Polymnia

Polymnia

草凪花澄


夕方にあんな事があって、寝付けなかった。
夜風に当たろうと部屋を抜け出し庭に出た。
今日は忙しい一日だった、愛里の事をいろいろ知ったし、
MS白峰の武勇伝も聞いた、そして・・・
「となり、いいかしら?」
美しい長い黒髪が視界に映った。
振り向くとそこには志之眼がいた。
「眠れないの?」
「食べ過ぎて。」
とても、志之眼のせいだとは言えなかった。
「ごめんなさいね、今日はあんな事を言って。
でも、お願いだからもう構わないで。」
志之眼は呟くように言った。
「それだけが言いたかったの。
じゃあね、お休みなさい。」
志之眼は立ち去ろうとした。
俺はここで捕まえなければ、
もう二度と志之眼には会えないような気がした。
「待った!」
俺は衝動的に志之眼の手を掴んでいた。
「明日の自由散策、一緒に回らないか?」
次も会いたかった、どうしても見せたい物があった。
「・・・・」
志之眼は呆気に取られた顔をしていた。
「頼む。」
だが、譲れなかった。
「・・・私となんか回っても、楽しくないよ。」
志之眼は顔を向こうに向けていた。
「いいよ、回りたいんだ。」
もう、顔から火が出そうだった。
「わかった。」
「明日、五条駅前で待ってる。」
来てくれるかどうかわからないが、できることはした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自由散策の時間になった。
「幸孝~、一緒に回ろ~」
サマサの誘いを断って、俺は五条駅に向かった。
駅につくと、そこには既に志之眼が来ていた。
「遅いわよ。」
「悪い、急いだんだけどな。」
乗車券を買い、俺たちは電車に乗った。
「悪かったな、せっかくの自由散策なのに、付き合わせちまって。」
「いいのよ、どうせ予定はなかったし。それより、あなたこそいいの?」
志之眼は自分を笑うかのような顔をしていた。
「あぁ、どうしても見せたい物があったんだ。」
目的の墨染駅についた、俺たちは電車を降りて郊外へ向かった。
そして行き着いたのは弟の眠る墓地だった。
「見せたい物って、このお墓のこと?」
志之眼が控え目にたずねた。
「あぁ、お前のあの姿を見たら、
なんだかこいつに会わせたくなってな。」
俺は鞄から御供えの花を出した。
「俺の弟の墓なんだ。」
水をかけた、水が墓の表面を流れていく。
「3歳のときにしんだよ、生まれつき心臓に障害があってな、
みんな覚悟はしてたんだけどな。」
「どうして、そんな事を私に?」
「わからない、ただなんとなく知っといてほしかったんだ。」
「同情しないわよ。」
「お互いな。」
志之眼は杓を持つと、弟の墓に水をかけてくれた。
「これぐらいなら、してあげるわ。」
志之眼は少しテレながら、もう一度水をかけた。
「ありがとう。こいつも喜ぶよ。」
俺たちはしばらくそこで立ち尽くしていた。
帰りの電車の中、昨日の寝不足がたたったのか、俺は眠りにお
ちてしまった。
そのときに始めて、志之眼の顔を間近に感じた。
この修学旅行で、俺と志之眼の距離はどこまで縮まったのだろうか。

修学旅行を終えて、
確実に俺と志之眼の距離は縮まった。
だが相変わらず志之眼は冷たい、
まぁ話しかけてくるだけ進歩はしたか。
「次の土曜日、買い物に行くんだけど、お前もどうだ?」
放課後に二人だけで会うのが日課になっていた俺たち。
なんとなく買い物に誘ってみた。
「私となんかと買い物しても、つまらないわよ?」
志之眼はいつも冗談混じりにこう言うのだ。
「構わないよ、俺はお前を誘いたいんだ。」
「そう、じゃあ喜んで。」
志之眼はその場で軽く一回転して、
「それじゃあ、また明日。」
と言って足取り軽く帰っていった。
なんだ、あいつもあんなことするんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして土曜日、駅前の変な像の前に待ち合わせのために向かうと。
「遅かったわね。16分遅刻よ。」
志之眼が腕時計を見ながら言った。
「そんなはずはない、まだ待ち合わせ時間の5分前だ。」
時計は確にそう言っている。
「馬鹿ねぇ、私が来てからよ。」
志之眼は俺の額にデコピンをした。
「そんなかってな・・・」
「ほら、行くよ。」
志之眼が、俺の手を引っ張った。
今日はやけに積極的だなぁ。
最初に向かったのは近くの文具店だった。
「文具店に来たかったのか?」
男連れて来るようなところだろうか。
「シャーペンの芯がきれたの。」
志之眼は芯を見て、
すこし何かに戸惑ったようなそぶりをみせた。
「どうかしたか?」
「うん、おまけがついてて邪魔なのよ。」
そこを戸惑うのか?
