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さぁちゅんです。ただいま脱力中でございます・・・。昨夜遅く、パソコンを立ち上げることができなくなってしまいました。Windows画面が、呼べど叫べど!出てきてくれなくなってしまいました。原因は・・・よくわかりませんが・・・あわてものの私が、電源スイッチを何度も押してしまったからじゃないかと思います。パソコンのメーカー、プロバイダーのサービスセンターに電話で聞いて、ようやくさっき「再セットアップ」とやらが終わりました。パソコンが立ち上がらないのですから、バックアップも当然取れず、まだCD-ROMに焼いてなかった画像なんかもすべて消えてしまいました。お気に入りに入れていたブログのアドレスも全部消えてしまいました。このブログに来てくださった方は、どうか一言でも結構ですのでコメントなど残していただけると、それを頼りに訪問させていただけます。どうぞよろしくお願いいたします~(*^_^*)
2008年02月29日

さぁちゅんです。室町通のお散歩の続きです。「丸竹夷二押御池(まるたけえびすにおしおいけ) 姉三六角蛸錦(あねさんろっかくたこにしき) 四綾仏高松万五条(しあやぶったかまつまんごじょう)」仏の仏光寺通から夷の夷川通まで、歌とは反対にさかのぼって歩きます。室町通を三条まで北上してきました。室町三条を少し上ったところに、こんなステキなレストランを見つけました。「オステリア蒼」というイタリアンレストランのようです。この立派な和風の建物は、呉服店の展示場だったそうです。和と洋がであって、何とも言えない、いい雰囲気になっています。塀の一部が窓のように開いていて、きれいな前庭が見えましたので、勝手に写真を撮らせていただきました。三条通と御池通の2つの大きな通りに挟まれた姉小路には、京都らしい町家がまだけっこう残っています。姉小路室町の東南角にもこんな町家がマンションの間に取り残されたかのようにありました。確か和風の雑貨のお店だったと思います。御池通までやってきました。御池通の両側は大きなビルやマンションが建ち並んでいます。室町通も御池通を過ぎると、車の往来だけは相変わらずの多いですが、ぐんと静かな感じになります。お店の建物自体が骨董品のような(!)和菓子屋さんがありました。ショーウインドには、お干菓子とおひな様の掛け軸が飾られています。お茶席用のお干菓子の有名なお店らしいです。営業車に布をたくさん積み込んでいる最中のお店がありました。看板には「染め」の文字が。染色の会社のようです。室町通には問屋だけではなく、着物の家紋を染めるだけのお店や、染み抜き専門のお店などなど、さまざまな細かい工程をする店がたくさんあります。コチラは、室町二条通の角にある三井越後屋京都本店記念庭園です。三井家の京都進出の本拠地が、この場所だったそうです。京都の本店は、この地に広大な家屋敷を構えていたそうです。さぞかし豪華な屋敷だったことでしょう。よく通るのですが、いつも門が閉まっています。公開されているというわけではないのでしょうか?塀越しに紅梅、白梅がきれいに咲いているのが見えました。こちらのべんがらの町家も呉服の会社になっていました。中では制服姿のOLさんやスーツ姿の男の人たちが忙しく働いておられました。事務室も靴を脱いで上がるようになっているようでした。室町二条を少し上がったところに、こんなかわいらしいパン屋さんがありました。「Clover(クローバー)」という名前のお店のようです。ウィンドをのぞいてみると、素朴でまるい形のパンが主流のようでした。町家と町家の間の路地のず~~っと奥まったところにのれんが見えます。何のお店なのでしょうか?ろうじの奥にしゃれたカンバンがあったりするとこわごわ覗いてみたくなりますね。さぁ、目的の夷川通までやってきました。ただただ、まっすぐ歩いただけですが30分ほどかかります。疲れました~(^_^;)この角を曲がってからの夷川通のお散歩は、次に紹介いたします。
2008年02月28日

さぁちゅんです。今日は、室町通を北上してのお散歩です。「丸竹夷二押御池(まるたけえびすにおしおいけ) 姉三六角蛸錦(あねさんろっかくたこにしき) 四綾仏高松万五条(しあやぶったかまつまんごじょう)」仏の仏光寺通から夷の夷川通まで、歌とは反対にさかのぼって歩きます。室町通は、平安京の室町小路にあたります。北は北山大橋西詰から南は十条通下がるに至る、全長約8.1Km。7月には祇園祭のメインストリートとして数多くの山鉾が立ち並びます。室町通=室町時代と思い浮かべる方が多いかもしれませんが、京都では「室町」と聞けば呉服の問屋街と同義語です。呉服関係を中心にたくさんの会社が軒を並べています。問屋街という特徴は、今も変わることはありませんが、ここ最近はその数も減少し、新しいマンションが建ち並びはじめています。このあたりには詳しくありませんので、あまり細かいご紹介はできません。今回は、ただただ、いっしょに散歩を楽しんでくださいね。雰囲気が伝わるでしょうか?月曜日の午前中でしたので、営業車らしき自動車の往来が激しくて、歩き辛かったです。こちらは室町通蛸薬師の旧明倫小学校です。昭和6(1931)年建築の建物です。京都市の中心部では小学校の統廃合が進み、平成5(1993)年閉校になりました。平成12(2000)年からは京都市芸術センターになっています。京都では戦前には各学区で多額の寄付が集まり、競うようにして豪華な校舎が建てられ、その中でも最も豪華だと言われていたのがこの明倫小学校だそうです。玄関です。「永楽屋」室町店です。四条河原町に本店を持ち、佃煮・和菓子を中心に漬物や珍味なども取り扱うお店です。佃煮の「一と口椎茸」で有名です。町家というより、こんな昭和の香りの建物も多いです。古い家屋の前面にビル風(!?)飾り壁を取り付けてあります。後に瓦屋根がのぞいています。京都の中心部では、こんな風に1階部分の壁を取り除いて、ガレージにしている建物も多く見かけます。耐震性には少々不安を感じますが・・・。室町三条までやってきました。以前に紹介した「松坂牛ワッツ」さんです。また行きたいなぁと思いつつ、あれからまだ行けていません。松坂牛のハンバーグぜひ食べたいです~(*^_^*)三条通を少し上ったあたりに、長い歴史を持ち、今も健在な老舗が2軒あります。コチラは、創業400年を経た綿織物商の老舗である、手拭専門店「永楽屋 細辻伊兵衛商店(株式会社エイラクヤ)」の本店です。モダンな雰囲気の店内には、明治の終わりから昭和初期の図柄を復刻した手拭が並び、 その手拭で作られた手提げバッグや化粧ポーチなども売られています。コチラは創業270年の帯問屋「誉田屋」さん。 ←外灯がステキです!申し訳ありませんが、この辺でいったん切らせて頂きます。室町通のお散歩は次回へと続きます。
2008年02月28日

さぁちゅんです。このブログをスタートして、2年半ほどになります。楽天フォトの使用量がそろそろ75%を越えてきました。ここの容量って50MBらしいんです。最近のデジカメに使うSDカードって1GBとか2GBとかでしょう?これはちょっと、いくらなんでも少ないですよね!ここで知り合った方たちが、画像がいっぱいになって、ドンドンよそのブログに引っ越していかれるので、そのたびにさびしい思いをしてきました。楽天さん!容量増やしてください!!ジャンクフードマニアさんが、キャンペーンを始められたのを見かけたので、私も参加することにしました。
2008年02月27日

