「国防の神経」ずたずた


2007.10.8 03:24
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071008/plc0710080324002-n1.htm
「あり得ないことだ。何かの間違いではないか」。一昨年12月、防衛庁(当時)の電波関係者は、「周波数の再編方針」などと書かれた総務省のホームページ(HP)を何度も何度も読み返したという。

 それは防衛庁が「国防の神経」と位置づける最重要周波数帯を次世代携帯電話に割り当てる方針と、その周波数帯に通信事業者を募る内容が掲載されていたからだ。しかも防衛庁との事前協議もなかった。電波関係者の怒声に同僚が集まり、衝撃が広がった。

 この周波数帯は、全国28カ所にある警戒管制レーダーと、迎撃戦闘機・ミサイル部隊などが捕捉情報を交換し合い、領空侵犯機などに総合的に対処する通信網として使用されている。いわば国防の「目」と「脳」をつなぐ「神経」だ。

 実際に通信事業者が携帯電話用の電波枠を拡大し続ければ、国防の神経はダメージを受ける。例えて言えば、テレビ画像は見えるのに、スピーカーからは当該テレビとラジオの音声が入り交じって聞こえてくる-そんな機能不全の状態になる。

 これでは国は守れないが、総務省の意識は違うようだ。

 総務省がHPに前記方針を載せたのは、防衛庁が気付く2年以上も前の2003年10月だ。05年11月にはアイピーモバイルなど通信事業3社に周波数帯の利用が認められた。

 総務省は「どの省庁とも事前協議をしていない」とした上で「電波政策ビジョンを出すに当たり、事前に意見を募集した。関心のある省庁はHPを見ているはずだし、報道発表もしている」と主張する。

 不思議なことに防衛省は今も総務省に対し、抗議はもちろん、交渉すらできないでいる。

 電波の許認可・監督権限を握る総務省による、防衛省使用電波に対する“さじ加減”が脅威なのである。通常1カ月以内で認められる、日常的に使っている電波使用が許可までに3カ月もかかったり、新規電波がなかなか割り当てられなかったりするからだ。

 総務省は強気だ。「電波の有効利用の観点から、防衛省であれ民間であれ、既存周波数帯からの立ち退きの可能性を検討している」ともいう。

 いわば、HPで示したような防衛省の周波数帯への割り込みではなく、防衛省が使用している周波数そのものの変更すら視野に入れているのである。

 同じような電波問題を抱える国土交通省の幹部は、総務省の狙いについて「新たな資金源開拓と許認可権限の強化に向けた電波再編」と牽制(けんせい)する。

 実は超短波のVHF帯より波長が短い、この周波数帯は、これまで“空き状態”だった。設備投資が割高だったからだ。防衛庁発足当時の郵政省が国防用無線として許可したのも、空きがあったためだ。

 それがデジタル黄金期を迎え、動画像やゲーム端末などの大きなデータ量が、この周波数帯で送受信可能となった。

 総務省としては国の防衛より、新たな電波使用料を課すことを優先したわけだ。実際、国内外の通信事業者からの電波利用料は年間650億円(今年度)が見込まれている。

 仮に総務省により、周波数そのものを変えられてしまうと、防衛省・自衛隊は通信機やアンテナを含め施設を造り直さなければならない。防衛費削減で四苦八苦する防衛省は、さらなる巨額の出費を強いられる。

 携帯電話やテレビは国民の生活・娯楽にとり不可欠な存在である。しかし、主権が侵害されれば、国民生活は根底から覆される。いかにして国民の生命・財産を確保するかが国家の責務なのに、電波の世界では優先順位が逆転している。当然、有事の対応も危うい。

                   ◇

 ■「優先権」認められない自衛隊

 有事の場合、防衛省は電波を優先的に使用できる権利を持っている。「武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律」で決まっていることだ。

 だが、どの電波に防衛省の優先権を認めるか、などを盛り込む同法に基づく対処基本方針の大枠は定まっているものの、具体的な手順は詰められていない。

 総務省が「法律上、きな臭くなってから決めるようになっている」と解釈しているためだ。

 だが、「きな臭くなってから」決める余裕が果たしてあるのか。

 さらに対処基本方針の手順ができたにしても、運用はまた別だ。

 平時では、防衛省の電波といえども「他に影響のない範囲」(電波法56条)での使用にとどめられており事実上、有事事態を想定した訓練ができない。説明しよう。

 有事となると、敵は自衛隊が使用している周波数に妨害電波を故意に照射し、レーダーをマヒさせるのが近代戦の定石だ。これに対し、自衛隊は、違う周波数に切り替えてレーダー機能を確保することになる。

 ところが、現状では認可されている周波数帯が狭く、民間の電波に割り込まない限り他の周波数へ回避できない。

 従って、自衛隊がもし、電波妨害回避訓練を行っても、割り込みができないため、妨害をまともに受け、レーダー表示画像は真っ白になる。

 これについて、防衛省と総務省は「訓練を経ずに、有事でいきなり新規の電波を使うのは不可能」と認識している。

 しかし、総務省は「電波法に例外は設けない」との姿勢を貫いている。ここに総務省だけでなく、有事を考えようとしない日本国の問題点が横たわっている。

 実は、日本も批准した「国際電気通信連合憲章」条約では「軍用無線設備」の「完全な自由」は担保されている。

 米軍の電波は民間はもとより、他官庁にも先駆けて割り当てられている。これが世界の常識だ。

 日本の電波法も、同条約を受けて定められたが、電波の許認可を握る総務省は防衛省に電波使用の優先権を与えていない。総務省が「自衛隊は軍ではない」と認定しているためだ。

 これらは自衛隊に大きな制約を課している。

 自衛隊が数百基保有する各種防衛用レーダーの国内配置は綱渡りである。同じ周波数帯のレーダーが近くに在ると、互いに干渉し合い、実在しない機影が映し出されることがあるからだ。

 可能な限り南北・東西と引き離しているが、レーダー電波同士の干渉=つぶし合いは起きている。これも、防衛省に許されている周波数帯が狭いことに起因する。

 「有事の電波」はむろん、「平時の電波」も十分に機能していない。それを問題と思っていない国家は心棒が抜けていると言わざるをえない。(野口裕之)

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