「まぁ、いいや。」
志之眼はFを手にとると勘定に向かった。
あいつ、Fなんて薄いので書いてるのか、変わり者だな。
「ハイ。」
「ん?」
俺の眼の前に、緑色の変な顔をしたトカゲっぽい物が現れた。
「あげるわ、私いらないから。」
「いや、俺もいらないような。」
「何言ってんの、女の子の贈り物は素直に受取りなさい。」
そういうと志之眼は俺の手の中にそのストラップを握らせた。
「さぁ、次々!」
またもや、志之眼に引っ張られるがまま次に向かった。
「結構買ったかな。」
志之眼はストローに口をつけながら言った。
「持つのは俺だからな。」
俺は、志之眼の買うもの全てを持たされて、早くもへばっていた。
「それぐらい我慢しなさいよ、男でしょ?」
「じゃあ、お前も買うの我慢しろよ。」
「嫌よ。」
「言い切った。こいつ、言い切ったよ。」
「おごってもらってんだから、感謝してよ。」
志之眼のおごりでファミレスに入った俺たちは、今昼食をとっている。
「あなたは買いたいものはないの?」
志之眼が注文したスパゲッティーを食べなが聞いた。
「別にないかな。」
「じゃあ、あなたはどうして買い物に来たの?」
志之眼があきれたという目でこちらを見ている。
「ただ、なんとなくかな。」
「なんだか、それじゃあ悪いわね。」
志之眼が何かを考えるかのように、顎に手をあてて考えるそぶりをした。
「そうだ、何か欲しい物はある?」
「いや、別に。」
「本当に?無欲な人ね。で、本当は何が欲しいの?」
志之眼がじっとこちらを見ている。
「じゃ、じゃあ。ハンカチとか・・・」
「ハンカチィ!?あなた、そんなの欲しいの?」
志之眼が馬鹿にするかのように言った。
「いや、あると便利だし。だろ?」
必死に同意を求めるように言った。
「まぁ、便利だけど。」
結局、俺の希望?でハンカチを見にきた俺たちは、
志之眼の勧めるものを俺が悩むとい
う買い物をしていた。
「これなんてどう?」
志之眼が四隅に花の模様の入ったハンカチを広げてみせた。
「ん~~。」
「じゃあ、これは?」
今度はインド的な模様の入ったハンカチを広げてみせた。
「ん~~。」
「もう、さっきからそればっか、しっかりしなさいよ。」
志之眼が腰に手をあてて言った。
「じゃあ、あれ。」
「あれ?」
適当に差した先には、白いフリルのついた何かの花を描いたハンカチがあった。
「本当に?」
志之眼が笑いをこらえつつ言った。
「いや、どうだろう。」
正直首を傾げてしまう。
「似合うと思うよ。」
志之眼がクスクス笑いながら言った。
「絶対、そんなこと思ってないだろ!」
「思ってる思ってる。」
志之眼はレジへ行ってしまった。
「おい、ちょっと待て志之眼、志之眼!」
全てはあとの祭だった。
「ありがとね、今日は楽しかった。」
買い物が終わり志之眼を家に送り届けた。
「それとこれね。」
志之眼が少し笑いながら黒い紙袋を取り出した。
「あぁ、一応受け取っとくよ。」
差し出された紙袋を受け取った。
「それじゃあね。」
志之眼は家の中に入って行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次の日、裕章達と遊んだ帰りに一人町を歩いていると。
「・・・志、之眼?」
少し前を志之眼が中年男に連れられて歩いていくのが見えた。
気になって少しつけていく
と、二人はラブホテルへ入ろうとしていた。
俺は多分売春だろうと思った、昨日の今日だけにショックだった。
だがそれよりも、志之眼にはもうそんな事はさせたくないという考えが
頭の中で膨れ上がり、やがて俺の体は二人の元へ走っていた。
「志之眼!!」
志之眼の肩が、俺の声に気付いてわずかに揺れた。
「何してんだよ!!」