さぁちゅんです。この前の日曜日、琵琶湖畔は南部も少々積雪がありました。琵琶湖ホテルの3階のバルコニーからの眺めです。北の方向を見ています。比叡山と比良山が並んで見えるはずなのですが、比良山は雪雲にすっぽり覆われていて、全く見えません。朝から比良山のあたりは吹雪!?だったらしいです。1時間後、比良山も顔を出しました。比叡山に積もった雪もなくなってしまいました。
2008年02月27日

さぁちゅんです。寺町どおりのお散歩の続きです。寺町通を三条通まで南下してきました。三条通から四条通までは、寺町京極商店街で、新京極通と平行しています。三条寺町南東角にすき焼き、牛肉で有名な老舗「三嶋亭」があります。創業明治6年。京都のすき焼きといえば「三嶋亭」でしょう。といっても、何しろ高級店ですから、私はここで「牛の切り落とし」しか買ったことはないんですけどね・・・(^_^;)写真を撮ったのが、お昼前でしたので、お店はまだオープンしたばかりで、人通りもまだまだ少ないです。普段は自転車置き場のようになっている、六角の公園です。ろっくんプラザという名前らしいのですが、誰か知ってました?真ん中のモニュメントの名前らしいです。錦小路までやってきました。高倉通と寺町通間の錦市場は京の台所とよばれ、青果店、鮮魚店、乾物店、惣菜店などが150件も並ぶアーケードで、石畳の狭い通りです。錦市場といえばこの3色のアーケードです。前はもっとビニールテントのような生地のアーケードでしたが、いつの間にかリニューアルされています。以前は食事のできるお店といえば、おうどん屋さんくらいだったのですが、ここ数年の間に、急速に観光化されて、京都の雰囲気を楽しみながらお食事ができるお店が増えました。ところで、年末の錦市場の人出はまさに「殺人的」でした!文字通り、にっちもさっちも行かなくなってしまいました!!お正月用品の買い物客も多くみえているのでしょうが、私たちと同じく、冷やかし専門の観光のお客さんの方が圧倒的に多いように見受けられました。観光されるなら、年末を避けて、午前中がオススメです。後ろに目を向けると、こんな面白い風景を見ることができます。錦天満宮の鳥居の両端が、建物につきささっていますよ。さぁ、そろそろアーケードの終点、四条通です。そのまま、まっすぐ横断歩道を渡ります。寺町京極のアーケードの四条側の入り口を振り返って見ます。ときおり小雪がちらつき、強風が吹きぬける日でしたが、雨風を防げて、京都のきびしい暑さ寒さもしのげるアーケードを歩くのはやはり快適です。
2008年02月26日

さぁちゅんです。寺町どおりのお散歩の続きです。寺町通を御池まで南下してきました。御池通を渡って、寺町アーケードに入ります。御池通から四条通に至る区間は、アーケードの商店街となっています。御池通から三条通までは、寺町専門店街であり、新京極通と平行する三条通から四条通までは、寺町京極商店街です。老舗が並び、お寺の参拝客などもあり、いつも賑わっています。平安京の東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)にあたり、道幅32メートルの、都の東端の大路でしたが、右京の衰退や相次ぐ戦乱等によって京都御所が移転したため、現在は京都御所の東端の通りとなっています。豊臣秀吉による京都改造によって通りの東側に寺院が集められたことからこの名前になりました。織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」で知られる「本能寺」も、この時、現在の中京区元本能寺南町からこの通りに移されました。アーケードに入ってすぐ左側に本能寺があります。伽藍の再建は1592年(天正20年)で、現在の御池通りと京都市役所を含む広大な敷地だったそうです。1788年(天明8年1月)の天明の大火、1864年(元治元年7月)の禁門の変(蛤御門の変)により焼失しています。写真のとおり、本能寺の「能」の字は右側の2つの「ヒ」が「去」のような字に替えられています。これは本能寺が何度も焼き討ちに遭っているため、「『ヒ』(火)が『去』る」という意味で字形を変えているといわれています。御池通から三条通間のアーケードはおととしごろにリニューアルされて、明るくきれいになりました。この古書店はいつからあるのか分かりませんが、とにかく古くからずっとあります。 どちらも趣のある店構えです。このおみやげ屋さんも前にいらっしゃるお店の人と同様に長い歴史がありそうです。私の知る限りでは、ここ30~40年ほとんどみやげ物の種類も変わらないです。アーケード街に突然お寺や神社が現れる!小ぢんまりとしながらも、きちんとした歴史を持っています。商店街に溶け込んでいる風景も楽しいです。平安遷都直後に、大和国(奈良県)矢田寺の別院として満慶上人と閻魔大王の使者(六道珍皇寺の!)小野篁により創建されました。本尊の立像地蔵菩薩は満慶上人が小野篁の橋渡しで冥土へ行き、そこで出会った生身の地蔵菩薩の姿を彫らせたものと伝えられています。本尊・地蔵菩薩は別名「愛の願掛け地蔵」ともいわれ、縁結びのご利益があるそうです。布で出来た手作り感満点の縫いぐるみのお地蔵様で、ここでお守りなどといっしょに500円で売られています。願い事を記してお納めするのです。大阪名物!のかに道楽の動くかにですが、京都にもあります。三条寺町の北西の角でゆーっくりと動いています。大阪!のイメージのかにですが、意外と京都の風景にも溶け込んでいますよ!!
2008年02月25日

さぁちゅんです。革堂を出た後、私たちは寺町通を南下していくことにしました。寺町通(てらまちどおり)は南北の通りの一つで、北は紫明通から南は五条通までです。平安京の東京極大路(ひがしきょうごくおおじ)にあたり、都の東端の大路であったが、右京の衰退や相次ぐ戦乱等によって京都御所が移転したため、現在は京都御所の東端の通りとなっています。丸太町通から御池通までは、古美術店や画廊、古書店などが並ぶ商店街になっています。寺町二条を少し上がったところに、「一保堂茶舗」があります。創業はおよそ290年前の享保2年(1717)。当時はお茶、茶器、陶器などを扱う店でしたが、お茶の品質が評判を呼ぶようになり、およそ160年前に山階宮(やましなのみや)より「茶、一つを保つように」と「一保堂」の屋号を賜ったそうです。いかにも老舗らしい風格のある店構えです。寺町二条の東南角には梶井基次郎の短編小説「檸檬」に登場する果物屋さんが今も店を構えています。中学か高校の教科書にこの短編小説が載っていました。梶井基次郎の「檸檬」はコチラで読むことが出来ます。同じくこの小説に登場する本屋「丸善」は、残念ながら2005年に閉店しました。ただし、当時は三条通麩屋町にあったそうです。さぁちゅんも高校生の頃、読めもしない洋書や、おしゃれな装丁の本を眺めに、よく立ち寄りました。さて、お向かいの北東角には、先月の日記の登場した、おいしいフランス料理の「ブション」があります。こんな感じのおいしくてボリューム満点のランチが食べられます。寺町二条から御池方面を見るとこんな風景です。寺町のアーケードの入り口が、遠くに見えています。写真では人通りが少なそうに見えますが、実際は人も自動車の通行も少なくありません。二条通から御池通までは、少し道が狭くなっています。こんなお店がありました。このあられやさんの店先のショーウインドは、ちょっと懐かしいでしょ?京都のあられやさんは、このスタイルで量り売りをしているお店がまだまだたくさんあります。寺町御池まで来ました。北東角に京都市役所があります。昭和2年建築の建物で、現役の市役所。寺町通から河原町通にかけて建っていて、とにかく東西に長い建物です。とても幅の広い御池通を渡ると、寺町のアーケードがあります。御池通が広いのは、戦時中に火災の延焼を防ぐため、民家を取り壊したからだそうです。知り合いのおばあちゃんが、立ち退きにあって、引っ越さなければならなかったという愚痴を言ってるのを聞いたことがあります。御池通から四条通に至る区間は、アーケードの商店街となっており、日中は車両進入禁止です。御池通から三条通までは、寺町専門店街、新京極通と平行する三条通から四条通までは、寺町京極商店街です。次回は、そのあたりをご紹介していきたいと思っています。
2008年02月24日

さぁちゅんです。前回の日記の「ふじ亭」でのランチの後、お散歩に行くことにしました。竹屋町通を東にずんずん歩いていくと、寺町通で行き止まりになっています。「丸・竹・夷・二・押・御池~♪」の「竹」、「竹屋町通」と南北の「寺町通」の交差する所に「革堂(こうどう)」があります。「革堂(こうどう)」の正式名称は行願寺と言います。西国三十三所めぐりの第19番札所ともなっている知る人ぞ知る寺で、あまり広くは知られていないと思います。私も何度も前は通っているのですが、中に入ったのは初めてです。立て札によると・・・革堂の名前の由来は開基である行円上人がいつも革の衣をまとっていたので、いつしか「革聖(かわひじり)」と呼ばれたことに由来していて、幽霊の絵馬で有名らしいです。では、寺町通を竹屋町通から、南に四条通までいく道すがらの風景を紹介してまいります。
2008年02月24日

さぁちゅんです。昨日の夕方、ももたろうが学校から帰るなり、頭が痛いと言って寝てしまいました。風邪でしょうか!しばらくして、のそのそ起きてきたので、何が食べたいか聞いてみると「親子丼」とのこと。まぁ消化も悪くなさそうだし、作ってしんぜよう!親子丼のレシピは、煮込んだタマネギと鶏肉に溶き卵を乗せて半熟になったところでご飯にかけるという、とても単純なものなのですが、うまく作るのは意外と難しいです!味付けの方は「ちょっとどんぶりうすくち」におまかせするとして(いつもの手抜き!)、やはり玉子の固まり具合が親子丼の命ですね。会心の作が出来たので、ちょっと写真を撮ってみました。どう~?(*^^)v
2008年02月23日

さぁちゅんです。「炊いたん」、ちょっとおばんざい風に言ってみました。油揚げを甘く煮たのが大好きです。きつねうどんやいなりずしにするときみたいに甘辛くしてはいけません。うすあま~く煮てください。炊きたてごはんにぴったりで幸せな気分になります。油揚げは熱湯のなかに入れて30秒くらい油ぬきします。鍋におあげ、うすくち醤油、砂糖、みりん、(和風だし)をいれて20分ほど煮ます。火を止めて、しばらくおいて出来上がり。
2008年02月22日

さぁちゅんです。今日は金曜日。朝から主人はPM6:00から研修会議があるとかで、「なんで夜に仕事なんや!」と、思いっきり不機嫌に出かけていきました。・・・と、それはさておき、さっそく清水~祇園のお散歩の続きです。とうとう清水~祇園のお散歩日記を1週間も引っ張ってしまいました~(^_^;)祇園の花見小路の南のつきあたりにあるのが「建仁寺」です。まずは、北門から入ります。四条通にほど近く、ウィンズなどからもすぐ近くなのですが、境内はひっそりとしたたたずまいのお寺です。祇園の奥座敷といった風情です。今、建仁寺では、本坊の特別公開が行われており、重要文化財の「雲龍図」が特別公開されています。カイゲンのCMで有名な俵屋宗達の「風神雷神図」も建仁寺の所蔵ですが、国宝の本物は京都国立博物館に預けられているらしいです。去年の秋ごろでしたか、NHKの「美の壺」で建仁寺の「○△□の庭」という枯れ山水の庭が取り上げられているのを見ました。ちょっと見てみたいなぁ!興味があります!しかし、さぁちゅん一家は、歩き回った後ですっかり疲れてしまったので、今日は境内を通り抜けさせていただくだけにしました。なので、建物の写真だけご紹介させていただきます。「法堂(はっとう)」「三門(さんもん)」・・・御所を望む楼閣という意味で「望闕楼(ぼうけつろう)」と名づけられているそうです。南に面したの勅旨門を出て、すぐ右手に「摩利支天」があります。イノシシがお使いなのだそうです。 境内にはイノシシがいっぱいです。ももたろうは亥年生まれです。亥年生まれの方はぜひ一度行ってみられてはいかがでしょう!
2008年02月22日

さぁちゅんです。晩ごはんに、スコッチエッグを作りました。ミンチカツの中にゆで玉子が入っています。この切り口がなんともかわいいので、作るたびに写真に撮りたくなっちゃうんです。玉子は高島市の安曇川の湖岸道路沿いの生みたて玉子の直売のお店で買いました。特別にとってもおいしい玉子なんですよ。特にこの玉子は初玉といって若いニワトリが初めて産んだ玉子でとっても小さいんです。SSサイズというところでしょうか。通りかかったときに、これが売ってるのを見つけると、ついこのスコッチエッグが作りたくなっちゃうんです。ゆで卵に小麦粉をつけて、ハンバーグのためで包んで、また小麦粉つけて、溶き玉子つけて、パン粉をつけて、カラッと油で揚げます。ゆで玉子はもう火が通っているので、大きいですが、わりとすぐに揚がります。ソース、ケチャップ、からしを混ぜたソースでいただきました。
2008年02月21日

さぁちゅんです。ボヤ騒ぎも収まり、私たちは八坂神社へ・・・。石塀小路の門(木戸?)を出て右手に行くと、こちらが八坂神社の正門に当たる南大門です。去年12月撮影境内は2月になり、参拝客の姿も少なく、さすがにおちついています。西楼門は去年11月末に修理が終わったばかりでピカピカです。祇園石段下のローソンがこんな地味カラーに変わっていました。市の規制で地味な紺色の看板だったのですが、ますます地味になりましたよ!「いったいなぜ??」ローソンの前から、東大路通越しに八坂神社を振り返って見ます。ここが四条通の終点です。朱色が輝いて見えますね!弥栄中学校の裏を通って、ちょっこっと行くと石畳の広い通りに出ます。弥栄中学校は祇園の真ん中にあり、修行中の舞妓さんたちもこの中学校に通っているらしいです。こちらが仮名手本忠臣蔵にも登場するお茶屋「一力」のある花見小路です。一力は写真を撮っているさぁちゅんの背後にあります。花見小路は三条通から建仁寺まで続く、南北約1kmの祇園のメインストリートです。ここは、休日になると人混みで溢れます。これには少々訳があって、観光客も多いのですが、歌舞練場の隣にWINS(場外馬券売り場)があるせいもあります。祇園甲部の周辺に警備員さんが数多く見られるのは、このWINSの客や車を捌くためです。左手にお城のような建物が見えてきます。これが弥栄会館で、ここの一階にギオンコーナーがあります。 ギオンコーナーは 祇園の伝統芸能を手軽に紹介するために作られたスポットです。私は入ったことがないので詳しくは分かりませんが、茶道・琴・雅楽・狂言・舞妓の京舞・文楽の実演を見る事が出来るそうです。ここに来れば、ほんものの舞妓Haaaanにも確実に出会う事が出来ます。同じ敷地内に「都おどり」が行われる甲部歌舞練場もあります。この通りの南の突き当りに建仁寺があります。建仁寺さんの紹介は次回にするとして、その先にある宮川町の写真を先に紹介させていただきます。宮川筋は鴨川の東、川端通の一本東の小路で、四条通から五条通の短い通りです。祇園界隈の雑踏とは違い、宮川町は観光客が少なく、その分情緒がありますね。京都には現在5つの花街が残っています。上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、そして宮川町です。お昼間なこともあってひっそりして見えますが、この宮川町は舞妓数が祇園甲部に続いて20人以上の大きい花街らしいです。まだまだ、お散歩は続きます。
2008年02月21日

さぁちゅんです。この前の土曜日の清水界隈のお散歩の続きです。清水寺を出るとまず清水坂を下っていきます。 七味屋さんの角を右に曲がると「三年坂(産寧坂)」です。 立派なしだれ桜が見えます。春にはとても美しいです。 ←2006年の4月の写真です。このしだれ桜があるのは、明保野亭と言って、幕末に坂本竜馬ら志士達の会合がしばしば持たれた料亭です。 坂を下りきったところあるお店に、こんな招き猫の人形が売っていました。機嫌の良い時のももたろうの顔にそっくりだと、お父さんが一人でウケていました!(似てるような、似てないような・・・随分かわいすぎるような・・・)少し行って、次はちりめん山椒のお店をまた右に曲がります。 すると、ここが「二年坂(二寧坂)」です。ちょうど工事中のようで、石畳が全部はがされていて歩きにくいです。「三年坂で転ぶと3年以内に死ぬ。」「二年坂で転ぶと2年以内に死ぬ。」と、昔から子供たちに言い伝えられているようですが、もちろんそんなことはありません。どうやら、子供たちが石段、坂道でチョロチョロして転ぶと危ないので気をつけて、ということで言い伝えられたと言うのが真相のようです。・・・といったような事が、二年坂下の立て看板に書いてありました。たくさんのおみやげ屋さん、カフェ、甘味屋さんなどが軒を並べています。ももたろうがお芋のきんつばのお店の人となぜか話し込んでいます。近寄ってみると、きんつばを買おうとしているわけではなく、パッケージに印刷された色んな家紋についてしゃべっていました。 「どんだけ、マニアやねん!」 高台寺の前の道はきれいに整備されていて広々としています。「ねねの道」と呼ばれています。ここの名物は、やはり人力車がたくさん集まっていることでしょう。車夫のお兄さん方が元気よく客引きをされています。高台寺を過ぎたあたりを左に折れると、ももたろうにはぜんぜん似あいませんが、しっとりとした風情の石塀小路です。細い路地を抜けると、八坂神社の横手に出ます。石塀小路を抜けようとしたところ、けたたましいサイレンの音が・・・!あたりには、少し焦げ臭いにおいが漂っています。どうやら、ボヤがあったようです。近所の方も表に出て、皆さん心配そうに見ておられました。すでに消火するまでもなかったのか、特に何も作業をされているような様子はありませんでした。ちょっとびっくりしましたが、大事にならなくてよかったです。お散歩はまだまだ続きます~(*^^)v
2008年02月20日

さぁちゅんです。えんむすびで有名な「地主神社」を紹介いたします。。清水寺の本堂の北側、ちょうど裏あたりにあります。良縁を願う参拝客で賑わっています。建物も比較的新しく、近代的な雰囲気の神社ですが、地主神社の創建は、社伝によると日本の建国以前とされている、歴史の古い神社なのだそうです。階段を上がると大国主命といなばの白うさぎの像が迎えてくれます。 地主神社の本殿前にある「恋占いの石」です。 10メートルほど離れてある2つの石を、目を閉じて一方の石からもう一方の石へ無事に辿り着けば、恋の願いが叶うといわれています。一度でたどりつければ恋の成就も早く、人にアドバイスを受けながら辿り着いた時は人の助けを借りて恋が成就するそうです。 去年でしたか、テレビのドラマの「Anego」に登場していました。篠原涼子さんが恋占いにチャレンジする場面がありました。 恋占いは江戸時代に、すでに流行っていたことが文献に残っているそうですが、恋占いの石は縄文時代の石であることが米国の原子物理学者の研究によって証明されています。さまざまな種類のかわいいお守りが売られています。恋愛に関してのとても細かなニーズにあわせた設定です!ずっといっしょ、恋が見つかる、幸せになる、恋が成就・・・などなど多種多様です。こちらは「おかげ明神」とありましたので、恋が成就したらお礼参りをするのかと思いましたが、ひとつだけお願いを聞いてくださると言う一願成就の神様でした。恋愛の神様と言われる一方で、地主神社にはもうひとつの顔があります。それは・・・「丑の刻まいり」でも有名な神社で、境内には「いのり杉」とも「のろい杉」とも呼ばれる神木があり、昔、午前2時「丑の刻」に相手に見立てたわら人形をこのご神木にくぎで打ちつけ、のろいの願をかけたといわれています。現在も五寸くぎのあとが無数に残っているそうです。さぁちゅんは心霊話は大好きなのですが、怖がりなので、とても見に行けそうにはありません~(^_^;)
2008年02月20日

さぁちゅんです。いつもはただただお散歩しているだけのさぁちゅん一家なのですが、今回はちょろちょろっといろんなところに立ち寄りましたので、週末に撮った残りの写真をボツにするのはちょっと惜しいかなぁと、ボチボチ紹介させていただきます。この前の土曜日、河原町松原の「トラットリアヴィアーレ」でランチをして、そのまま、ずーっと松原通を東に行った突当たりに「清水寺」があります。その途中、大和大路を越えて東大路の手前に「六波羅蜜寺」があります。歓喜踊躍しつつ念仏を唱えた六斎念仏の始祖といわれる空也上人が、疫病平癒のために建立したお寺です。空也上人像で有名なお寺です。鎌倉時代の作です。「京の冬の旅」で現在特別公開中です。唱えた念仏が阿弥陀像になったと言う、この空也像は教科書で見覚えのある方が多いのではないでしょうか?「一願石」です。石に文字が書いてあり、金文字から三回くるくる回します。さぁ、ももたろうは何をお願いしたのかな?きっと食べ物のことだね!このあたりは「六道の辻」と呼ばれ、平安時代のころには、「風葬」と言うと聞こえがいいのですが、都中の人が死人をただ捨てに来る場所でした。空也上人はそんな死人を集めてきて焼き、供養をされていたそうです。江戸時代初期までは「髑髏(どくろ)町」という地名でした。その後「轆轤(ろくろ)町」と改称されています。そんな場所に邸を構えたのは、平清盛のお爺さんにあたる、平正盛です。平安時代の武士というのは、こんなところにしか屋敷を持てないというほどのひどい扱いだったのですね。境内には平清盛の墓もあります。あの世とこの世の境であったこの地には、あの世にまつわる昔話が残されています。ここからほんの数十メートルのところに、小野篁が閻魔大王の秘書をしに冥土に通った井戸のある「六道珍皇寺」もあります。ここも「京の冬の旅」で現在特別公開中です。こちらは落語で有名な「幽霊の子育飴」のお店「みなとや」さんです。 大袋500円、小袋300円です。毎晩、一文銭を持って飴を買いにやってくる女の人がいました。毎晩やってくる女性を不思議に思って、店の者が後をつけると、そこは高台寺の墓地。墓地で赤ん坊の泣き声がするので堀りおこしてみると、死んだ母親から生まれた子が元気に泣いていました。落語では、高台寺(こうだいじ)つまり、子を大事(こおだいじ)というのがオチです。そんな話から「幽霊飴」という名前になり、今は「子育飴」というようになったそうです。水飴を固めた飴で、べっこう飴よりもずっと味を薄くした感じです。中の飴は帰ってから写真に撮ろうと思っていたのですが、ももたろうが全部食べてしまっていました!麦芽糖って一度にたくさん食べたらお腹こわすんじゃないの!?<みなとや 幽霊子育飴本舗>京都市東山区大和大路東入ル轆轤町8010:30~16:00 不定休
2008年02月19日

さぁちゅんです。この前の土曜日、イタリアンのランチを食べた後、レストランの大きな窓からくっきり見える清水寺に吸い寄せられて、清水までお散歩に行くことになりました。これが「清水の舞台」で知られる本堂です。この景色、テレビや写真でよく見かけます。でも考えてみると、さぁちゅんは清水寺に入ったのは、かれこれ四半世紀ぶりのことです。主人も子供のときに行って以来、入ったことがないとのことです。ももたろうは今回が初めてです。近くまではしょっちゅう行くのに、わざわざ清水寺に入ったことはなかったのでした。拝観料は大人300円、小中学生200円です。(他の観光寺院と比べると安いです!)おみやげ屋さんの並ぶ清水坂を上って行きます。昔ながらに八つ橋や清水焼のお店が並んでいますが、あたらしい八つ橋シュークリームや八つ橋ソフトなども人気のようです。坂を上りきると仁王門が、修理されたばかりで朱色がまばゆいくらいです。清水寺を見に来る観光客はとてもインターナショナルです。韓国語、中国語、英語などなど、さまざまな言葉が飛び交っていました。日本語を話している人が、むしろ少ないくらいでは?と思うほどでした。さすがに世界遺産ですね!いままで、どうして入る機会がなかったのかと残念に思うほど、ゆっくりと楽しめる場所でした。境内の桜の木が赤みをおびてきていて、桜の季節を期待させます。桜が咲いたら、人波をかき分けかき分けぜひまた行ってみたいと思います。
2008年02月17日

さぁちゅんです。お祭りでもないのに、夕方、母が「ばら寿司」を作って持ってきてくれました。「ちらし寿司」ともいいますね?いえいえ、これはやっぱり「ばら寿司」です。「ず」にアクセントです。具は、かんぴょう、かまぼこ、にんじんを細かく刻んで薄甘く炊いたものと、寿司酢につけたちりめんじゃこです。錦糸卵と、甘辛に煮た干ししいたけと、紅しょうがのみじん切り少々をトッピングします。「ちらし寿司」は、海老とかカニとかイクラとかのっけてあるようなイメージがあるんですが、どうなんでしょう?!子供の頃、ひな祭りのときなどに祖母が作ってくれる「ばら寿司」が大好物でした。小さい頃はふだんは小食な子だったのに、必ず3杯もお替りするくらい食べていました。ももたろうも主人もこの手のおすしが好きではないのでなかなか口にする機会がありません。今日は蒸し寿司にして食べました。レンジでチンですけどね!
2008年02月15日

さぁちゅんです。おはようございます~長々と連休の旅行のお話が続いておりますが、もう少々お付き合いくださいませ。マラソン大会のせいで犬山城に入れなかったさぁちゅん一家は、そのまま「明治村」にむかいました。「明治村」は明治時代の建築物を中心に価値のある建物を日本全国から移築した広大なテーマパーク博物館です。道路は積雪があり、明治村に続く坂道の脇には、大破した軽自動車がそのままになってます。スリップしたのでしょうか!明治村に着いてみると、園内は相当な積雪があるようで、まだSLやチンチン電車は動いていませんでしたが、雪がなくなれば通常通り運転されるとのことでしたので、一日乗車券の付いたチケットを買って入場しました。「1日乗車券つき入村券」大人1人2,200円、小・中学生1人1,000円雪用の靴を履いていくことにします。雪景色を楽しみつつ、ザクザク雪を踏みながらまわることにしましょう。「三重県尋常師範学校・蔵持小学校」旧所在地 三重県名張市蔵持 明治21年(1888)建築。明治時代の小学校です。おしゃれな洋風で白い壁が美しい外観です。中に入ってみましょう。机やいすが木製だということ以外には今と変わらない風景だったのですね。「聖ヨハネ教会堂」《重要文化財》旧所在地 京都市下京区河原町通五条 明治40年(1907)建築。1階がレンガ造り、2階が木造になっていて、入り口のアーチが美しいです。まるで中世ヨーロッパの街角に建つ教会のようです。「学習院長官舎」旧所在地 東京都豊島区目白 明治42年(1909)建築当時の学習院長は陸軍大将乃木希典でした。洋風和風どちらの要素も取り入れられていて、こじんまりとした家です。「西郷從道(西郷隆盛の弟)邸」旧所在地 東京都目黒区上目黒 明治10年(1877)代はじめ建築。西郷從道は、陸・海軍、農商務、内務等の大臣を歴任、維新政府の中枢に居た人物で、豪華なこの建物は外交の場ともなっていたようです。豪華な内部もお見せしましょう。当時のテーブルセットに座って、じかに手に触れることもできます。「森鴎外・夏目漱石住宅」《旧東京都旧跡》旧所在地 東京都文京区千駄木町 明治20年(1887)頃建築。明治23年森鴎外が借り一年余りを過ごし、明治36年(1903)から同39年までは夏目漱石が借りて住んでいた家です。鴎外は、ここに移り住む同じ年の1月、「舞姫」を発表、この家では「文づかひ」等の小説を執筆しました。約10年遅れてこの家に住んだ漱石は、ここで「吾輩は猫である」を発表しました。縁側には猫の姿も・・・!前を通ると「吾輩は猫である。名前はまだない。・・・・」とお話してくれます。ここでなんと!アクシデントが発生!さぁちゅんのケータイ兼デジカメの電池がきれてしまいました!ももたろうの写メを借りてご紹介を続けます・・・(^_^;)チンチン電車とSLが動き出しましたので、村の一番奥まで移動することにします。「京都市電」創業明治28年(1895)。明治村では明治43年~44年にかけて製造された車両を使用。さぁちゅんが小さい頃には、まだこんな市電が走ってました。↓(画像はコチラより借用)続いて、SLに乗り換えます。「尾西鉄道蒸気機関車1号」明治30年(1897)アメリカ ブルックス社製造。明治村の雪景色を眼下に眺めながら、山沿いを走り抜けます。とってもいい気持ちです。SLを降りると、20世紀建築界の巨匠、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトによって設計されたこんなステキな建物があります。「帝国ホテル中央玄関」旧所在地 東京都千代田区内幸町 大正12年(1923)建築。タイル、レンガ、窓のステンドグラス、どれをとって見ても大変細かい細工が施されています。掃除しにくいやろなぁ~!と所帯じみたことを考えるのは私だけでしょうか?中では喫茶室が営業されていました。丘の上に見えるのは「内閣文庫」と「川崎銀行本店」です。「内閣文庫」旧所在地 東京都千代田区千代田 明治44年(1911)建築。「川崎銀行(日本信託銀行の前身)本店」旧所在地 東京都中央区日本橋 昭和2年(1927)建築。「金沢監獄正門」旧所在地 石川県金沢市小立野 明治40年(1907)建築。監獄の門というだけあって、いかめしい感じですが、レンガ造りで美しいです。金沢監獄は近代的な監獄制度の規範に沿ってつくられました。 「聖ザビエル天主堂」旧所在地 京都市中京区河原町三條 明治23年(1890)建築。真っ白な美しい教会です。この教会で結婚式が出来るのだそうです。この日は、学生さん達でしょうか、歌のコンサートをされていました。中は色とりどりのステンドグラスととおして日がさして幻想的な雰囲気です。西園寺公望別邸「坐漁荘」旧所在地 静岡県清水市興津町 大正9年(1920)建築 我が国の元勲と呼ばれる西園寺公望が正解を退いた後、約30年間を過ごしたお屋敷です。ここは、明治村の中でも唯一、庭ごと移築されています。名のとおり、ゆっくり釣りでもしてすごそうと建てられたのですが、実際には政治上の訪問者が絶えなかったということです。 建物のセキュリティーは万全で防犯ベルが各部屋に備えられ、窓にはすべて侵入を防ぐ鉄格子がはめられています。座敷前の廊下は立ち聞きされないように、うぐいす張りの廊下になっています。「北里先生、これはいかがでしょう?」「北里研究所本館・医学館」旧所在地 東京都港区白金 大正4年(1915)建築。日本の細菌学の先駆者北里柴三郎が大正4年(1915)芝白金三光町に建てた研究所の本館の内部です。ももたろうが、白衣を借りて遊んでいます。つかれました~明治村に入村して、6時間経過です!雪もすっかり解けました。一日ゆっくり、村内はほぼ全部見てまわりましたよ。あとはおみやげでも見て、そろそろ帰路に着くといたしましょう。たのしかったぁ~長々となってしまい申し訳ありません。次回は「明治村」のランチをUPします。もう一回だけ、さぁちゅん一家の旅におつきあい願いま~す。 よろしければ「名古屋旅行の日記」その1、その2、その3、その4、その5、明治村のランチ編もご覧くださいね。
2008年02月15日

さぁちゅんです。ももたろう日記の時代から、ずっとお付き合いいただいている柳井なでしこさんのブログの「なでしこスイーツ」のプレゼント企画の生チョコプレゼントに当選しました~♪柳井なでしこさんは英語の先生で、イラストレーターも、「なでしこスイーツ」もされている「2足のわらじ」どころか3足も4足もという、才能いっぱいのステキな方です。たった今、宅配便で受け取ったばかりです。びっくりしすぎて、心臓バクバクしています。皆さんにもご披露いたします~♪さすがに趣味のいいラッピングでステキ~ではでは、開けてみますよ~。ずっしり重いですよ。かわいいピックが添えられています。チョコのいい香りです~今はここまで!にして、冷蔵庫にしまいます。あとでじ~っくり、家族みんなでちょうだいいたします。なでしこさん、ほんとにありがとうございました~
2008年02月14日

さぁちゅんです。さて、旅行2日目です。積雪は残っていますが、朝からいいお天気です。犬山城が9時半からオープンということなので、お城に向けて出発です。宿から犬山城は車で10分くらいの距離にあるようです。見えてきました見えてきました!でも・・・明らかに、何だか、様子がおかしいです。お城付近には警察や警備らしき方がズラッと並んでいます。お城の駐車場に到着してみると、進入禁止の看板が・・・看板の前にいた警備の方に聞いてみると、一帯でマラソンが行われるので、な、なんと今日は入れないとのこと!この雪の中、よりにもよって、なぜ今日!マラソンなんですかぁ~ももたろうによると現存する最古の城で、織田信長のお父さんのお城だったということで、歴史マニアももたろうはここに行くのをものすごく楽しみにしてたので、はげしくガッカリしていました。犬山城の入り口まで行きながら、さぁちゅんは雪道の運転に必死で、その上マラソンに来たらしき後続車の列にあせって、写真の1枚も撮ることができませんでした。またいつでも来れるからと、ももたろうをなだめて、雪道を「明治村」に向かいます。本当に気候のいい季節に必ず行きたいです。旅はまだまだ続きます~。 よろしければ「名古屋旅行の日記」その1、その2、その3、その4、その6、明治村のランチ編もご覧くださいね。
2008年02月14日

さぁちゅんです。積雪の中、名古屋を出発したさぁちゅん一家は、一路、今晩のお宿のある犬山にむかいます。名古屋市内は、予想通り、大渋滞です。カーナビでは到着予定時間は約30分後となっていますが、さぁどのくらいかかりますことやら・・・。愛知県の道路は広いですね!片側3車線4車線は当たり前です。でも右折レーン・左折レーンに自然に入っていくように出来ているので、気を抜いていると、望まない方向に行かざるを得ない状況に陥ってしまいます・・・。少々道路の方向指示の標識も少なめのように感じました。出発して1時間半、ようやく犬山市に到着しました。国民年金の宿「サンパーク犬山」に泊まりました。犬山の日本モンキーパークのすぐ近くにあります。随分前からある施設で、こちら方面に行くときにはなんども利用しています。何といっても、1泊2食付約7,000円ととってもお安いです。小学生は6,000円弱で、今回も支払いが一家3人で飲食の追加も入れて2万円におつりがありました。安い~古~い観光ホテルに泊まると、古びて薄汚れててげんなりすることがあるのですが、その点、こちらは施設もちょくちょく手が入ってるようで、こぎれいで清潔で広々しててダンゼンいいです。到着したときには6時過ぎで、すっかり暗くなっていましたので、次の朝、出発するときに撮りました。3階の玄関のちょうど真上の部屋に泊まっていました。10畳くらい(?)の座敷に、縁側とトイレ洗面所が付いています。部屋は畳も壁もまだ真新しい感じでした。お風呂も泊まっている人数からすれば広めで、ジャグジーになっています。私が入ったときは、独り占め状態でした。 (この写真はもちろん私が撮った訳ではなくホームページから借用しました。)さて、1階のレストランで夕食です。こちらは大人のセットの夕食で1,800円です。(1泊2食付の料金に含まれています)これに赤出汁と茶碗蒸し、果物が付いていました。単品料理の追加、お料理の内容のUPも出来ます。と、言っても、私たちは十分お腹一杯になりました。こちらは小学生用の定食です。お値段は同じく1,800円です。(写真はホームページから借用)これがすごいボリュームで、どう見ても、大人用よりも多いくらいです。ももたろうでも、完食するのがちょっと苦しいくらいの量でした。でも、どのお料理もこちらの手作りらしく、とてもおいしくいただきました。主人がビールの大瓶をオーダーしましたが、なんと500円!!ありがたやありがたや~♪これまた、すごく安いですよね!部屋に自由に使える冷蔵庫が備えてあるので、自販機で色々買い込んで行って、主人は一杯やっていました。私はまたまた貸しきり状態でお風呂にゆっくり入って、マッサージチェアーをゆっくり使ってリラックスしました。だって、朝からずっと高速道路を運転して、雪道の渋滞もこなし、それにいろいろ歩き回ったし、疲れたんですもん・・・(^_^;)3人とも、朝、またお風呂に入りました。(私は3回目だぁ~♪)朝食は昔ながらの旅館の朝ごはんメニューです。コーヒー・紅茶はセルフになっています。しっかり腹ごしらえをして出発しま~す! よろしければ「名古屋旅行の日記」その1、その2、その3、その5、その6、明治村のランチ編もご覧くださいね。
2008年02月13日

