオンは一言ずつ、硬いものを噛むような顔をしてそういった。
「で、少女よ。そなたはどうやって私に勝つつもりかな? 無理をしているのは分かるぞ。人形に殴られた傷が痛むのではないかね…? 初めから先ほどの技を使えば良かったものを。相手を気遣い、武器を使わずに勝とうと思ったことが災いしたな…」
 余裕の笑みすら浮かべるカオスに、シオンは冷や汗をかく。

 カオスの指摘は事実だった。
 ミオに殴られた時の傷は、骨こそ折れてはいないが。立ち上がるのがやっとなほど重度のものだった。
(ミオめ…。操られていたとは言え、あとで恨むわよ…)
 しかし、そのミオを倒したのは自分であり。なぞのシスターともう一人に戦闘の面で期待が出来ない以上。今、ここで意地を見せなければ…。
 シオンは意を決して、無謀と承知でカオスに挑んだ。

 ――それから、何が起きたのかはよく覚えていないが。シオンは気が付けば床に倒れていた。

(つ、強い…)シオンは悔しさのあまり泣きそうになった。
 何よりも、一太刀も浴びせることなく倒されたことは彼女のプライドに大きな傷を付けた。

「さて、終わりか…。思ったよりも手間取ったが…」
 カオスはシオンを一瞥した後、ハルカの方を見た。
 その隣のマヒロには関心がまったくない様子だった。
「…」
 ハルカは背中越しに、マヒロにやっとの思いで見つけた「異界大全」を手渡そうとする。
 カオスの視線に注意しながら、それをしっかりと受け取ったマヒロはシスター服の中にそれを隠した。元々が自分よりも体の大きなミオの服であるから。分厚くても一冊くらいの本を隠す余裕は楽にある。
 そして、ハルカは今度、人差し指で「上」を指し示した。
 それが「上に向かえ」という意味だとマヒロが気づくのには、それほど時間は掛からなかった。

「さぁ、私にその清らかな気を秘めた魂を渡すのだ…少女よ」
 カオスはハルカの胸にゆっくりと手を伸ばした――。

 そして、それを合図にするようにハルカは叫んだ。
「シスターさん! 今です!」
 マヒロは頷き、本を隠し持ったままカオスの脇を抜けて、一気にここまで降りてきた階段を駆け上がった。
「――む!」
 カオスは、それまで完全にノーマークだったマヒロが走り去ったのを黙って見送った。
「…思いのほか、足が速いな。だが、まぁ良い。今はお前の魂さえいただくことが先決――」
 と、なぜだが、ハルカは恐怖に顔を引きつらせることなく。意味ありげな笑みをカオスに向けた。
「…どうした? なぜ、そのような余裕に満ちた笑みを浮かべる?」
「ふふっ、せっかくだけど。あなたの思い通りには行かないよぉ」
「なに…?」
 カオスは意外そうな顔をする。
 そして、ようやく自分の失態に気が付き、心のそこから驚いた顔をするのだった。
「ま、まさか…!」

 ハルカは、カオスから目を逸らさないようにしながら、ゆっくりと胸のポケットからあるものを取り出した――。


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: