桜工房(だったところ)

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#1


#1 ジョギング

 家へと戻ったアオイは、ジョギングの後の日課である朝風呂に入ってべとつく汗を流すことにした。
 湯船に顔の半分くらいまで沈めて、ぶくぶく・・・と、わざと水面に泡を立てたりしながら、大体数分間くらいはそうして湯船につかるというのが。アオイのお風呂に入るときのスタイルだ。
 それから、ぼんやりいろいろなことを考える。
 パッと直ぐに思いついたのは、今朝のジョギングの途中で立ち寄った公園でのこと――。

 *

 息を弾ませながらアオイは、やがて学園都市ヴァメルティが管理する西の公園へと辿り着く。
 彼女が着いたころには、既に何人かの人たち――主に大人や老人――だが、朝の体操であったり談笑をするなどして公園を利用していた。
 そんな人たちの元気な様子を見たり、顔見知りの人と声を掛け合ったりすることが、朝のジョギングをする時のアオイの楽しみでもあった。
 いつものようにアオイは、人々を眺めながら、足を休めることなく公園を二周しようとする。

 と、アオイは正面から見覚えのある少女がやってくるのを見た。
「あれ? あなたは・・・?」
 アオイに声を掛けられて、前からやってきた少女は少し驚いた顔をしてアオイを見返した。
「あぃ? あ~、あなたは確かぁ~」 
「Gのハルカちゃん、だったっけ?」
「Eクラスのアオイさんだぉ~!」 
 アオイとハルカの二人は、同時にお互いの名前を呼び合う。

 お互いに顔と名前は知っていたが、話をするのはこの日が初めてだったのである。

「こんなところで会うなんてすごい偶然だぉ~」子犬であれば尻尾をふりそうな様子でハルカは赤い瞳を輝かせながらいう。
「・・・え? いや、あの、私は早朝はジョギングしにここに来るからねー。それよりハルカちゃんは何でここに・・・? あなたは寮に住んでいるんじゃなかったっけ?」
 アオイが不思議そうな顔をして尋ねると、ハルカは困惑した様子で慌てふためく。
「え! えぇと・・・それは~」
「外泊許可は取った? ダメだよー、無断外泊は?」
「あぅあぅ、違うんですぉ~。実は私、週末にお家に帰っていたんですぉ。でもでも、帰りが遅くなっちゃて~」
「あぁー、そういうことか。納得♪」
「は、はい・・・納得してもらえたみたいで良かったですぉ」
 と答えながらハルカは、「お家はどこ?」とアオイに突っ込まれないか、内心ヒヤヒヤものだった。
 だが、幸いにしてというか、不幸にしてというか・・・。

 その時、ちょっとしたトラブルが発生した。

「ガウガウ!」 
「ワォーン!」
 と、大きな犬の鳴き声が聞こえたと思った二人は、そちらの方を見た。
 すると体の小さな二人くらい大きな犬が二頭。
 サングラスを掛け、ド派手な赤いシャツを着た強面の男につれられて二人の方へやってきた。

「あぅ! おっきな犬ですぉ~!」ハルカは思わず声を上げる。
 一方、アオイは男を見て表情を険しくする。
「あの人・・・!」
「ど、どうしたのぉ?」
「うん、怖い犬にわざと吠えさせて、人を驚かせては喜んでいる嫌な奴なのよー。前から文句言ってやろうと思っていたんだー。ちょっといってくる!」
「え? ちょ、ちょっとまつですぉ~!」
 言うなり素早く男の方へ駆けていったアオイを、ハルカは追いかける。

「ちょっとあなたー!」
 とアオイは、彼女が言った通り、飼い犬に人を怖がらせてほくそ笑んでいた男に声をかけた。
「あん・・・?」ジロリとサングラス越しにも判る鋭い目で男はアオイの方を睨んだ。
「一体、なにやってる・・・って、うぁ!」

 ドテ!

 と、アオイは何もないはずの場所でつまずき、前のめりに地面に倒れた。
 これには男も、一瞬、呆気に取られた。
「なんなんだ一体・・・」

「いったーい・・・」直ぐに起き上がってアオイは、キッと男を見据える。「と、とにかく人に迷惑をかけるような行為はしないで下さい!」
「あん? お嬢さん、誰を相手にそんな注意を言ってるんだ?」
「あなたによ!」
 ビシッと、アオイは男に向かって指を突きつけた。
 それを見ていたハルカは口を両手で隠して唖然とした。

「・・・ほぅ。良い度胸してるじゃねぇか。ジョン、サリー。少しこの生意気なお嬢さんをいじめて来い!」
 男の合図で、犬二頭は一斉にアオイに飛び掛った。

「アオイさん――!」
 ハルカが叫び声を上げるが、犬をけしかけられたアオイは落ち着き払ったまま。
 あとわずかで噛まれるというその瞬間、アオイは回し蹴りで空を切った。

 ゴゥン!

 アオイの鋭い蹴りで風が巻き起こり、犬たちや飼い主に襲い掛かった。
『キャウン!』
 と、風圧に弾かれる犬たち。
「おぉ!?」
 そして、腕で顔を覆う飼い主――と、

 バサバサ・・・ッ!

 その時、突風によって男の頭に乗っていたものが吹き飛び、下に隠されていたものがあらわになった。
 てかてかと輝くものが・・・。

「あ、あれ・・・?」
 一瞬、驚きと同情するような目で、それを凝視するアオイ。 

 尻尾を巻いて逃げ出した犬たちに置いていかれた男。
 その顔は、恥辱に対する怒りで見る見るうちに真っ赤になった。
「お、おのれぇ~~!」
 逆上した男は懐からナイフを取り出し、アオイのほうへ向かって突っ込んできた。
「わ、わ!?」
 と、驚きながらも、それを軽々とかわすアオイ。
 だが――、

 アオイの直ぐ後ろにいたハルカは反応が遅れて、逃げることもかわすことも出来ない様子だった。

「ハルカちゃん!」
「あぅあぅ~!」
 ハルカ絶体絶命のピンチ!
 しかし――、突如、男に向かって横から突っ込んできた人影が、男を弾き飛ばした。
「ぎゃあ・・・!」
 弾き飛ばされ立ち木に激突した男は、そのまま気を失った。

「た、助かったですぉ~」地面に座り込んでハルカは安堵の息を吐く。
 そして自分を助けてくれた、男を殴り飛ばした姿勢のまま固まる、人影に礼を告げた。
「あ、ありがとうございますですぉ・・・」
 人影の正体――それは汚れた衣装にリュックを背負った、青い長い髪をした少年だった。

 ところでアオイには、その少年に見覚えがあった。
(――確か、あの男の子は・・・)

「ハ・・・」少年はおもむろに呟く。
「『ハ』?」ハルカは首をかしげた。
「は、腹が減った・・・」
 そう言い切って、少年はバタッとその場に倒れた。

『ええぇ~~!!?』
 ハルカとアオイは顔を見合わせて、驚きの声を上げた・・・。



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