さぁちゅんです。名古屋旅行の第3段です。雪の中、やっと!徳川美術館に到着しました。普段なら、トヨタ博物館から車でおそらく15分ほどの距離だろうと思うのですが、雪のために大渋滞で1時間もかかってしまいました。美術館の前の公園もすっかり雪景色です。誰かが作った雪だるまがいましたが、雪だるまの上にもう雪が積もっています。雪靴の用意をしていって、本当によかったです。雪がふかくて地面がどんな様子なのかもまったく分かりません。片隅に寒ぼたんが咲いていました。今日ほどわらの囲いがありがたいことはないでしょう。徳川美術館はこちらです。入館料は大人1,200円、小学生は無料でした。驚いたことに、こちらの美術館は私立の美術館です。尾張徳川家がどれほどの財力を持っていたのかが分かります。残念ながら、この館の目玉「国宝 源氏物語絵巻」は印刷の物しか展示されていませんでした。徳川家の雛人形の企画展があり、豪華な雛人形やお道具がたくさん展示されていました。じっくり館内を見ていると、あっという間に夕方になってしまいました。歴史マニアのももたろうは、徳川家康が戦に破れたときに悔しさを忘れないために特別にしかめっ面で描かせた「家康しかみ像」の下敷きや、葵の紋のストラップを買ってご満悦の様子です。「家康しかみ像」道路は大渋滞ですが、名古屋の近郊の犬山市の今日のお宿にむかうといたしましょう。まだまだ旅はつづきます・・・(*^^)v よろしければ「名古屋旅行の日記」その1、その2、その4、その5、その6、明治村のランチ編もご覧くださいね。
2008年02月12日

さぁちゅんです。いよいよ名古屋に到着です。まだ雪は降り出していませんが、天気予報では雪らしいので、箱物中心に観光することにしました。名古屋市内を抜けて長久手町に入ります。雪がチラチラとちらついてきました。歴史マニアのももたろうを連れての旅行ですから、やはり「長久手古戦場」は外せません。資料館も見学しました。ごくコンパクトサイズの建物で、入館は無料です。資料館の1階は喫茶店のようなおうどん屋さんのようなお店になっていて、ご近所のおじいちゃんたちの憩いの場になっているようでした。次はここからほんの数百メートルのところにあるトヨタ博物館に行きました。我が家は誰も車好きの人間はいないので、雪が降ってきていなかったら、行く機会はなかったかもしれませんが、これも何かのご縁です。大人1,000円、小学生400円を払って入館しました。エスカレーターで2階に上がっていくと、ちょうどガイドツアーが始まったばかりでした。私たちもツアーに加わってついていくことにしました。ものすごく古いのに今にも走りそうなクラシックカーがズラリと並んでいます。確かこちらは電気自動車だったような・・・??一生懸命(!?)聞いていたのですが、細かいことは覚えられませんでした~(^_^;)こちらは昭和30年代~40年代に日本で走っていた、オジサマ方には懐かしの実用車たちです。真ん中のオレンジ色の自動車です。昭和36年発売の「トヨタ・パブリカ」という自動車です。子供の頃、まだ走ってたような気がするなぁ~自動車について何の知識もないさぁちゅん一家もガイドツアーのおかげで楽しく見学することが出来ました。さぁ!そろそろランチタイムにいたしましょう~♪館内のレストランに入りました。12時前でしたので、まだ先客は1人だけでした。だいたい1,000円台でランチが出来ます。私は「企画展ランチ」1,260円をオーダーしました。企画展のテーマにあわせてメニューが変わるようです。今日のメインはビーフシチューのパスタ添えでした。お肉は少し固めでしたが、お味はおいしかったです。ももたろうだけは有頭海老のフライランチ1,300円をオーダーしました。海老を頭からまるごとおいしそうに食べていました。サラダとカップスープとコーヒーがついています。窓の外は雪が降ってきましたよ。まだ見ていない展示とおみやげなどをゆっくりと見て、次の目的地「徳川美術館」にむかいます。雪がすごく降ってきました~!ココはドコ??っていう感じです。この写真ではまだ道路に雪はありませんが、見る見るうちに積もっていき、道は大渋滞になっていきました。まだまだ旅は続きます~(*^^)vよろしければ「名古屋旅行の日記」その1、その3、その4、その5、その6、明治村のランチ編もご覧くださいね。
2008年02月12日

さぁちゅんです。3連休の土日に、車で名古屋方面に旅行に行ってきました。何回かに分けて旅行記をUPしていきたいと思います。出発したときは曇りでしたが、名古屋に到着した頃から、ドンドン雪が積もりはじめて、昼ごろには大雪になってしまいました。さぁちゅんの親戚が名古屋近郊に住んでいるので、子供の頃から何度もこちら方面に行ったことがありますが、こんなに積もるほどの雪が降ったのを見たのははじめてです。わざわざ我が家が旅行に行く日に降らなくてもいいのに!東山動物園の近くの写真です。この写真は、まだ降りはじめなので道路に雪はありませんが、ほんの30分もするうちに道路にもドンドン積もっていきました。名古屋市内では道路にも雪が積もり、ほとんどの車がノーマルタイヤでツルツル滑りながらノロノロ運転で、どこもかしこも大渋滞になっていました1日目は天気予報を見て、日程を箱物中心の観光に変更しました。「トヨタ博物館」と「徳川美術館」に行きました。「トヨタ博物館」はトンカツさんが、美しいお写真とともに、とても詳しく紹介されています。2日目は雪は残っていたものの、いいお天気になり、犬山市の「明治村」に行きました。 朝7時に自宅を出発愛知県に行くときは、いつもは名神高速を利用して行くのですが、関ヶ原付近の積雪・凍結を用心して、少し遠回りかもしれませんが、初めて三重県まわりで名阪国道から東名阪自動車道を利用していきました。出発して1時間半、東名阪道の亀山パーキングエリア(上り)で朝ごはん休憩をとりました。さぁちゅんと主人は焼きたてパンと、ももたろうは「松坂牛牛丼」をいただきました。こちらの牛丼にはこんな紹介文が添えられています。『注文後に1人前ずつ調理する手間もコストもかかった逸品。松阪牛100%を使った牛丼界のサラブレッド。薄利覚悟での販売決意により750円という値段を実現。ゆえに、1日25食の限定販売はご了承あれ。甘辛のタレと、濃厚な肉の旨みが、ホカホカの米にベストマッチ!』こんなの見たら、朝ごはんにだってオーダーせずにはいられないですね!ももたろういわく、「そこらの牛丼とはレベルが違うおいしさ!」とのことです。焼きたてパンの方も、まだ温かいほどの出来立てでとてもおいしかったです。では、再び出発しますいよいよ名古屋に到着します。次回は名古屋での様子を紹介いたします。よろしければ「名古屋旅行の日記」その2、その3、その4、その5、その6もご覧くださいね。
2008年02月12日

