桜工房(だったところ)

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プロローグ



 朝。

 窓のカーテンの合間から漏れる光に目を眩しそうに細めながら・・・。
 彼――ダイスは、自宅の二階にある自室のベッドの上で目を覚ます・・・。

 陽光から目をかばうように腕で顔を覆うこと数秒――。
 耳を澄ますと、小鳥のさえずる声が聞こえた。
 あぁ、朝なのだなとダイスは思った・・・。
 また新しい一日の始まりである。

 顔だけを勉強机のほうに倒して、彼はカレンダーを見た。
 カレンダーには終わった日付のところに×印と、三週間後の土曜日のところに赤い丸で囲んであって、丸印の中には「スポーツ祭典」という書き込みがしてあった。

 一日一日が過ぎる度に、彼が憂鬱になっていく原因がそれである。

 スポーツ祭典――要するに聖エルダー学園で開かれる運動会のようなものだが。
 学年トップの勉強には自信のあるダイスだが、運動は苦手。
 また今年も、密かに思いを寄せている隣の家に住む従姉のアオイに無様な姿を見せることになるのかと思うとそれはもう、憂鬱以外の何ものでもなかった。

 ふと、窓の外から誰かの声が聞こえたような気がした。
 急いで彼は、カーテンを引き、窓を開け放ち、二階から下を見下ろした。
 見覚えのある、背が低く水色の短い髪の頭が、元気よく動いているのが見えた。

 それがダイスの従姉のアオイである。

 一見、愛らしい姿をした少女。
 同い年なのだが、一ヶ月早くアオイが生まれているために、ダイスは自分よりもずっと小さなその少女を「アオ姉(あおねぇ)」と呼んでいる。
「アオ姉ぇ!」ダイスは下のアオイに向かって声をかけた。

 声に直ぐに反応して、アオイは二階の窓から顔を覗かせているダイスに手を振った。
「ヤッホー! ダイス、今起きたのー?」可愛らしいグリーンの瞳をアオイは細めながら言った。
「うーん。アオ姉は今トレーニングの帰り?」
「そだよー」アオイは首にかけていたタオルで額の汗を拭った。
「毎日、良く続くねぇ」ダイスは心底感心したように言った。
「まねぇー。ダイスが勉強頑張るのと似たようなものだよー。キャハ!」アオイは無邪気な笑みを浮かべる。
「ちなみに今日は何回転んだの?」

 と、ダイスの言葉にアオイは笑う代わりに、頬をかきながら照れくさそうな顔をする。

「えーと、十二回・・・かなぁ・・・。キャ、キャハハハ・・・」
「十二回・・・」ダイスはどう答えて良いやら一瞬考え込んだ。「そ、そう。前、二十回も転んだ事もあったし、いくらかマシなような・・・」
「う、うん。そうだよねぇー? じゃ、私朝ごはん食べないとぉー。また後で一緒に登校しようねー?」
「わかった」ダイスはにこやかに返事した。

 アオイが自分の家に入ったのを見届けてから、ダイスは寝巻きから学園の制服へと着替え始めた。
 着替えながらアオイのことを考える。
 昨年開かれたスポーツ祭典の目玉競技の一つ、格闘技王選手権で見事、チャンピオンに輝いてしまったアオイは、なんと空手の達人。
 朝のジョギングのたびに十回は転んでしまうドジッ子なのに、まったく想像もできないような身体能力をここ一番で発揮する少女なのである。

 一方、自分はどうだろうか・・・と、ダイスは考える。
 この前の学力テストで、全教科満点を取ってしまうほど勉強には自信がある彼だが。先ほどから憂鬱に思うほど、スポーツは苦手中の苦手。
 まったくもって、アオイとは釣り合いが取れていない。
 こんな自分にどんなアプローチの方法があるというのだろうか・・・?

 心のうちに秘めたるパワフルな従姉に対する恋心は、やり場のないまま悶々とダイスの中で渦を巻く・・・。

(――でももし、スポーツ祭典で良い成績を出すことが出来れば・・・。その時は――!)

 今まで考えたこともない思いが彼の脳裏を過ぎった。

 果たして、彼の恋の行方はどうなるのであろうか・・・。

 希望と不安に満ちた三週間が、今始まる――。

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