桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#33



「ミオ――!」
 シオンの悲痛な叫びが広場にこだまする。

 全身に雷撃を受け地面にうつぶせに倒れたミオ――シオンの呼びかけに、ムクッと起き上がる。
「あ~。ビックリ! しびれたぁ~!」
「――は? え? な、なんで…? 無事なの?」シオンは少し呆れた顔をする。
 そんな彼女の疑問に答えたのは、カオスだった。
「…あの至近距離で、[雷]を使っては、私も巻き込まれかねなかったのでな。少し威力を弱めたのだが…。正直、これで起きれるとは驚きだな…」
 カオスもいい加減ミオの丈夫さに呆れた様子だった。
「なんの!」とミオは立ち上がる。「まだまだ、倒れるわけにはいかないよ!」
「えぇ、私だって…!」シオンも薙刀を構えた。
「フッ…。よかろう、来たまえ…!」

 再び、戦闘を再開する三人――。

 その様子を、噴水の前で見ていたハルカは、涙ぐんだ目を拭って安堵の息を漏らした。
「よかったぁ。ミオお姉ちゃん、生きているみたいだぉ…」
「生きてって…」マヒロは困惑した表情を見せる。
 今日まで一応、一般的な女子中学生の生活を送ってきたマヒロには、人の生死の話など現実の話には思えなかったのだ。
「エレンさん! 魔法陣はまだ!?」カナエはエレンを急かす。
「…もう少しよ…」
 エレンは「異界大全」と書かれた分厚い本を片手に、チョークで石畳の上に複雑な紋様を描き続けていた。

 健闘を続けるシオンとミオと、まだ余裕の笑みを浮かべながら二人の攻撃をさばくカオス。
 このまま続ければ、勝敗の行方は目に見えたものだった。

「あぅ~。私に何かできることはないのかなぁ?」ハルカがもどかしそうにいう。
「ないない!」マヒロは手を横に高速に振って答える。「隠れるか、あるいは逃げるか…」
「ちょっとシスターさん! 何を言ってるんですか!」
 カナエに窘められて、マヒロは自分の失言に気づき口元を手で覆った。
「え、あ、いや…。つい本音――じゃなく、えぇと、一生懸命やっている二人の邪魔をしないようにですね…」
「でもぉ、二人とも、もう限界だぉ~助けに行こうよぉ!」ハルカは手をブンブンと振り回しながらいった。
「そうだねぇ…」
 とは頷くものの、カナエには良い案が思いつかなかった。ハルカと思いは同じであったが、二人の足手まといになってはいけないというマヒロの意見は至極当然と思われるものだった。
「私に出来ること何かないかなぁ――」ハルカは悔しそうに呟いた。

〈――歌を唄ったら? ハルカ…?〉

 ハルカの頭の中でエレンの声が響いた。
 ハルカは「え?」という顔をしてエレンの方を見た。
 一瞬、目が合ったエレンは、ハルカにだけ分かるよう片目を閉じた。

〈…思いのこもった天使の歌声には、魔力がこもると聞いたことがあるわ。シオンさんとエレンさんの二人を勇気付けるような歌を唄えば、形勢が持ち直すかもしれないわよ…?〉

(…そ、そうかぁ)
 ハルカはエレンに頷き、深く息を吸い込み――、

 そして、空気のように透き通った声をゆっくりと出していく…。


  一人では 分かり合えぬ思い
  みんながいるから 分かり合える思い

  かけがえのない大切な人たち
  大切なみんなに この思いを託して唄う

  届けこの思い この願い
  声に乗せて 風に乗って


 歌詞やリズムなど全て即興のものだった。
 だが、その透明度の高いハルカの声と歌は、殺気だった広場の空気をゆっくりと、穏やかなものに変えていった…。

「――ん? あら…少し体が軽くなったような…?」
「う、うん…。綺麗な声…、ハルカちゃん?」
 シオンとミオは、その場に立ち止まり自然と目を閉じてハルカの声に耳を澄まし始めた…。

 一方、カオスは歌声が耳に届いた瞬間から、体に寒気のようなものを感じ始めていた。
「――これは、[天使の歌声](エンジェル・ソング)…! なぜ、位の高い天使にしか出せぬ『声』をあの娘が…! くぅ…、この体の内側から溢れるような悲愴感は――…ぁあ!」
 体の震えを感じ始めたカオスは、ついに両膝を突いて苦しみだした。  