さぁちゅんです。晩ごはんのメニュー、前々回の日記で書きましたように、ミニ牛丼を試作してみたところ、少々オージービーフの匂いが気になって、どうしようか悩みましたが、結局、初志貫徹(!)牛丼を作りました。ためしに牛肉に日本酒とハチミツをもみこんでおきました。・・・お肉のいやな匂いがすっかり消えていました!!大成功です~もちろん牛肉は和牛じゃないと!なんて贅沢を言っているわけではないんですよ。でも、特に輸入肉を和食系に使うときはちょっとお肉の匂いが気になることがあります。ハチミツがよかったのか、日本酒が効いたのか、それとも、相乗効果なのかもしれません。我が家はステーキ用のオージービーフをよく買うのですが、ハチミツを塗って一晩置けば、すごくおいしく変身してくれます。この方法は、絶対いいですよ!どうぞお試しください!!これからは、ハチミツ塗りを薄切り肉にも実行しようと思います。
2008年02月07日

さぁちゅんです。お昼過ぎ、銀行に行った帰りに撮った琵琶湖の写真です。水の色が冬らしい暗い色になっています。正面に見えるのが比叡山です。きれいに雪化粧をしています。肉眼では山頂までくっきり見えました。右手に比良山が見えるはずなのですが、雲が覆っていて全く見えません。家の中にいるとポカポカで小春日和だと思っていたのですが、北の方には冬の雲がかかっている様子がよく分かります。雲の中は吹雪なのかもしれません。夕方になって、窓の外もだいぶ厚い雲がかかってきました。天気予報では夜には雪になるそうです。
2008年02月07日

さぁちゅんです。きのう、ももたろうが小学校のスキー教室に行きました。学校に7時集合で、バスで滋賀県の北部にあるマキノスキー場に行きました。「いっぱいすべれた~♪」と、夕方には大喜びで帰ってきました。とっても楽しかったようです~ももたろうの学校では5、6年生がスキー教室に行くことになっているのですが、去年は暖冬で中止でしたので、ももたろうにとっては今年が初めての参加です。ももたろうが、小学2年生のころ、同じく県内の箱館山スキー場に、私が一人でスキーに連れて行ってやったことがあるのですが、そのころは、ももたろうにはスキーやってみたいという気持ちがまったくなかったようで、反応はイマイチで、スキー板をはずして、自分でかついで斜面を歩いて降りてきたのにはびっくりしました。そのころから力持ちのももたろうなのでした!その後は、ボーイスカウトで2度ほどスキーに連れて行ってもらっていましたが、あまり好きにはなれないようでした。今回は、リフトがなくて、全員、自力でカニ歩きで登って、滑っていたようです。そんなこと、わたしにはムリです!!でも、みんなで競争したりして、すごく面白かったんですって!!ももたろうの担任の先生はとってもほめ上手!きっと子供たちをいっぱいいっぱいほめてくださったのでしょう~♪ありがとうございました!今まで着ていたももたろうのスキーウェアは、去年の段階ですでにまったく入らなくなってしまっていて、今年は私のウェアを着ていきました。生意気にも(!)ズボン丈が少々短めでしたが、何とか着られたので今年は買わずに済ませました。私の若かりしころ(スキー全盛の頃です)には、ウェアはすごく高かったです。たしか、3~4万はしたような・・・。でも今はずいぶんお手ごろに買えるようになりましたよね!この写真のウェアは5~6年前に、上下セットで7,000円くらいだったと思います。中学でもスキー教室に行くのかどうかは知らないのですが、来年はもう買わなくちゃダメでしょうね!まだまだ足が伸びる・・・。
2008年02月06日

さぁちゅんです。おはようございます。いなりずし、からあげ、海老の煮物茹でアスパラ、手まり餅今日は日帰りで、ももたろうの小学校のスキー教室があります。AM7時に学校に集合なので6時半過ぎにバタバタと出て行きました。バスで滋賀県の北部の高島市マキノのマキノスキー場に行きます。ももたろうの学校では毎年マキノスキー場でスキー教室があるのですが、毎年雪が少なくて中止になってばかりです。ももたろうも6年生で初めてのスキー教室となりました。他のスキー場でやってくれれば機会も増えると思うのですが、どういうわけか行き先は固定のようです。今日もスキー場の雪は少ないようなのですが、何とか実施することになったようです。スキーは出来なかったとしても、雪遊びくらいは出来るでしょう!スキー教室のしおりに「お弁当(多めに)」と書いてありましたので、しっかりどっかり詰めました。寒い中で食べるのに、白ご飯は食べにくいかと思っていなりずしにして、それを6個も詰めました。からあげも大き目を5個入れました。こんなもんでどうでしょう?!
2008年02月05日

さぁちゅんです。今日は節分です。我が家では豆まきはしてないのですが、ようやく去年から太巻きデビューいたしました。今年も太巻きを恵方に向いて食べましたよ~今日は節分会でにぎわう壬生寺に行って来ました。朝、大津でうっすらと雪がありましたが、京都に着いたころには雨に変わっていました。去年の節分も壬生寺に行きました。そのときの様子はコチラのももたろうの日記をぜひご覧ください。残念な事に去年のこの日記がももたろうの小学生日記の最終となっていますではでは、今日の壬生寺の様子を・・・。四条通から坊城を南に折れると、細い道にびっしりと屋台が並んでいます。 去年、来たときは人でびっしりという感じだったと思うのですが、今年はお天気が悪いせいか余裕で歩けます。屋台のおいしそうなにおいが辺り一面に充満していますよ。山門の中にも、屋台がたくさん出ています。壬生寺の境内には、ももたろうの好きな新選組のお墓もありますが、そちらはまた次回という事で、今日はお地蔵様におまいりすることにいたしましょう。壬生といえば・・・やはり新選組ですね!新選組の屯所となっていた前川家、八木家が今もそのまま残っています。こちら↓が前川家です。前川家の子孫の方が、今もこのお屋敷に住んでいらっしゃいます。休日だけお土産の販売をされています。ももたろうの好きそうな物がい~っぱいです!こちら↓は八木家です。このお宅は、坊城通に面した別棟で和菓子屋さんをされています。この時期だけ、特別にお屋敷の内部を公開されています。この屋敷で芹沢鴨らが暗殺され、柱などにその時の刀傷が今も残っています。去年、見学させていただきましたので、今年はここまでにいたします。節分がちょうど週末の休日にあたるのはもう何年後になるのでしょうか?親子3人そろって、いつかまた節分に行きたいなぁと思います。壬生寺の地図はこちらです↓壬生寺のホームページ
2008年02月03日

さぁちゅんです。朝起きてみたら、雪です。道路がじゃりじゃりシャーベットみたいになっています。
2008年02月03日
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