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寒くなっての初めての雨じゃないかしら・・・嫌いじゃないのよ、季節感のある日って。多分この雨で、しがみついていた木から離れて地面に落ちる紅葉も多いんでしょうねえ。アタシ?朝早くから、ちと偏頭痛っぽかったの。そうしたら、右側の歯茎が腫れて憂鬱ですわん。お天気柄、お仕事のお休みは頂けたけど、アタシのTVが何故かうつらない。薄ぼんやりと具合の悪い時は、本は読みたくないけど、TVをBJM代わりに流しておくのが気が紛れていいのに。紅茶を濃く入れて、ミルクを入れてゆったりと飲む。のが良いんだけど、ウチのトイ・プーのレイン君の好物でもある。不思議と一番おいしい飲み頃の温度がアタシと一緒なので、立ったまま、ツツッと飲む。明日からは、レインとバビ。にもう一匹。ロンちゃんが滞在する。お友達が大切にしている唯一の家族だ。そのお友達は心臓の手術で一ヶ月ほど、入院しなくてはならない。ただ、心配なのはロンちゃんが静かな暮らしになれていることだ。一ヶ月といえば、かなりのストレスになるでしょう。穏便に過ぎる事を、祈る。
2003.11.25
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なんだか、ちょいとお出かけはあったけど。ずっとお出かけしていないけど、明日は朝10時にお友達と会う。と、いうことに夫さんが仕組んでくれた。公園の多い町に行くので、家のワンたちも連れて行きたいけど、動物のいけないところに行くから無理。何気なく、気が付いたときに外出するように仕組んでくれる夫さん。強制ではないけど、君が一緒だと、絶対に喜んでくれるよ、と言われちゃうと、そうかあ、とウッカリその気になる。と、いうわけで今日のおつまみは「マグロのお刺身」を奢ってくれた。ワナに嵌るのも良いもんだわ、たまには。お天気は、晴れみたい。朝10時かア、最近の起床時間だわ。あ、もう寝よっと!
2003.11.22
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人生もトウが立ってくると、十派一絡げのように過去を振り返ったりする。nijiさんは、お友達を亡くされたという。私の友達は子供を亡くした、リンパ腫だったそうだ。21歳~26歳まで、入退院の繰り返しだったそうだけど、ちっとも知らなかった。誰にも知らせなければ、無い事になるんじゃないか、というように家族の中で慈しまれて旅立った。「私より子供が先に旅立ったら・・・・。」そう言うと。「そうしたら幸せだわ、あの子より先には死ねない」と、友達が言った。彼女の子供は「自閉症」である。一時触れ合うにはとても楽しい子だけど、ボタン掛けを教えるのに半年。紐を結ぶのに一年。それでも、お金持ちだからご自分の具合の悪いときは施設にも入れられる。もし、先に死ぬことになったら、終身施設に入れるつもりだという。それができない圧倒的多数の障害者の父兄は、50歳の子供が作業所への行き返りをしている。暗い話ばかりしていると、思わないで。そういった重荷を背負った人たちの中にも、幸せや喜びは確実に存在していて、むしろ感謝の多い人生を歩まれている方のほうが多いし、私を癒してくださる方にもそういう方が多い。もう寒くなるから、寒い時期は日本にいなくなる友達からの電話がない。もう出かけちゃったのかしら、と電話をしてみたら破産して、別荘もゴ~ジャスなマンションも人手に渡ったとか。バブルをうまく乗り越えて、海外に別荘を2つ3つと持っていた人が破産して、「庄や」で久しぶりに会ったんだって、考えてみたら家族として一番幸せでみんな笑顔だったわ、と言っていた。幸せって、心で感じるものだけど、心を柔軟にしておかないと不感症になっちゃうね。トウは経ってきたけど、心は瑞々しくありたいものですえ。
2003.11.20
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去年の今頃も若いこがあの世に旅立った。今夜も若いこの御通夜だった。アタシくらいになると、ある程度はやりたい事もやって、失望も絶望も、希望も期待も肌身で知ることが出来て、子を産み・育てて、その喜びも切なさも知っている。そうして、生まれてきた意義の何がしかを知ることが出来ているんだろうと思う。それまでを、知ることの出来なくて逝ってしまう人に、何を言えるだろう?全てこの世においては、この世で知るしかないことが多い。だからこそ、生きている意味があると思う。時期がくれば誰だって死んでしまう。日当たりの悪い日差しの下に芽生えた芽は、はやくに枯れる。だから運が悪かったね、とは思わない。今度はいい所に芽生えようと思って、精進する。だから、今日もそれを祈ってきた。生きているものの願いは、そんなちっぽけなものでしかない。
2003.11.16
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着物の用意をしていたら、雨じゃん。お天道様が、そうは問屋が卸さないって?お天道様、友達になったつもりだったんだけど、思い上がりも甚だしかったわ。でも、おヒサで杉並に引っ越した友達とランチが出来たの。嬉しいじゃないの。だって血よりも濃いような連帯感のある友達よん。そういう人って、厳しいオネネがいるけど、今日は三姉妹揃い踏みって奴。オネネは相変わらずフィレンチェでも、絶賛されたというカメオをおつけあそばして、あたし達光物なし。色気も光物も中途半端な年代ね。それぞれの状況を話し合ってても、詳しく聞かないで分る、というのは良いわよ。その合間に、重要課題がさりげなく入って、チト盛り上がり~の。ストレス解消になったわ。あの人たちはチャイナ・ペインティングのために、電車に乗ったけど、アタシはまだそこまでは無理。でも、同情されないっていうのが良いわ。そんな事が嬉しかった。
2003.11.11
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でも、これでなくてはいけないわ。私の幼い頃には、あちらこちらに霜柱が立って、防火用水のところには薄氷が張って、手袋していたのに・・・・。今は、周り中アスファルトで霜柱の立ちようが無い。昨日「阿弥陀堂だより」を観た。やはリ、故・黒澤監督の流れで「雨あがる」と同じような心地よさがあった。主人公夫婦の奥さんが、「パニック障害」で、信濃の旦那様のご実家に転地したというお話。ステキな人たちが沢山出てくるけど、中でも旦那様の剣の先生を演じていらっしゃる田村高広さん。胃癌の末期なのだけど、自分でちゃんと自覚しながら、痛みをこらえていつもと変わらぬ日常を送っている。医療の問題は置いておいて、人の生き方として、生きるときは生きる。死ぬ時期になったら死ぬ。これが、信濃の山の色の移り変わりの中で、淡々と過ぎていく。「パニック障害」のことは、信濃に移住するきっかけとして、描かれているだけであって症状としても深刻さは無いし、軽度の方だと思うけれど、自然の中で自分がその自然の一部に吸収される事で癒されていく気がした。精神を病んでいなければ、乗り越えられる病気は沢山あるけれど。心細くなったり、心が不安定になるとそれだけで病気が進んだりする事はおおい。今回の描かれている「パニック障害」についてのご夫婦の間のスタンスも、自分の抱えている問題を夫婦の問題として、「パニック障害」に対するスタンスもスゴクいい。うん、いい映画だった。
2003.11.10
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もうクリスマスのディスプレイなどをはじめる時期なのに、9月ぐらいの陽気ジャン?どうなっているのかしら?まあ、一市民としてはゴミの分類をちゃんとする、とか、スプレイ物は使わないとか、ジミに地球環境の悪化を食い止める事を頑張るしかない。昨日から今日まで、子供たちは「宿泊研修」とかで、市の施設にお泊りでお留守。日曜日なのに・・・・・鬱々としてレインとバビにご機嫌取りをしてもらっているときに、兄がお店に来た。定休日であるが・・・・わたくしは兄とは肌合いが会わないので、正月のご挨拶ぐらいしか顔を合わせない。勿論、お店を開店してからも、一度も来てくれた事は無いし、ご招待をしたことも無い。驚いちゃった!!!!
2003.11.09
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いくら草臥れていても、そうボケナス続きではいけないわ、と思い道場へ。「大分全身熱っぽいねえ」と言われ、またもや、おサボリの強い誘惑。いけないわ。そんな事。いけないのよ。堪忍して。と、上一行だけだと、色っぽくも解釈できるけど、単なるだるさとグータラ癖なのよねえ。デモ。おランチはお手伝い。午後、お昼寝。だるさというのは意外に、大病に発展しやすいのだ。だから、気分よく過ごすように努める。不機嫌なカミサンより、グータラでも機嫌の良いカミサンのほうが良いじゃん、と勝手に解釈する。
2003.11.05
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日帰り強行軍で、岐阜まで行って来た。行っている間中、ハイ・テンションで、久し振りに友達と会ったり、初めて会う人とも共通の友達がいて、これからもお付き合いできそうだし・・・。チット、飲んだりもして。夜中に戻ってきて、無性に麺類が食べたくて、夜中にやっている讃岐うどん屋サンに立ち寄って「ぶっかけ」というのを食べて、帰って、飲んで、寝て・・…今日はボケナス。
2003.11.04
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