「すごい! ハルカちゃん! 何か分からないけど。あいつ苦しみ始めたよぉ~!」
 カナエは驚きと喜びとが入り混じった顔をした。 


  心の中に住む いつも笑顔を見せてくれる天使
  邪悪なものをなど感じられないほど 輝いている

  もう大丈夫だよ さぁ光の翼に乗せて
  届けよう 天高く この声を 


「みゅ~。二人とも一緒に唄ってぇ」
 ハルカはカナエとマヒロに手を差し伸べて唄うように誘う。
 二人は、初めは恐る恐る――やがて自信に満ちた声で、ハルカと共に美しいハーモニーを作り出した。

 三人の声が、より美しく、響いたとき――。

 カオスの呻く声は、断末魔にも思えるほど絶頂に達した。
「くぅ…、おおぉぉ…!!」
 カオスは苦し紛れに、シオンやミオを振り切り、ハルカたち三人に突進を仕掛ける。

「あ――!」ミオがそれに気づいたときには、既にカオスは猛スピードで噴水の方へ向かうところだった。
「ミオ! さっきのもう一度できる?」シオンは早口で叫んだ。
「さ、さっきのって…? 『ミオ・シュート』? で、できかな…? なんか歌を聴いたら少し体が軽くなってきたから…。で、でも! 君のほうは体は大丈夫?」
「えぇ! 私もハルカさんの声を聞いたら気分が良くなってきたのよ。出来るなら、さっきのやつをお願い…!」
「OK!」
 シオンが軽やかに跳び上がり、ミオが素早く体をひねる――!

「ハルカちゃん! あいつこっちに来るよぉ!」カナエが叫ぶ。
「わぁ~。まずいまずい! 逃げないとぉ!」マヒロは悲鳴を上げた。
 だが、ハルカは逃げなかった。
 真っ直ぐに自分に向かってくるカオスを見据え、歌声を止めようとはしなかった。

「その歌をやめろぉぉ――!」
 カオスの手が怪しい紫色の光を放ち始める。

 バチバチバチィ…ッッ!!

 ハルカまでの距離、残りわずかというその時――!

「させないわ…!」
 ミオの蹴りに乗って加速してきたシオンが、カオスに追いつく!

「な…!? が、あぁ…!!」
 薙刀を振るわずに猛烈な勢いで体当たりをしてきたシオンに、カオスは一溜まりもなく地面に落ちた。手から発していた紫色の光も、その瞬間に消滅する。 
「…きゃぁ!」勢いあまって着地に失敗したシオンも悲鳴を上げる。

「…おのれぇい…!」
 シオンよりも立ち上がるカオス。
 そして、両手を掲げ、その両の手で支えきれぬほどの巨大な紫色の光を発生させた。
 それはまるで雷の球状の塊のようでもあった。 

 バチュゥン! バヂッバヂッバヂッ・・・ッッ!!!

「全て消し飛ばしてくれる…[紫の雷光弾]…!」

 ――が、カオスが掲げた紫の雷球は、彼がそう叫ぶと同時に急速に収縮し、掻き消えた。

「な、なんだと――!?」
 カオスはその時、ようやく気がついた。
 自分の立っている場所が――エレンがようやく描き切った魔法陣の中であることに!
 チョークで描かれた魔法陣は、金色のまばゆい光を放ち、周囲から伸びた無数の細い魔力の糸が、カオスの体をしっかりと押さえ込んだ。

「…さぁ、戦いの幕を降ろしましょうか…?」
 エレンは不敵な笑みを浮かべ呪文を唱え始めた…。
「――異なる存在よ、かつての場所へ還る時が来た――」
 カオスは真っ青な顔をする。
「ま、待て――! 私はあそこへは還らない! 私の還るべき場所は――!」
「――[異界送還]!」

「ぐぁ…! こ、こんなことでぇ…! 我が野望を――!」
 既に「糸」に身動きを封じられているカオスは、もがくことも許されず、魔法陣の中央に開いた「穴」へと吸い込まれるようにして――そして、消えた!

 その一部始終を見届けた六人の少女、誰からともなく掲げる掌をお互いに叩き合い、喜びを分かち合った!

 『やったぁぁ~~~~!!!!』

 そして、広場にはしばらくの間、彼女たちの笑い声が賑やかに響くのだった…。


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: