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この頃の体のだるさは、尋常ではない気がします。兎に角起きるのが一苦労で、起きてしまっても気力が沸いてきません。自分の中のマイナスな感情を一つ手放すと、たまさかこういう状態になることがあります。実は、この間一つ「憎しみ」を手放しました。私はこれまでの人生で「誤解」や「中傷」や身に覚えに無い「噂話」の対象になってきました。それは長く続いたので、お蔭さまで自分なりのマイ・ペースを作り上げることに非常に役立ってきましたし、少ないながらも本当に理解し合える仲間にも恵まれてきました。しかし、脇が甘かった。私の夫でもあり、人生の恩人でもある夫があらぬ噂話の対象にされたことへの、怒りは煮えくり返るものでありました。私の夫でなければ、そういうことにならずに済んだのかも、と臍を噛む思いで居ました。でも、ある人の一言で「もう、いいわ。この怒り憎しみは捨てよう」と。それに当たっては、思いを実践しなくてはなりません。それで、私は憎しみを持っていた人に私からお詫びをしました。これは相手に通じまいと通じようと、相手の分野のことですから、返り討ちにあっても善しとする覚悟で申し上げたことでした。思いがけず、相手の方からは喜ばれ、改めてお詫びをいただきました。このように、吾と我が身の至らなさで人を苦しめてしまっていたんだなあ、と反省仕切りでした。その後の体の変化、、、、、有ることです。それは心に積んでしまった悪想念を手放せば、霊・心・体に亘って、クリーニング現象が起きてきます。でも今回は長すぎる・・・・・。これは成人式以前から嗜んでいる喫煙飲酒の所為かも・・・・と、夫には悟られぬように振舞ってきましたが、もう隠せません。体に良い事なんてしたいと思ったことも、しようと思ったことも無いんです。いつも、後無し先無しの「今だけ人生」を生きてきたもので。タバコはため息代わり、お酒は楽しみ。もう年なのでしょうか?それとも、昔と違ってタバコもお酒も食品添加物っていう毒が仕込まれているのかも・・・・・。女としても枯れる年代です。酒もタバコも無くして何の人生か?考えてしまいます。長生きするために好きなことを辞める。そんな時代感覚の女ではないのです。困りました。
2008.04.25
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自分にとって本当に必要なことを見るように、自分を訓練していこうと思っています。 ついつい、視界に入ること全てを見たくなるものです。 でも、その中から本当に今の自分に必要なこと、ものはなんだろう、と考えなくてはいけないような気がします。 そうでないと、自分が判断すべきじゃないこと、自分が勝手に気にして、余計な判断をして、自分の人生観やひいてはそれを表現することで人の人生観にまで干渉してしまうのかもしれません。 今、存在しているもの・事柄は、在るべくしてあるのです。 必然なのです。 それに干渉することが自分の役割であれば、否応もなく避けることも及ばず、我が身に降りかかってきてしまうものなのです。 私が目指すものはもっともっとこの先にあります。 身に降りかかってくることは致し方も無いことなのでしょうけれど、それ以外のことにまで口ばしを差し入れたり、顔を突っ込んだりしてなんになるでしょう。 好奇心もあります。 義侠心もあります。 でも、その相手のタメにその将来のタメに見てみぬフリをすることも大事な時があることを知りました。 好奇心は我慢できていました。 でも、義侠心は我慢できない時がありました。 結果は、私が関わっても関わらなくても、むしろ関わらない方が良かったのではないか、と思うことが多かったことは事実です。 その人が自身で体得しない限り、思い知らない限り、どうしようもないことって多いんですよね。 思い返してみれば、自分も傷つきながら痛みに耐えながら体得せざるを得ない人生を送ってきました。 人からは、ありがたいアドバイスを頂くことが在っても、そうせざるを得ない自分の人生がそこにはいつもありました。 それを仏教では「業」というのでしょう。 「人の悲しみを自らの悲しみとして」と綺麗な言葉がありますが、それはその一瞬だけのこと。 人は別の人の「業」までは背負えません。 人は地球の自転と共に生まれ、地球の自転の中で終わります。 自然の草木と同じです。 草は草である宿命からは逃れられません。 木は木である宿命からは逃れられません。 そして、私は私である宿命からは逃れられません。 それをス直に受け入れて、自分が必要とするものを受け入れ、必要の無いものを見過ごし、目標とするものに真っ直ぐに飛び込んでいけるように、純粋に戻りたいと思います。 出来るものならば、きっとそうなれると思います。
2008.04.19
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自分に自信が持てない。 人のほうが優れて見える。 容貌も才能も人に劣る。 周りの人たちがみんな幸せに見える。 本当にそう思うの? じゃあ、自分は何なの? 世の中の誰にも愛されていないのか。 気が付かないだけだよ。 自分で思い込んで、不幸の気分に浸りたいんだ。 この世に不必要な人間はいない。 誰一人欠けても、今は無い。 時期が来て神様がお許しになるまで、誰もがこの地球で必要とされているメンバーなんだ。 相性がいい、悪い。 そんなのは自分勝手の都合だもん。 何で生きているのか? 神様のご計画の一部だからさ。 だから神様のご計画に参加してみない? 気分良いよ、今生きている意味が実感できるから。 いやだ? 別に良いよ、自分の人生なんだから。 でも、友達でいようね。 せっかく知り合えたんだから。 でも、自分を大事な存在にしてあげようよ。 どうすれば?思うだけで良いんだよ。 誰にも愛されないって? 自分を愛していないからだよ。 この世で自分を一番理解できるのは自分だよ。 長所も短所も、嫌なとこも良いとこも、全て。 どんなに情熱的に口説いてくる男だって、私ほどには私を知らない。 自分の幻想を私に重ねて惚れた気でいるのかもしれない。 間違いないのは、自分の一番の理解者は自分だ。 誠実にいつまでも自分を愛せるのは自分だ。 だから、愛して止まない自分になるんだ
2008.04.09
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