俺は志之眼に心から怒りをぶつけた。
しかし、志之眼もすぐにいつもの態度に戻った。
「あんたには関係ないわよ、ほら行こ。」
志之眼は、中年男の腕に自分の腕を絡ませ、
ホテルに引っ張ろうとした。
「待てよ!」
志之眼の肩をつかんで強引にこっちを向かした。
「あんたが私の何だっていうのよ!邪魔なのよ!!」
俺は、うまれて始めて女の子に手をあげた。パン!という乾いた音が響いた。
志之眼はしばらく固まっていた、
しかし中年男が俺にその何倍かのお返しをしてきた。そして、二人
は行ってしまった。
オッサン、あんたにそんなことする権利があるのかよ・・・・。
辺りは暗い夜の空気だった。

あの夜から2、3日が過ぎた。
あれから志之眼は学校に来ていない。
「志之眼ちゃん、どうしたんだろうね。」
瑠璃が心配そうにしている。
「さぁな。」
俺はまだ不機嫌なのだろうか。
「幸孝は心配じゃないの?」
「別に。」
「もう!幸孝どうしたのよ!」
瑠璃が怒りだした。
「悪い、俺帰る。」
今日は何だか学校にいたくない気分だった。
「ちょっと、また帰るの?これで3日連続だよ?」
俺はまだ志之眼の事を引きずっているのだろうか。
そんな、日が1週間続いたある日。
「あれ、あんた志之眼にゾッコンの子じゃない。」
女バスの連中に出会った。
「どうしたの、今は授業中よ?まぁ、ウチラもサボってるけど。」
「何でもないよ。じゃあ。」
関わりたくなかったのでその場から立ち去ろうとした。
「待ちなよ、あんたに一つ言っとくことがある。」
なんだろうか、シメるつもりだろうか。
「志之眼は助けて欲しがってる。」
なんだって?あいつが?冗談だろ。
「それだけよ。」
家に帰ると、机の上にあのハンカチが置いてあった。
どうやら、母親が借りたものだと思ったのだろう。
確に、こんなハンカチは使わないよな。
そうおもい、俺はハンカチをゴミ箱に捨てた。
食事中、母親にハンカチをネタに彼女でも出来たかと聞かれた。
「そんな訳ないだろ、ただ少し借りてただけだよ。ごちそうさん。」
食器を流しに持っていく途中、携帯がなった、
「明日に架ける橋」、志之眼からの着信だった。
手がすぐに携帯を耳元に持ってきていた。
「・・・もう嫌よ・・助けて・・」
それだけだった、志之眼は泣いていた。
どこかはすぐにわかった、この音は駅前にある時計が8時を告げるときの音だ。
「ちょっと、どこ行くの!」
母親の声に答える時間も惜しかった。外に出ると、
雨が降っていた、もしかしたら志之眼は傘をさしていないかもしれない、
そう思うと拭いてやるものがいる気がした。
ゴミ箱に捨てたハンカチを急いで取りに行った。
俺は駅前へ自転車をこぎだした。
駅前に志之眼はいなかった、辺りを捜索してみたが、志之眼は見付からなかった。
別の場所かもしれないと思い移動しようとしたら、細い路地が目に入った。
俺はワラにもすがる思いで細く暗い路地に入って行った。
そこで志之眼は泣いていた。全身ビショ濡れだった。
志之眼は膝をだかえ、顔を膝に埋めて黙っている。
「来てくれたんだ、もう来ないかと思ってたのに。」
志之眼は今にも消えてしまいそうな声で呟いた。
「誰が呼んだよ、お前だろ?」
「そういうのがウザイのよ。」
「あぁ。悪かったな。」
「そこも、ウザイの。」
「そうかい。」
志之眼は顔をあげた、その顔は涙とか雨でビショビショだった。
「うぅ、私だって、好きであんな男達とやってるんじゃない、
でも、でもパパが死んでママも死んで、それで親戚にタライ回しにされて。」
志之眼はそこで一度顔を拭いた。コートの袖も濡れてるから意味はなかった。
「みんなが私を邪魔者扱いした、それで最初の男と。優しくしてくれたわ、
体目当てって知ってたけど、嬉しくて。回数を重ねるうちに、
噂が広がって、親戚が嫌がってついに誰も引き取ってくれなくなった。
それで今度はお金が必要になって、抜け出せなくなった。」
志之眼はまた顔を伏せた。
「でも、あなたが現れた。私の事を心配してくれて、嬉しかった。
でも、もう疲れたの。お金だって使いきった。終わりにしたい。」
志之眼は立ち上がった、そして大量の睡眠薬を取り出した。
「さようなら。」
志之眼はそれを飲もうと口を開けた。でも、飲めなかった、
俺が顔をハンカチで拭いてやっていたからだ。
「じゃあ、俺はどうなるよ。お前が死んだら、俺の優しさは無駄になる。
それって、悲しくないか?」
俺は、志之眼の目から流れている涙を拭いて
やった。
「お前には、涙を拭いてくれる人間がいる。」
その瞬間、志之眼の中で今まで張っていた何かが切れた。
目から涙がとめどなく流れ出した。
「じゃあ、この涙も拭いてくれるの?」
志之眼は泣いている事を隠そうとはしなかった。
「あぁ、拭いてやるよ。」
俺はその涙も拭いてやった。
でも、志之眼が体を寄せてきた事で拭いてやれなくなった。
俺は、変わりにその細い体をしっかりと、確かめるように抱き締めた。
雨があがった、ビショ濡れの俺たちは志之眼のアパートで体を乾かした。
二人よりそってストーブに当たっていた。志之眼はまだ目が赤かった。
「私ね、あなたのそのハンカチで拭いて貰ったときにあなたなら大丈夫、
信じられるって思ったの。」
志之眼は遠い物をみるような目をしていた。
「だって、そのハンカチに描かれている花は・・・」
「花は?」
「瑠璃唐綿、ブルースターだったから。」
「それで?」
「それだけよ。あとは内緒。」
志之眼は服の乾き具合いをみに行った。
「大丈夫みたい、はいあなたの服、それとハンカチ。」
志之眼はハンカチを一度大切そうに抱き締めた。
「そんなに大切なら、やるよ。」
「いや、いらない。だって、あなたが持っていてこそじゃない。」
志之眼はハンカチを手渡した。
「じゃあ、俺帰るけど。お前、大丈夫か?」
大丈夫だろうけど、万が一ここで死なれては寝起きが悪い。
「そうねぇ・・・」
志之眼の顔が視界いっぱいに広がり、唇に柔らかい感触を感じた。
「これで、信じられる?」
俺はまだ動けなかった。
「これは、遊びなんかじゃなくて。私の始めての本気のキスだから。」
志之眼はドアを閉めてしまった。
翌日、学校へ行くと、そこには志之眼がいた。
「遅いわよ、7分遅刻よ。」
志之眼は時計を確認する仕草をした。
「悪い悪い。」
お互い顔を見合わせ、笑いあった。
「おはよう、幸孝くん。」
「あぁ、おはよう志之眼。」
久しぶりの学校だからか、志之眼の周りにはすぐに人だかりが出来た。
志之眼はそれに不器用に、しかしちゃんと応えていった。
「幸孝くん、信じてるからね。一生裏切らないでよ。
いつまでも、優しさをちょうだい。」
志之眼はなんと、大勢の友人の前で告白?をしかけてきた。
サマサが驚いて何かを言っている、みんなの目が俺に注がれる。
俺は口を開いた。
「まったく。仕方ないな、最期まで付き合ってやるか。」
ちょっと、違う気がしたが気持は伝えた。
友人たちが冷やかし半分に俺の背中を叩く。
本当、志之眼は俺がいないと壊れてしまうのだろう、
ハンカチが引き寄せた不思議な恋だ。。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追伸
志之眼の部屋に花言葉の辞典があった、それによるとブルース
ターの花言葉は 「信じる心・幸福な愛」 らしい。そういうことか。


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: