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このところはっきりしない天気が続いています。寒くなったり雨が多かったり....春というのになんだかスイスイいきません。ネパールでポカラ滞在中にチベット村まで歩いた時もなかなかスイスイとはいきませんでした。寄り道をしたり、思わぬ出会いがあったりもしました。スイスイとはいかなくてもなんだか心に残る1日でした。タシリン・チベット村まで歩きましたポカラについて2日目、朝食を済ませフェワ湖のほとりでちょっとお散歩。水汲み場では奥さん方が井戸端会議をしながら水を汲んでいました。道沿いにいくつか湧水や井戸の水汲み場があります。個々の家庭には上水がすべては行き渡っていないのでしょう。湖畔には何人も人が出ていてそれぞれに楽しんでいるようです。ジャグリングをしているのは外国人でしょうか。カメラとジャグラーのあいだを荷車を押した少年たちが横切りました。ブレスレットを荷車に乗せて売っている子どもたちです。男性たちがピンポンをしています。この人たちはネイティブのようです。ピンポンの向こうではチェスをしている男性たちもいました。働いている子どもがいるのに大人が遊んでいる....と複雑な気持ちになりました。チェスをしている人たちを撮っていると少年が興味深げに寄ってきました。ビデオカメラで彼を撮影し見せてあげると、自分を見てとても驚いていました。道路の反対側では商店が店開きをし、学生たちは登校します。9時頃でした。うろうろして少しお腹がすいたので露天でサモサとシシカバブを買いました。この日はダムサイドからその先のチベット村に歩いていくので腹ごしらえです。サモサはその場であげてくれますし、シシカバブも焼きたてです。この露店をやっているとイエムさんとは後々ずいぶんと仲良くなりました。しっかりお腹をいっぱいにして湖畔の広場からチベット街道を歩いて行きました。この道はインドとチベットを結ぶ通商路だったそうです。昔は石畳が敷かれ、街道沿いには菩提樹が植えられました。大きな菩提樹の周りには四角い石が積んであり、旅人はそこで休んだといいます。しばらく行くと昔は王宮の一部で今は一般に公開されている「ポカラ駒ヶ根友好公園」にさしかかりました。長野県の駒ヶ根とポカラは2001年4月に国際友好都市協定を結んでいるのだそうです。この中を突っ切っていけばダムサイドまでは近道なのですが街道を行きました。するとおばあさんに声をかけられました。何を言っているのかはよく分からなかったのですが、どうも煙草をくれないかと言っているらしかったです。煙草とお酒はネパール人にとってはぜいたく品であるようです。サヒド・チョークという交差点で迷いそうになり青年に道を尋ねました。丁寧にチベット村までの生きかたを教えてくれた上に、果物を買おうとすると果物売りと交渉して少し安くしてもらえました。通勤途中であったようですがとても親切でした。バナナ2つ、りんごとスイートオレンジを一つづつ買って90ルピー(100円弱)。サヒド・チョークの交差点を過ぎると観光地という感じではなくなり、普通の家や店がしばらく続いていました。水を買おうと雑貨店に入ってご主人にいろいろ聞いてみました。もちろん物の値段です。卵は一個7ルピー、トマトは1キロ60ルピー、カリフラワーは1個80でケチャップは45~50、お茶は65ルピーで水は25ルピーでした。ざっと言って1ルピー1円なのでまあ安いと感じますが本当は?とも思いました。観光客相手の値段と地元の人が買う値段はおそらく違うはずですから。しばらく行くとまた湖が見えてきてそこがダムのあるダムサイドでした。プラスチックごみなどがあってちょっとがっかりの景観です。帰りはここからボートに乗ってレイクサイドまで戻ろうと考え、ボートの漕ぎ手がたむろしている公園に行き交渉しました。500ルピーで漕ぎ手付き、時間無制限で交渉成立。帰りは歩かないで済みます。チベット村に行く前にバタレ・チャンゴ(デビーズ・フォール)という滝とシバ寺院のある洞窟に寄ろうと考えていました。バス通りを歩いてきたのですが、ほこりっぽくいささか疲れてきました。疲れてくると不安になるものですね。この道でいいのかお巡りさん(兵隊さん?)に聞いて確認、あと10分ときいて安心しました。木陰で水を飲んで休んでいると床屋さんが目にとまりました。ずいぶんとオープンな店構えで面白かったです。いよいよフェワ湖から流れ出る川の水が地中に吸い込まれているという不思議な滝の入口にやってきました。スイス人の女性、DAVIさんが落ちたのでデビーズ・フォールと呼ばれています。入場ゲートの手前にはたくさんの土産物屋が並んでいました。何かに呼ばれたのでしょうか、ふらふらと一軒の店の中に入っていってしまいました。最初に目についたのはこれです。中心の黒い部分(目)がジーストーン(天珠)でターコイズが散りばめられています。赤いのは珊瑚で、裏には鹿や花が浮き彫りになっています。ジーストーンとはチベットやネパールで出土する1000年くらい前に人工的に処理された石のことで魅力があります。トンボ石よりも優しく感じられるので一つは欲しいと思っていました。値段を聞くと2000ルピーだということです。あんまりたくさんはお金を持ってきていなかったので悩みました。それにこのプルバ。チベットの法具のひとつで結界を張り魔除けになります。念を送るのにもつかわれるそうで一つは欲しいと思っていました。日本では1万円近くすると思われるものが2500ルピーでした。骨董品ではない新作のもの(左側)は500ルピーです。ドルジェ(バジュラ)もありました。日本でいう金剛杵です。店主と話が弾みいろいろ見せてもらいました。彼がチャームボックスといったこのお守りもアンティークです。真中に女神があり、その周りに「オム・マニ・ぺ・メ・フム」の梵字が見えます。これは旅人や戦士が身に付けるお守りで、戦闘の時にも身を守ると言われているそうです。これもめちゃめちゃほしくなってしまいました。そのほかの装身具も心くすぐられました。トパーズ、ターコイズ、エメラルド、ラピスラズリ、水晶、オニキス...様々な天然石を使ったブレスレットやピアスもありました。下の画像左はヤクの骨に文様を彫ったネックレス、ステキです。ククリというナイフはネパールやインド人には実用的な短刀で土産に人気があるそうです。これは安価で(大きいので400)装飾品としてはきれいにできていると思いました。アンモナイトや様々な化石もヒマラヤの高地にはあり、山岳民族の人たちがあるところを知っているのだそうです。店主にいろいろ質問をしてたくさんの物を見せてもらいました。お店にあるもののことばかりでなくチベットのことも。お茶をいただきながらチベットの人々がネパールへ来た時のことも話してもらいました。1959年に彼の父母はネパールへやってきたのだそうです。ラサに中国軍が入った後、たくさんの人が殺されたといいます。彼の父と母は2カ月かけて水とサンバ(乾燥食料)だけでヒマラヤを越え、命からがらこの地にやってきたと話してくれました。「さぞかし故郷に帰りたいでしょう?憎しみもあるでしょう?」と聞くと「いつかは帰りたいよ。だけど憎しんではいない。場所が違って文化や人種が違ってもみんな人であることに変わりがないでしょ?みんなが一つのヒューマンビーイングだって分かれば争いがなくなるよ。そうしたら憎しみなんていらない。みんなが分かれば世界が平和になると信じてる」なんだかネパールのお土産屋さんで深い話をしてしまいました。....いろんなことを伝えたくてなかなか先へ進めません。次にはきっとチベット村まで行きつけると思います。長々とお付き合いくださってありがとうございます。次回は滝と洞窟の話をしてチベット村のことまでお伝えしたいです。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.30
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思いもかけない平安仏と素晴らしい料理シャボテン公園を出て宿泊地の河津へ向かいました。南禅寺(なぜんじ)へ向かう途中も雨はしきりと降っています。河津温泉郷にある伊豆ならんだの里「河津平安の仏像展示館」に到着しました。川沿いの駐車場から上がる坂はそんなに長くないのですがとても急です。 ふうふういいながらも竹筒に生けられた道端の花に励まされて登りきると、それはそれは大きな椎の木がありました。。「天狗がとまった大椎」と書いてある立て札の辺りも道端に花が活けられていました。大椎の向かい側にある最後の階段を上がるとひっそりとした南禅寺に行きつきます。 その昔、那蘭陀(ならんだ)寺という七堂伽藍を備えた大きなお寺があったそうです。1432年にあった山津波によって仏像もろとも伽藍は流され土に埋もれました。その後掘り起された仏像群は南禅寺に忘れられたかのように置かれていました。2013年には、ならんだの里「仏像展示館」が建てられ公開されるようになりました。 南禅寺に伝わる仏像群は平安時代前期(9世紀)~10世紀の作と言われています。本尊は薬師如来坐像、そのほかにも地蔵菩薩立像、十一面観音立像が見事です。平安仏にこの地で会えるとは思ってもいませんでしたのでしばし見とれていました。いったいそんな昔にどうしてこのような仏像群がこの地にもたらされたのでしょう。河津の谷津港ははその時代、伊豆随一の港であったのだそうです。海路の大事な輸送拠点を仏法の力を借り、守るため、朝廷の力もかりて建てられたのではないか、とも考えられているようです。ともあれ、伊豆に行かれる時には是非訪問されることをお勧めします。土に埋もれて朽ちてしまい、断片だけになった仏様、一部を失った神像などなんとも言えない迫力がありました。展示館で案内をしてくださったお坊様との話も興味深いものでした。しばらく見学をして今日のお宿へ(雨でしたので画像は翌朝撮ったものです)。 海浜ヨーロッパの林間コテージまたは狩猟小屋をコンセプトにしたというギャラリーコート、オファアトゥ、は海洋画家の柏村勲画伯の絵画がいっぱいの明るいペンションでした。お部屋はこじんまりとしていました。 狭いながらも窓の外には桜の木があり、川の流れも見え落ち着ける部屋でした。ペンションなのでバス、トイレはついていません。共同です。でもお風呂は貸切にできます。さっそくその露天温泉風呂へ。24時間入れる掛け流しの浴場です。洗い場が密閉性がなく寒かったのですが温泉は柔らかいナトリウム泉。お肌がすべすべになり芯まで温まりました。雨もまだ降っていて満天の星を満喫できなかったのが心残りです。お風呂の後はキャンドルを灯していただくフルコースディナー。地物のその日に獲れたお刺身も出るとのことでとても楽しみでした。 お料理はとても美味しくすばらしかったので全部並べてしまいました。季節ごとに変わるフルコースを食べに泊まりに来る常連さんがいるのも納得できる味です。絵画のかかった落ち着きのあるダイニングはゆったりとしていて優しい雰囲気。美味しいお料理を堪能して飲み放題のワインもいただきほろ酔い加減です。夜が深くなるように快い疲れが体中に広がっていくのも気持ちがよかったです。お腹がいっぱいで幸せな気分、雨でなければ散歩に行きたいところでした。疲れもあったので、またお風呂に入ろうという計画はなしにして寝てしまいました。目覚めるとお食事前に露天風呂へ直行。明るい光に満ちて風も気持ち良く、手足を伸ばすと体が浮き、夢心地です。鳥たちの歌声を聞きながらゆっくりと温まりました。朝食はスープとメイン、フルーツのほかはセルフサービスです。トンガ出身の奥さまが昨夜も朝もサーブしてくれました。「オファアトゥ」とはトンガ語で「愛をこめて」の意味なのだそうです。部屋と温泉は正直言って高評価はできませんが、お料理と絵画は素晴らしいです。 明るいロビーは吹き抜けで朝の光の中で見るとまたステキ。玉突き台もありました。チェックアウトをして河津桜のある並木道へ行きました。もう花は終わってしまっていましたので伊豆半島のドライブへ。次回にはそのドライブの様子、下田のペリー記念館などのお話をしたいと思います。お天気が一日早く回復していてくれれば...と思ってしまうほどのよい天気でした。それでは次の話にもお付き合いくださればうれしいです。最後まで読んでいただきありがとうございました。 ランキングに参加しています。 応援してくださいね。
2016.03.28
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雨のシャボテン公園クジャクの出迎えを受けたあと、まずカンガルーの丘に行きました。この入口は大室山の噴火でできた風穴なのだそうです。 雨はそれほどでもなかったのですがとても寒く、傘を持つ手がかじかんできます。ワラビーやクロカンガルーもいる一画で、柵はなく近くでカンガルーが見られます。だけどこの日はほとんど小屋の中に避難していて外にいるのはほんの少し。 外に出ている大きなカンガルーも雨宿りです。カンガルーが外に出ないように二重扉になっている出口を出て、カピバラの露天風呂のあるほうへ向かいました。 記念写真のコーナーにも誰もいないし、カピバラの姿もありません。11月から4月の6日までしか露天風呂はおこなわれないので、雨で「カピバラ露天風呂」が中止になったらもう見られないのかと思い残念でした。当のカピバラたちはヒーターのある小屋の中でふるえていました。 ネズミの仲間では最大のカピバラ、「草原の支配者」という意味なんですって。南アメリカ東部の暖かい水辺の草原に生活していて草食、水に入るのも大好きだけど、寒い日本の冬には体を寄せ合って耐えるしかない...1982年の冬のある日、掃除に使っていたお湯に手足を浸けていたというカピバラ君たち。それを見た飼育員さんが池にお湯を入れたら喜んで入った、というのが始まりだそうです。誰もいない露天風呂を後にインコ広場へ。 ここでもきれいなインコたちが冷たい雨に濡れそぼっていました。つながれていたし、なんだかかわいそうでした。動物たちと触れ合える「なかよし牧場」にもほとんど何も外にはいませんでした。そしてチンパンジーの島は、 無人、いや無猿でした。屋外にいる動物と触れ合うのはあきらめて温室に入っていくことにしました。 温室は「南アメリカ館」「アフリカ館」「森林性シャボテン館」「マダガスカル館」「メキシコ館」の5つの温室に分かれています。本当にたくさんのサボテンや多肉植物が寒さも忘れて見いってしまいました。とても背の高いものから小さくて可愛いものまでいっぱいです。まるいサボテンもとても大きくなると知りびっくり。人と比べると大きいもののすござがわかると思います。 左手前のは5年生、一番右が50年生だとか、長生きですね。形も様々、色も花も種類によって違うので見ていて飽きません。 5つの展示館を見終わると「シャボテン狩り工房」の温室に出ました。 この工房ではたくさんのサボテンや多肉植物を販売しています。自分で選んだサボテンをその場で寄せ植えにして買うことができます。かなりレアーなものもあるようで自分と相性のいいサボテンを見つけるのも楽しそうです。工房の先のお土産館を出るとまた動物たちと触れ合える...はずなのですが...ミーアキャットもブラウンキツネザルもプレーリードッグもみんな小屋の中(涙)でもその先にメキシコ古代遺跡群があるロックガーデンがありました。 「ロックガーデン」は大室山の側火山、岩室山の岸壁の一部をそのまま使い、シャボテンを植え、原産地の景観を再現してあります。日本にいながらメキシコ古代文明の遺跡を探索しているようでぞくぞくしました。 まるいのはアステカのカレンダーです。 オルメガの巨人石頭像もあります。これらはすべてレプリカですが、長年メキシコと日本の文化交流と親善につとめてきたシャボテン公園に1973年、メキシコから送られたものだそうです。古代文明が大好きなので体が冷えるのも忘れ、霧に浮かぶ遺跡の中を歩きました。晴れていれば放し飼いにされている動物たちも見られたでしょうが、レプリカとはいえ神秘的な文明の遺跡を目近に見られたことでとても満足でした。 遺跡群の一角に富士山の見える見晴らし台もありました。どんなふうに富士山が見えるのでしょう。心の中ではるかに浮かぶ富士山を描いて「バードパラアイス」へ向かいました。もちろんお目当てはハシビロコウのビル君です。 入口に長寿を願う「ハシビロコウ神社(ビル神社?)」がありました。上にビル君のライブカメラが....ということは小屋の中から出てきていないんですね。でも、気を取り直して中へ入りました。オオサイチョウは見られるかな...ホオジロカンムリヅルはどこかに隠れているみたい。 カモやベニイロフラミンゴはそばに行っても逃げません。シロトキは木にとまって雨に打たれていました。ビル君の小屋はフラミンゴのいる手前だったのですが出てきてくれませんでした。出口を出る頃には体の冷えははピークになっていました。しばらくヒーターの前で暖を取ってから、ご長寿のビル君にあやかって健康で長生きできますように、と神社でお祈りをして園外へ出ました。晴れていたらもっといろいろ見られて楽しかったのでしょうが、きっと「またおいで」というサインだと思って納得することにしました。ここからは河津までひと走りです。宿に落ち着く前に平安仏のあるお寺を訪問します。次ではそのお寺「南禅寺(なぜんじ)」と宿泊の様子を書いてみようと思います。それでは、今日はこの辺で。ご訪問してくださって読んでいただきありがとうございました。よろしければ、また次の回もお付き合いください。 ランキングに参加しています。 応援してくださいね。
2016.03.27
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ぶるぶるのシャボテン公園に着くまで 冷たい雨の降る中、お出迎えをしてくれたクジャク 雨が降っていました。3月だというのに寒さが身にしみる日でした。伊豆に旅行に行く予定は以前から立てていたので雨の中の出発です。茅ヶ崎を過ぎ、西湘バイパスから海沿いを走っていきました。国道135号線で熱海に入ります。山の上に熱海城が見えました。寛一お宮の像を通過するあたりには桜が咲いていました。熱海を過ぎると海岸線は遥か下になり、ずいぶん高い所を走っていきます。橋梁がかかっていて下にはゴロゴロした岩のある海岸が見え隠れします。加賀に来るとまた海岸のわきを走るようになりました。小山臨海公園の辺りにも桜が咲いていましたが雨にうなだれているようです。網代は熱海とは趣が変わって、漁港の色合いが濃い土地柄のようです。沖にはうっすらと初島が見えていました。しばらくは相模湾が開けて見え、海が大きく感じられました。また高いところを走る道路へと入っていきます。左は断崖、右は山が迫る片道一車線です。伊豆市に入り御石が沢トンネル、新宇佐美トンネルと長いトンネルを抜け、宇佐美市街へ降りて行きました。サンハトヤホテルが見える湾ではサーファーが波乗りをしていました。右には伊豆急行の線路があり、アルファリゾート21が走っています。リゾートシリーズは昭和63年から運行が始まり、アルファリゾートは山側の座席からも海の景色が楽しめるようシートを高くしてあり、乗ってみたい列車の一つです。道の駅、伊豆マリンタウンに入り休憩しました。 サンライズマリーナにはマリンロードもあるのですが雨なので行かず、シーサイドスパや遊覧船もパス、海のカフェレストランも寒過ぎて行きませんでした。仕方なくバザール館に入りました。各店舗前には試食コーナーがあり珍味もいろいろ試せます。 お目当ての食堂「伊豆太郎」はまだやっていませんでした。近海地魚のにぎりや丼ものがおいしいと評判なのに食べられず残念! 入口わきに展示してある魚のは全部本物でした。ジオパークを出て一碧湖(いっぺきこ)へ。約10万年前の噴火でできた火口湖だそうです。4000年前に大室山の噴火があった時に、この画像では見えませんが右手にある十二連島ができたのだとか。伊豆半島は今は静かですが激しい成り立ちをした半島だったのですね。 「伊豆の瞳」と呼ばれるひょうたん型の一碧湖もこの日は寂しい感じです。遊歩道も整備されているようですがこれも却下、一路シャボテン公園へ向かいました。近付くころには雨がだんだんひどくなってきて、大室山も見えません。シャボテン公園ではハシビロコウのビル君に会うのが楽しみ。でも雨だし寒いから見られるかどうか心配でした。駐車場につくと入口で「雨と霧がひどいから動物たちは見られないかも」と言われてしまいすこし躊躇しましたが、せっかく来たので入園しました。通常2300円ですが。ネットで400円引きのクーポンをゲットしていたので1900円で入園できました。入園ゲートをくぐるとさっそく最初に紹介したクジャクがお出迎え。 雨を気にする様子もなく優雅に歩いてきました。この分では他の動物たちもきっと平気で雨のなか遊んでいるかも。カピバラ、カンガルー、チンパンジーの島、バードパラダイス....雨の冷たさと寒さに震えながら、放し飼いの動物も多い園内を期待して進んでいったのですが...さてさて、長くなってしまったので続きは次のブログにいたします。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。またどうぞおいでくださり、続きを読んでくださいね。 ランキングに参加しています。 応援してくださいね。
2016.03.26
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東京でも桜の開花宣言がでました。急に寒くなったりすることもあり今週いっぱいは低めの気温だそうです。おかげで桜も例年より長持ちしそうだとか。近くの桜の名所にお花見に行こうと考えているのですが、まだ早そうです。今日は満月。月に花もいいなぁ。すっきりとまではいかない空を眺めながらちょっとそわそわしています。そわそわするといえばポカラでマチャプチャレが見えるのを待っていた時も妙にそわそわしていました。年間4000ミリも雨が降る土地柄なのですっきり見えることは少なかったです。チトワンから憧れのポカラへインド人の友だちからポカラのことはいろいろ聞いていました。ポカラは標高は800mほどで亜熱帯気候、夏でも過ごしやすのだそうです。昔から王族の避暑地で、夏の暑い日々は王族貴族が湖にボートを浮かべて遊んだとか、優雅ですね。ポカラにはフェワ湖をはじめ3つの湖があり、背後に8000m級の峰々が控え「ネパール中西部の宝石」と呼ばれています。「ヒマラヤの宝石」ともいわれ多くの観光客をひきつけています。今回はそのポカラへの道のりです。レイクサイドに植えられた菩提樹の大木を早く見たくて心が躍りました。野生動物いっぱいのチトワンからはバスに乗りポカラへ。バスはツーリストも乗っているけれど路線バス。ギューギューでした。バスはいくつもの街を通り抜けていきました。左側通行なのですが前にトラックや馬車が走っていると平気で右を走ります。警笛は不必要なほど鳴らすので耳触りでした。途中の停車場で人が乗り降りする時は必ず物売りが飛んできます。たいていは子どもで、バスの周りで大声で叫び、水やリンゴなどを買ってと頼みます。道路わきではサトウキビ(?)をつぶしてジュースにして売っている人がいました。反対側には人が倒れていてビクともしないのですが、助け起こす人もいません。街中にごみが散乱し、ほこりっぽく、物売りの露店もほこりまみれです。町をいくつか抜けるとだんだん山道に入っていきました。町の建物はレンガ造りやコンクリート建てでした。郊外に出ると段々畑と草ぶき木造の家が目立つようになりました。川が左手に見える頃には山道に入り右側の山が険しくなってきました。道幅が狭くなってもバスはスピードを落とさず、対向車が見えないと真ん中を飛ばします。山が迫ってきて川側の路肩も心もとない気がしてすれ違いがある時は怖かったです。川側の道筋にはところどころ、数件の小屋が建っている場所がありました。タイヤが重ねておいてあったりしたのでトラックのための休憩所だと思います。ちょっと大きな集落に着きました。そこには検問所(通行料を収める所?)がありました。車掌さんがお金を払っていると青年がバイオリンのような楽器を持って乗り込んできました。これはサーランギという楽器で木をくりぬいた胴にはヤギの革が張られているのだとか。弦は4本あって、抱えるようにして持ち、弓で弾いて楽曲を奏でます。歌っていた歌は「レッサン・ピリリ(レッサム・フィリリ)」ネパールの代表的なトレッキングソングだそうです。バスが大きく揺れる中でサーランギを弾きながら歌ってくれました。次の村につくとお客からチップを集め、青年は降りていきました。バスは再び出発し、川が大きく右に蛇行する所で橋を渡りました。ここからは流れが右手に見え、水の勢いもきつくなりました。ますます山間部へと入っていきます。しばらく行くと道路のわきに側溝がついていました。見るとすごい勢いで水が流れています。洗濯をする人、野菜を洗う人、水浴びをしている人までいました。バスの走る道路は次第に川よりもかなり高いところを行くようになりました。しかし、一つ峠を越すと、盆地のように開け水田の緑が続いています。そこを抜けるとバスはポカラ市街に入りシティ・バスパークへ。ここでまた、たくさんのホテルの客引きにかこまれました。すでに予約してあったので、お迎えのホテルオーナーが助け出してくれました。彼のバイクの後ろに乗ってツーリストの多いレイクサイドまでは10分ほど。レイクサイドとはフェワ湖の湖畔にある観光やトレッキングの中心地です。レストランも多くあり両替商、土産物屋、郵便局もあります。さて、ホテル到着。ツインベッドでシャワーと水洗トイレつきで500ルピー(約500円)です。友だちの紹介なので400ルピーで朝食付き、申し訳ない位。窓から外を見るとアンナプルナ(7937m)が歓迎してくれていました。少し休憩して散歩に出ました。南の方角のサヒド・チョーク、さらに南のダムサイドまではいかず旧国王別荘の辺りまで散策しました。フェワ湖半にはホテルの案内がいっぱい!思ったより観光客は少なく、静かに夕暮れが迫ってきていました。子どもたちがボート置き場の近くで遊んでいます。ボートは1時間300ルピーとか。安いホテルに泊まれる値段なので、物価の見当がつかずビックリしてしました。湖畔でゆっくりと夕陽を待っているとまたまた別世界に紛れ込んでいきそうです。「マチャプチャレが見えなくて残念だね」と声をかけられました。ポカラが大好きで数年に一度は訪れているというドイツの方でした。初めてでさっき着いたばかりだというと、どの方向にどの山が見えるか、どこを観光したらいいかていねいに教えてくださいました。その方と少しの間、ポカラのフェワ湖半で日本のこと、ドイツのこと、観光した国々のことなど、とりとめのない話をしたのですが....自分がそこにいるという実感がなくなり、時間の流れまでが急に、とてもゆっくりとなめらかに感じました。そしてその時間を肌で感じられる魔法にかかってしまったみたい....なんだかとても不思議なひと時でした。その日の夕食はもちろんダルバート。もうチトワンでの仲間はいません。カフェのテラスに一人で座り食事をしたのです。町がだんだん薄暗くなり柔らかい明りが灯るまでそこに座り、魔法の時間を味わっていました。さてさて、今回もまた思い出話にお付き合いくださりありがとうございました。ここから数日間のポカラ滞在が始まります。あちこち行きましたので数回に分けて書き進んでいくつもりです。よろしければどうぞまたお越しください。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.23
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サクランボの花が咲きました毎年この時期には花を咲かせるサクランボの木、今年はたくさん咲いています。 5月頃には赤いサクランボになります。 これは去年の様子。鳥に食べられている実もありますね。去年は実があまりついていないのがわかります。今年はこの5、6倍はサクランボが生りそうです。収穫したときは甘くておいしいのですが日持ちがしません。赤くなったものから食べて食べきれないもはサクランボ酒にします。だけど赤くなると鳥やリスが、ときにはハクビシンが来て食べてしまいます。赤くなったのがわかるのか、熟した香りがするのかよくわかるものだと感心します。ですから今年は防鳥ネットをかけようと思っています。マルソル 防鳥網 10坪用 3....価格:265円(税込、送料別)果樹をすっぽり包むようにできているものもあるのですが、値段が張るので10坪用で囲んでみるつもりです。ネットに入り込んで食べるのはいいけれど出られなくならなければいいのですが。サクランボの木の下にはプランターがいっぱい並んでいます。冬の間頑張ってくれた野菜たちもそろそろ交代の時期。また土作りをして赤ちゃんお野菜たちのベッドを作らなくっちゃ!土のリサイクル材(5L)【H...価格:615円(税込、送料別)この土のリサイクル材にはいつもお世話になっています。もうしばらくは今植わっている野菜たちをいただいて、来週あたりから土作りを始動します。 今日の野菜たち 芽キャベツは頭が重くなってきているのでしょうか。あっ、そうか!下の方になったものをかいてたべちゃっているからですね。だんだん結球が開いてきそうなのでどんどん食べなくっては! ネギも順調に大きくなってきています。発泡スチロールの箱で作っているのですが、浅すぎたかもしれません。 ニラは元気です。薬味に餃子にモツ鍋にと活躍してくれています。となりのプチベールも食べごろになりました。 だけどレタスミックスのプランターでは事件が起きていました。種を蒔きすぎたのか気候のせいか病気にかかってしまったようです。混んでいるところの風通しが悪かったのがいけないようです。 水菜、小松菜、野沢菜、ほうれん草、二十日大根、サラダ菜、パクチー...今日もたくさんのごちそうをありがとう!たくさんの野菜が採れたので鳥肉を使いお家風グリーンカレーを作りました。 野沢菜の根がいい感じに美味しいです。パクチーをふんだんに入れて香りも豊かになりました。それにコブミカンも香り付けに投入...でもまだ若くそんなに香りませんでした。ヤムウンセンのレシピも我が家風です。ひき肉は使わずに海老とたっぷりのお野菜を春雨に入れてピリ辛に。ナンプラーの塩気とレモンのすっぱさ、それにやっぱりパクチーです。トマトやピーマンがないのが残念ですがある物をいただくのがまたいいです。今日も美味しいご飯、ごちそうさまです。こうして平和で穏やかに暮らしていける幸せ、なんでもないことですが、本当はとても得がたい貴重なものなのだと感じます。最後までお付き合いくださりありがとうございました。いつまでも優しい時間が流れていきますように。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.19
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この週明けは春とはいえないほどの寒さとなりました。雨も降りぶるぶる震えた数日、暖かい気候が懐かしい...ネパールでは朝方雨が降ることが多かったのですが日中は暑い位。時間の流れが止まっているようなチトワンでの数日も思い出がいっぱいです。チトワンでも滞在も最後になりましたゾウに乗ってのジャングルツアーの夜、最後の夜です。夕食はいつものダルバートです。ダルバートはネパールの国民食、ダル(豆のスープ)とバート(米飯)のプレートです。ダルとバートのほかにカレー味のおかずタルカリ、それに漬物ののアッツァール。これにチキンがつくとごちそうです。これを右手の指で混ぜて食べるのです。マウンテンガイドのビシュヌさんがやり方を見せてくれます。「こうやって食べるんだよぅ~」といいながらシーフードをしてふざけていました。ヤユイさんは故郷のイスラエルに帰ったら兵役に就きます。「戦争になんて行きたくないんだけど、国が決めたことだから....」と口ごもります。国が戦争をよしとしているなら国民は否応なく参加しなくてはいけないのですね。ウォンさんはチンタオに帰って教職に就くと言っていました。みんなひと時の休息、時間の流れが停まっているようなパラダイスでのラストナイト。日本から持ってきた「大河の一滴」をみんなで飲みました。すごく気に入ってくれてその名前の意味を聞かれました。「人間ってみんな大きな流れの中にいて同じ所に向かっているんじゃない。その大きな川の中の一滴っていういみだよ」というと「へえ、すごいネーミングだね。他にいろいろあるの?」と聞かれましたので「うんいろいろあるけど「百年の孤独」って言うのも持ってきてるよ」といって秘蔵を出してしまいました。その夜はお開きの後はみんな即寝....でした。さて次の朝、ホテルのオーナーと一緒にバードウオッチングに行きました。オーナーが入園手続きをしている間にビジターセンターでお勉強です。ここにはチトワンにいる代表的な動物や植物の解説付きの写真が掛けてあります。鳥類は450種類以上にのぼり、パイソンは世界最大の5m超がいるそうです。驚いたのは水生のイルカもいるということです。そのほかに人々の暮らしと歴史もパネル展示されていました。見学している間もあちこちから鳥の声が聞こえてきました。いやがうえにも期待が高まります。しばらくして出かけました。でも道はこんな具合、ぬかるみです。右手には野原が広がりエレファントグラスを刈っている人もいました。残念なことに鳥はほとんど見られず仕方がないのでエレファントトレーニングセンターへ。トレーニングセンターに近付くとあちこちにゾウのふんがありました。サンダルで来たウォンさんはここの井戸で足を洗わせてもらいました。あちこちでエレファントクッキーを作っている人がいました。音楽を聞きながらのんびりと作っています。エレファントグラスを一束とって折り曲げその中に穀物のボールを入れます。そのあと5,6本のエレファントグラスをとるとぐるぐる巻いて留めます。のんびりやっているように見えても手慣れたもので5分位で一つできました。ここにいるのはみんな若い象だそうです。ブリーディングセンターでは訓練はされずに4歳くらいまでは母親と過ごすのだそうです。4歳から5歳頃にここでトレーニングをはじめ人の手助けをするようになるのだとか。しばらくトレーニングセンター内を見学して村へ戻っていきました。車はほとんど見られず、移動手段は馬車が主流のようです。画像は観光客用のものですが、住人が乗っている馬車もたくさん見かけました。洗濯屋さんもあるし、仕立て屋さんもあります。仕立て屋さんのミシンは足踏み式で年代物でした。最近では女性の自立のために日本をはじめ諸外国がミシンをネパールに送り、縫い方を教え支援する企画もあると聞きました。でも電動のミシンが使えるのは電気が比較的安定している都市部のみです。そのほかに野菜も台の上に置かれて売られていました。ヤギはたくさんいて鶏は当たり前にあちこちを歩いています。そのほかにアヒルも道端や庭にいました。ヒナも。村には土産物を売る店もあったのでシンギングボールを買いました。型で作ったものではなく叩いて出したものでいい音でとても満足しています。歩いているとずっと鳥の声や虫の声が聞こえていてのどかです。必要以上に警笛を鳴らすドライバーもここにはあまりいないのでのんびり、ほっこり。そうこうしているうちにホテルについてさようならの時間が迫ってきました。なんだか夢のようなこの3日間、もう出発だなんて信じられませんでした。時間は停まっていてここにいる人は何年たってもこのままで、ジープに乗りこんで行かなくちゃいけない私たちだけがこれから歳をとっていきそう....さよならチトワン。ジープに乗ってポカラへ行くバス乗り場に向かいました。このバスは観光客専用のバス、私の乗るバスは安めの路線バスです。混雑しているバス乗り場でちょっと戸惑いましたがなんとか乗車。すし詰め状態に込んでいるバスの運転手さんのすぐ後ろを確保!ここなら道すがらの様子もよく見えるし座席はなくともバックパックに座って快適です。走りだしました!ずっと行きたいと思っていたポカラに向かいます。だいたい5時間ほどかかるそうですがとても楽しみ。だけど走りだしたら.....飛ばすんです、運転手さん。さてどうなることか、次はポカラへ着くまでをお話ししたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。また次の回にもご訪問いただけたらうれしいです。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.16
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去年と同じように花が咲きはじめました毎年この時期になると必ず咲いてくれる花々。人に見られなくても、ひどい環境でも健気に花をつけています。今日も風の強い日。春を告げるように馬酔木の花が花盛りです。だんだん背が高くなってきていますが、切り込みません。きっと背伸びして太陽をいっぱいに受けようとしているのだと思いますから。隣の樒(しきみ)はたくさんの花をつけています。榊の代わりに神棚にあげるところもあるとか。ここは昔鎮守の森のはずれであった所、そんなわけで樒が植わっているのかもしれません。プランターではトウ立ちがはじまり可愛い花をつけているものも。こちらは水菜です。去年はこのころつぼみだった野沢菜は満開の勢いです。そのほかにも早く食べないと咲いちゃうよ!の野菜がいくつか...硬くならないうちに冷蔵庫に入ってもらいましょう。裏の坪庭では椿が咲いています。風が強いのでゆらゆらと首を振っていやいやをしているよう。足元を見るとシンビジュームが花を開いていました。冬の間も部屋に入れずにいたのに咲いています。おもわず「ありがとう!お手入れするからね」と声をかけました。オキザリスもかわいらしい花を咲かせてくれましたが今年はもうおしまい。はなにら(ブローディアユニフロラ)はこれからが盛りです。オキザリスもはなにらも植えたわけでもないのにやってきた花です。どちらも愛猫のお墓の周りに飛んできたようにいつの日からか咲くようになりました。誰が教えるわけではないのに自分の季節がやってくると忘れずに花をつける植物たち。母の植えた雪柳が今年は少し早く花をつけ始めています。そして、ごめんなさ~い多肉ちゃんとサボテンちゃんたち...放っておいたのにしっかり耐えて生き延びているのね。口はきけなくてもきっと訴えていたんでしょうね。今年はもっときちんとお世話してあげたいとおもいます。去年の記事と大して変わらないブログになってしまいましたがこうして何の変哲もない毎日でも大きな力に生かされている、ということをあらためて感じることができました。春のひと時をごいっしょくださりありがとうございました。この記事が広島のフレンチレストラン 「セイホウ・オンブラージュ」のサイトの「四季を感じるブログ集」に掲載されました。とてもおしゃれで素敵なレストランの様子、ぜひご覧ください。セイホウ・オンブラージュ広島で極上のフレンチを世界遺産の島・宮島を望む美しい景観とともにご堪能ください。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.13
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3月11日14時46分、深く黙とうしました。5年前のこの日を忘れることはできません毎年この日の前後にサクランボの花が咲き始めます。今年もサクランボの花が咲きました。去年よりはつぼみの数が多いようです。伸びすぎたからといって切られ、風に枝を折られてもそこから違う枝をのばし、時期を待って花芽を付け、実を生らせます。人もあまりにもつらい経験があるとその事を心の奥底に閉じ込め、じっと時が流れていくのに任せるしかできないことがあります。でもいつか、そのひどくつらい状態があったことでそれを力にして新しい方向に動き出すことができるような気がします。5年前の大震災でも大切にしていたものが抗うことのできない大きなな力で奪われていきました。どんなに備えていても大きな力で打ち負かされていくのを見てなす術もなく呆然としていた....その災害からの復興がいまだに完全になされているわけではありません。それでも大艱難から立ち上がる努力が、あちこちで動き始めている....「忘れてはいけないけど、忘れてしまいたい...」「どうしてあの人を助けられなかったのだろうと今でも苛まれる」「話すのが嫌だったけど、話すことで残したい」昨日一日たくさんの人の思いが報道されました。言葉も見つからずにいたのですが、「人間は忘れるもの。だから災害の記憶はいつしか忘れ去られる。だけど、つらい記憶を忘れても自分の命を守ることは、自分にしかできないことを忘れてはいけないんだ」という言葉か心に深く残りました。まだまだ辛い思いをされている方、故郷に帰るめども立たずに途方に暮れている方、行方不明の家族の帰りを待ち続けている方....たくさんの思いが渦を巻いているようです。なにもできないのですが、せめてこれからも想いを寄せていきたいと思います。悲しみや辛さから解放される目覚めが早く訪れますように。人は経験したことを通して少しでも未来を少しでもよくしていく素晴らしいエネルギーを持っていると信じています。時間はかかるかもしれないけど、災害があっても人が損なわれない未来がきっとやってくるように、辛い経験を忘れることはなくても、乗り越えて前進していけたら、未来は素晴らしい社会になっていくと信じて生きていけるように思います。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2016.03.12
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今日の水曜日は寒さが戻って雨も降りだしました。かなり風も強く、雨量も増してくるようです。雨は嫌いではありませんが、予定のある時の雨には心ふさぎます。幸い今日はどこへも出なくてよいのですが、寒いのがイヤです。ネパールにいた時も雨期に入るころだったので、よく雨に降られました。とはいえ長く降り続くこともなく、夜から午前中に降って止むことが多かったです。「象に乗れる!」と楽しみにして寝た夜も夜半からの雨がひどく降っていました。エレファントサファリ:象に乗ってのジャングルツアー朝起きて食事をしている間も降っている雨....みんな言葉少なでうらめしそうでした。でも1時間もしないうちに晴れてきたのです。みんなの顔も晴れ晴れ。ニコニコしながらジープに乗り込みました。着いた所は「ゾウ乗り場」画像左の台の上から象に乗るのだそうです。この櫓を見て、象の背中ってずいぶんと高いのだなと実感しました。象や他のお客さんがそろう間、湿地を探検しているとカエルがいました。チトワンには40種類以上の哺乳動物のほかに50種類近い爬虫類と両生類が生息しているそうです。この日に見られる可能性のある動物はアジアゾウ、インドサイ、シカ、サル、バイソンと鳥類ということでした。でも象に乗ってジャングルを行く、と思っただけでもう興奮していました。ここでは8頭の象が働いていて、公園全体では40頭ほどだそうです。いよいよ象の上に乗りエレファントサファリへ出発です。 一歩ごとに左右に大きく揺れます。 川を渡ってジャングルへ。 ケッケッケと鳴いているのは 鳥でしょうか、サルでしょうか。一頭の象には4人の観光客と一人の象使いが乗ります。象の背中にはこたつをひっくり返したような座席があります。お客は前に2人、後ろに2人でこたつの足のようなところを足の間に挟んですわります。マフーと呼ばれる象使いは象の頭の上にのり耳の上に足をかけます。足で耳を踏むことで右に行ったり左に方向転換したりする指示を出しているようです。 エレファントグラスの茂るブッシュと ちょっとした林を抜けると 草原に出ました。 先を行く象のマフーが「ガイダ!」と言って 象を止めました。並んで進んでいた象たちが一斉に左に向きを変え何かを取り囲むようにします。そこには大きなサイ(ガイダ)がいるではありませんか!草を食べていたサイはかなり近くに行くまであわてる様子も見せませんでした。それでもぐるりと象に囲まれたので移動を始めます。すると近くにもう一頭いました。こちらも林の中に入っていこうとしました。象使いが巧みに象を操ってそのあとをついていきます。林の中は木が茂っていて人を乗せた象が入って行けないところもあります。そちらに行かないように先にいる象がとおせんぼをするのですが、サイは上手く木の下に入り姿を消してしまいました。しばらく行って象の一隊は二手に分かれました。そこから先はジャングルが迫っているし、たくさんで行くより動物に遭遇できる確率が上がるようです。時折キィ、ケケケ とかピューロヒューロ などと鳴き声が聞こえます。バキバキ枝を踏みならし進んでいく象、道をふさぐ枝も気にせず進みます。私たちのマフーが垂れさがっている枝を杖で持ち上げた途端キイキイキイと鳴き声を上げてサル(たぶん)が数匹逃げていきました。しばらく起伏のある林の中を行くと、パッと開けたところに出ました。みると一つだけ建物があります。これはナイトステイをするためのロッジでホテルではないということです。「ナイトステイって何するの?」と聞くと「トラやヒョウは夜行性なんだよ。だから昼間は見られない。ここに泊まれば彼らが寄ってきた気配を感じることもできるし、誰もいない野生動物だけのジャングルを満喫できる。朝早くなら姿を見られるかもしれないよ。なにより電気も何にもないからワイルドな夜を楽しめるってことw」とビシュヌが説明してくれました。 その夜泊まる人もいるらしい。 象にここまで送ってきてもらいお泊り。 水と食べ物置いてマフーと象は帰っちゃう。 後は壮大な自然が暮れていくのを楽しみ.. 夜の訪問者を待つ...だけ、だそうです。ガイドが一緒に泊まってくれるにしてもこれはちょっと無理です。ナイトロッジのわきをすり抜けていくとサッとマフーの杖が上がりました。キングフィッシャーでしょうか、鮮やかな鳥がいました。あちこちから声が聞こえてくるのですが、姿をはっきり見るのは難しかったです。またジャングルが迫る所をしばらく行きました。パオーン、パフォーン! 野生の雄象でしょうか、声が響きまです。サイは時速45キロ、象は時速60キロ、雌象をも押し倒すといいます。こっちに着たらどうしよう...とビクビクしているとマフーが何か叫びました。ドキ!見回している間もドクドクドクと心臓が打ちます。「あっ!シカだ!」と言ったと教えてもらいましたが(やれやれ)姿は消えていました。最後までベンガルトラには出会えませんでした。それでも十分以上生息地を満喫できたと思います。そうこうするうちに、約1時間半のエレファントサファリも終わりに近づき、象たちはまた河原へ出てきました。すると....川の向こうにきれいな虹が出ているではありませんか。薄暗く奇妙な声の聞こえるジャングルを抜けたらステキなプレゼント。痛くなり始めたおしりをかばいながらしきりとシャッターを押してしまいました。河原にはマングースがいたのですが、近付く前にいなくなってしまいました。 パイソンはみられませんでしたし、 ナマケグマにもあえませんでした。 だけど水牛やたくさんの鳥たち それに野生生物の棲みかを訪問できました。川を渡りみんな帰ってきました。象さん、マフーのみなさん、ありがとうございました。ナイトロッジには泊まらなかったけどこの夜は宿でみんなでおしゃべりです。楽しかったけど緊張することが多かったのチトワン滞在ももう1日を残すだけになりました。この次の水曜日には最後の夜と午前中のバードウオッチング、そしてポカラへ向かうまでをお話ししようかなと思っています。最後まで読んでくださってありがとうございました。今思えばせっかくだからジャングルでのナイトステイ、してみればよかったなぁ、と後悔しています。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.09
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幸達さんのバンブークラフト展覧会に行ってきました暖かい春、谷戸山公園の中にあるパークセンターでその展覧会は催されていました。着いたのは1時ちょっと前、すぐに幸達さんとお話しできました。 ちょどお昼時でお客様も少なくゆっくりと作品を拝見しながらおしゃべり。 写真で鑑賞するより竹の質感や製作の大変さが伝わってきます。 この御所車の御簾や琴を弾く姫の竹で作られた髪の精巧さ、見ないとわかりません。 池の水の感じ本物のようで鯉も生き生きしていて、子供たちの様子が微笑ましいです。 以前は色をつけて作品を完成させていたそうですが、そうすると竹の素材の良さが損なわれると最近は彩色なしのものが多いそうです。そうこうするうちにお客様がたくさんみえはじめました。 北海道に初めて輸入された機関車の話、スティーブンソンの蒸気機関のこと映画ベンハーの戦車に乗った自由の女神の制作秘話、虫たちの演奏、などなどそれぞれの作品にその時の気持ちが表れているようでお話に聞き入りました。シンデレラの乗るカボチャの馬車は「夢の世界旅行に行く馬車」。見ているだけで心が空を駆けて行きそうです。 竹のことやホタルのこと、制作の思い出など盛りだくさんの楽しいお話と素敵な作品をたっぷり堪能させていただいた午後でした。 手造り工房でのことや作品をじっくり見られる幸達さんのブログ 「バンブーおじさん奮闘記」 ホタルの復活や自家消費用の野菜の栽培の話しなども書かれています。バンブーアートを見てからは座間市役所へ行って、帯と生け花の模様の入った陶器の展覧会ものぞいてきました。「帯 アートと 花」綺麗でしたが撮影は出来ず残念でした。市役所ロビーには大凧がありました。書かれていた文字は「座間」でしたが、今年の凧文字は「凱風」。5月の4日と5日の大凧祭り、勇壮でしょうね。 座間市役所の前には素敵な石碑もありました。 あとは午後の谷戸山公園の散歩、しばしお付き合いください。 陽の光の柔らかい素敵な午後でした。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.08
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野菜にトウが立ち始めました柔らかい雨が降り、気温も寒さを感じないくらいになってきています。立春を過ぎ陽も長くなって、寒さのピークが過ぎると花々が咲きだします。水仙、梅、沈丁花やハコベ、ホトケノザなど野の花も咲き出しました。おやおや、庭でもそこここで花芽が伸び、トウがあちこちに立っています。 野沢菜 ジャキシャキと美味しく、程よい青臭さが炒め物の風味を増してくれます。 小松菜 みそ汁やお浸しでいただくにも花芽のついたトウは硬くて食べられません。 パクチー 中央に太い茎が伸びてきています。パクチーの実も香りがよくいろいろ使います。ですから、茎は切り取りません。 春菊 春菊も真中の茎が太くなり先頭に小さな花の赤ちゃんが... スティックセニョール 2、3日見に行かないと花穂がビューンと伸びて黄色い花が咲いています。 サラダ菜 こちらはまだトウは立ってきていませんがぐんぐん大きくなっています。 小カブ たくさん種を蒔きすぎて小さな小さなカブですがもう花の準備をしています。 ゴールデンタイムとペパーミント ハーブたちも冬を乗り越えて芽吹いています。ふと下を見ると... ハナニラ またの名をブローディアユニフロラ。スターオブベツレヘムとは違うのかしら。この花が咲くともう春は本格的です。まるで春の庭に落ちた星が花になってそこにあるように咲いています。 今日の収穫野菜 ♪♪ 芽キャベツももう開こうとしているのもあります。もうしばらくは楽しめそうです。 コブミカン 部屋に入るとコブミカンも新しい枝を伸ばしていました。冬の間はあたたかい部屋の中で越冬していたのです。もうそろそろ日中は日なたに出し、慣らしながら外へ出る練習を始めないと!午後からはまた暖かい雨が降り始めました。激しくはないけれどプランター野菜たちには美味しい飲み物です。ゆっくりと季節が動いて色彩にあふれる春がやってきます。今日もこうして巡る季節を楽しめたことを感謝します。美味しい収穫にも!ありがとうございます。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.06
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4月から電力自由化が始まりますやっと携帯電話の会社を選ぶように電力会社を選べるようになるのですね!今まではマンションなど大口で契約している家庭を除いて、一般家庭では選ぶ余地もなく電力会社が割り当てられていました。でも企業や工場は前から電力会社を選ぶことができたんですって。ふぅ~ん、そうだったんだ。4月1日からは大口顧客でなくても、自分のところで発電所を持っていなくても(笑)個人がが自由に電力会社が選べるようになります。毎日日本ではすごい量の電気が使われています。 数年前まではコンビニですら必要以上に煌々と明かりをつけていました。ずっと中にいると目がチカチカして頭が痛くなる位に。道には街路灯が整備され、イルミネーションが一年中点り、家庭でも電気をつけっぱなしにできる、というのは豊かさの表れなのでしょう。でも東日本大震災があり、津波が襲い、福島第一原子力発電所で事故が起こり、計画停電があり、病院の電気や電車も止まり、大都会も暗闇にのまれる経験をしました。電気が来ないことでその時は便利な生活ができなかったけれど、電気が来ない原因になった原発事故は快適な生活ばかりかもっと大きなものを奪っていったように思います。ふるさとを荒廃させてしまう可能性のあるもので作られる電気はもう要らない、とそのとき心から思いました。事故がなくても原発からは核廃棄物、始末できないごみが永遠と出続けることも震災のおかげで知ることができました。原子力発電って、核という核兵器にもなるとてつもなく危険な力で熱を起こしただ「お湯を沸かしてその蒸気でタービンを回して発電している」とも、そのあと蒸気が戻ったお湯を毎日相当な量海に捨てている、というの知ることができました。そんな力で発電したのではない電気を買いたい....だから悩んでいます。登録されている新しい電力会社は「199社」もあるうえに、どこが本当の意味でクリーンな電気を売ってくれるのか分からないからです。できることなら安い電気を買いたいとも思いますし....化粧品を例にとっても、含まれている原材料に注意を払うようになったのはガンという辛い病を経験してからのことでした。それまでは、どれも売っているものは安全だと信じて疑わなかったし、利益の為に危険な物質を使っていても何も言わない企業も多いのも知りませんでした。本当に痛い目に合うまでは、安全を真剣に調べて選ぼうという気すらなかったのです。どれだけ宣伝や便利さや安さに惑わされていたのか、何も知らなかったのか、自分の実を守りたい一心で知ろうとしてやっとわかることができました。電気も同じだと思います。原発の事故で原子力(核)が危険なものだということがやっと分かったのですから、電気も将来にまでリスクがある発電ではないものを選べるのはうれしいことです。どんなに安くても、サービスがよくても、人が暮らしていく環境を奪ってしまう可能性のある方法で発電された電力は買いたくありません。津波のことでも「津波てんでんこ」や過去の津波の到達地点を示した塚を将来のための警告として昔の人が残してくれたから、ほとんどの人が助かった地区もあったと聞いています。原発事故の経験も忘れることなく伝えていかなくては、と思っています。2011年のあの事を教訓として生かさないでいいのでしょうか。津波や地震の被害だけであれば、恐ろしい思いや辛く悲しい経験をしても、気持ちを建てなおして前向きにさえなれれば、すぐにでも復興に取りかかれます。放射能に汚染されてしまったらそこに行くことすらできません。誰も訪れることのできない恐ろしいほど美しい夜の桜並木.... この写真は2011年か2012年の春に双葉町で撮られたものと記憶しています。原発作業員の方がツイッターで紹介していたと思います。(間違っていたら教えてください)事故は想定できなかったとはいっても、事故は起こり、帰宅困難区域を生み出し、たくさんの方を故郷から追いやった事実は忘れることができません。東京新聞が福島県内の市町村に取材した調査結果では原発事故で避難した後に、病状や体調が悪化して死亡した人は、少なくとも1368人に上ると書いてありました。福島県民の方は、事故から5年の月日がたってもなお、99000人の方が県内外で避難生活をされているといいます。難しいことは分からないし、違っていることもあるでしょう。だけど国が原子力政策を変える気がない以上、自分たちが電力を選ぶことで未来をすこしでも変えていくしかないような気がします。夢のエネルギー、原子力には素晴らしいこともたくさんあるのでしょう。でも吹いてくる風や地下水さえ怖かったあの恐怖は忘れたくありません。それでもどの会社にしようか、まだ悩みに悩んでいます。○○電力の電気をそのまま使う子会社もあるようです。自社の自然エネルギーや水力だけでは需要がまかなえず、既存の電力会社の電気を混ぜることもあるといいます。だけど意識して会社を選んでいく限り、きっと変わっていくと思います。だから、いろんな情報を集めて検討します。「もうすぐ始まる電力自由化ー電力会社を選ぶときにはここをチェック!」 ↑ このサイトには国際環境NGOグリーンピースからの情報があります。少しでも安全で地球環境に優しい電力はどこから買えるのか、まだしばらくは勉強が続きそうです。なんだかくだくだと書いてしまいました。世界中で災害で苦しむ人いなくなり、戦争と核の恐怖のない世界になるのを心から願っています。最後までお付き合いくださりありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2016.03.05
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淡島祭り:流し雛神事毎年3月3日には淡島神社の祭礼があり、流し雛神事が行われます。平安時代の後期には建てられたという淡島神社に女性の幸せと安産を願う信仰は、江戸時代には三浦半島一帯まで盛んであったといいます。今の形で「流し雛」の祭りが行われるようになったのは平成元年からで、毎年多くの参拝者と観光客が訪れる横須賀の有名なお祭りの一つに数えられています。海岸から参道の階段までの道路にはたくさんの露店が店を並べていました。よく晴れた雛祭りの日、観光ガイドさんに連れられたツアーの方たちや外国人の方も何人か来ていました。近隣の子どもたちは毎年露店で買い物をするのが楽しく、かなり前から心待ちにしています。海を左にして歩いていくと、露店が切れるあたりの右手に神社に上る参道に続く階段が。階段の手前には願いをかいて奉納する「底抜け柄杓」の頒布所(初穂料300円)があります。なぜ「底抜け柄杓」を奉納するのか、そのいわれをお話しましょう。この神社の祭神は少彦名命ですが、和歌山の淡島神社の淡島明神の御魂も迎えて祭っています。淡島明神は隣の十二所神社の祭神である天照大神の妹で、住吉大神の妃でした。しかし、こしけ(腰)の病気のため離縁され和歌山の粟島(淡島)に流されました。高天原から島に流されていく途中、船が浸水し柄杓で水をくみ出しました。途中で柄杓の底が抜けてしまいましたが水をくみ出すことができたという故事があります。女神は流された島で女性であるための悩みを持った人を救う誓いを立て、淡島明神になったといわれています。そこで底抜け柄杓に麻のひもを結んで奉納し、淡島明神に病の救済、女性の幸せの成就=縁結び、安産 を願うとかなえてくれると信じられるようになりました。一説には「水が抜けるように安産ができますように」と祈願するためとも言います。「あわせてください淡島様よ、お礼参りは二人づれ」ととなえよき伴侶との巡り逢いを祈願する女性も多くいます。さて、底抜け柄杓を買って進むと急な階段があります。いつもはほとんど人がいない寂しい道なのですが、この日ばかりはたくさんの人が訪れ一方通行です。階段を上がりきると左右に紅白の梅の木があり、ほのかな香りが漂っていました。その先に社殿があります。この日以外はこの小さなお社の扉が開かれることも、ご神体が拝めることもありません。本殿の手前には人形供養の申し込みができる所があります。もう使わなくなったお人形を持ってきてここで供養してもらうのです。昔は海に投じて供養したのですが、今ではお焚きあげで神主さんが供養してくれます。中央の画像の箱に入っているのが流し雛にする人型(お札)です。これに願い事を書いておくと巫女さんが神事の後、海に投げ入れてくれるのです。水にとける紙が使われていると聞き、環境への配慮も忘れないお祭りなのだと思いました。ひな壇の前には「針供養」の針山もありました。さすが女性のお祭りですね。拝殿の扉はこの日は開けられ女性たちが順にお参りをしています。いつもは見られない絵がかけられ、ご神体が拝殿の前に出されています。真中にあるのは子どもを産むように増えるという「子産石」です。昔、近くの久留和海岸にはこのようなまん丸の石が砂浜でよく見つけられたといいます。その石を持ち帰り玄関前に置いたりしておくと、いつの間にか丸い小さな石がそばに現れその家は子宝に恵まれ、栄えたと言い伝えられています。実際に今でも門柱の上や玄関わきの植え込みには「子産石」が置いてある旧家もあります。女性たちは「底抜け柄杓」を奉納し、それぞれの願いを祈りに込めていました。午後もしばらくするとお雛様を乗せた小舟が浜へ降りていく時間になりました。お社を出た船は境内の中では巫女さんに運ばれます。急な階段のくだりでは男性が巫女さんに代わり船を運びます。いよいよお雛様を乗せた小舟が浜に出てきました。お清めが済んでしめ縄の張られた所に小舟に乗ったお雛様たちが安置されます。3月3日3時30分、神事が始まり祝詞が奏上され神主さんが鈴を持って舞を奉納します。神事が終わるといよいよ小舟が海へ出ていきます。まずはお雛様たちが乗船し、巫女さんたちが続きます。少し沖に行くまでお雛様の小舟は船で運ばれて、そこで海に下ろされます。船にひかれたお雛様たちはゆっくりと数回湾内を回っていきます。船からは願い事が書かれたお札が海にまかれ、祈願成就が祈られます。年に一度の淡島祭り。毎年この日には初ウグイスが聞かれることも多く季節が大きく春へと舵をきります。今年は風もなく穏やかに晴れ渡り、海も静かで春を満喫できた流し雛でした。一心に幸せを祈る女性たち、そんな女性の祭りを守っていく人たち。これからも平安な時代が続き、お祭りが続いていきますように。そんなこともお祈りした今年の淡島祭りでした。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.04
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今週の水曜日はいい天気、すこし寒いけどすっきり晴れてくれました。月が変わってもう春、日差しが暖かいです。天候がよくなると、散歩やちょっとしたハイキングにも行きたくなります。近くの林の中に入っていくと、知らない花が咲いていたり、見慣れぬ鳥がいたり...歩いた事のないところや道なき道を行くとワクワクするものです。ネパールにいた時も知らない所ばかりを歩きまわったのですが、なんといってもチトワンのジャングルツアーは心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うくらい緊張しました。ジャングルウオーク:徒歩でのジャングルツアーこの前の日はカトマンズからバスで移動して、その午後にチトワンで一日中歩きまわり、夜のカルチャーダンスまで楽しんだので夜は爆睡でした。でも旅行となると、なぜかどこに行っても朝早く起きてしまうのです。まだ誰も起きていません。疲れているのになんでこんなに早く起きてしまったかというと...誰かが窓の外につないだ牛のベルが、草をはむたびにきれいな音で鳴っていたからです。部屋はこじんまりとしたワンルームで蚊帳がつってあります。シャワーも使え、洋式の水洗トイレなのでまあまあでした。このホテルは食事つきなので朝ごはんは食堂で食べることになります。一番左の画像がレストラン、真中がミーティングプレイスです。みんな開放的なミーティングプレイスで食事をするのが好きでした。朝ごはんの後はその日のアクティビティについての説明もそこであります。2日目の朝ごはんはトーストとプレーンオムレツ。珈琲もおいしかったです。朝食後に今日のジャングルツアーの注意がありました。身軽にすること、飲み物を持っていくこと、大声を出さないこと、明るい色の服は着ないこと特に象やサイに見つけられやすい黄色やピンクは...NG!「象やサイは目が悪いから暗い色なら動かなければ見つからない。だけど黄色やピンクの色を着ているとその人の方に突進してくるからね」そう説明を受けみんな「OK!」「わかったよ~」と返事していたのですが...出発時間に集まってみると明るい色の服着てる人がいたんです(;O;)。それでも誰も注意せず、「ま、平気でしょ」みたいな感じで出かけました。村のメインストリートを歩いていくとたくさんの象に行きあいました。後ろからは「パッパッパッかパッか」と馬の引いた荷車も追い越していきます。村の中にいる象はたいていはホテル所有の象かタクシーの様に使われている象だそうです。しばらく歩くとビジターセンターへ着きました。ここで様々なジャングルツアーや宿泊の情報を得ることができます。「YOU ARE HERE」と書いてあるところが現在位置です。1962年にネパール最初の野生動物保護区になり、1973年に初の国立公園に指定されたチトワン国立公園。南北23キロ、東西80キロにものぼるエリアはすごく広いので、カヌーで1時間+歩いて2時間ほどのツアーではほんの入り口が覗ける位です。ラプティ川の船着き場のはるか向こうにはマナスルがうっすら姿を見せていました。ここから丸木舟に乗ってジャングルトレイルの入口まで行きます。舟の後ろには竹ざおを持った船頭さんが乗り、舟を進めていきます。舳先にはガイドさんが座ります。川を行く間にたくさんのことを話してくれました。チトワンのこと、タルー族のこと、そして野生動物のことも。川には肉食のカワワニと人を襲わないインドガビアルがいるそうです。春はワニの産卵シーズンで、川岸の草むらの中で卵を産むのだということです。中洲の近くや川岸には時折ワニの背中が見えましたが、昼間なので陸にはほとんど上がらないとか。船頭さんは親切にもワニがいると近寄ってくれるのですが安定の悪い丸木舟、ワニの尾っぽの一撃でひっくり返ると聞いて縮み上がりました。しばらく行くと水の中にサイがいました。向こうを向いて何か食べています。舟はもう少し近くまで行こうと向きを変えすすんでいきます。すると...「わぁ!なんて大きなサイなんだ!」と大声をあげた人がいました。そのとたん...サイはくるっと舟のほうを向き、片耳を立ててじっとこちらを窺っているではありませんか!「しぃ!だまって!はっきりは見えてないから、動かないで。動くと威嚇しに来るから」みんなはじっとり汗をかいて沈黙。船頭さんはゆっくりと舟を遠ざけようとします。サイは一瞬すばやくこちらへ向かって川の中を進んでくるように見えました。でも少し脅かしただけで大きな体を岸の方に向けると草の中に入って行ってしまいました。ああ、よかった。あんな大きなサイに舟腹をどつかれていたら、船は転覆して、みんな中州や浅瀬で昼寝しているワニのエサになるところでした。そのあとは、みんなさすがにひそひそ声になりました。すると今度は大きな野生の象が川岸を歩いて行くのを発見。反対側の中州にはきれいな孔雀がいたのですがみんな象に夢中です。小さな声で「あの象どこへ行くの?」と聞くとガイドさんは「僕たちの行くジャングルのほうに向かってるようだね」と笑いながら答えます。象が踏んで茎がバキッと折れる音や、かきわける草の音が聞こえます。耳をパタパタ振りながら確かにその象は私たち行こうとしている方角に向かっているようでした。丸木舟はしばらくして接岸しました。上陸するとガイドさんから注意がありました。大声は絶対出さない、足音もたてないようにする、離れないで...「明るい色の服を着ている人がいます。象やサイが突進してきたら木に登ってください」「グループを二つに分けます。大人数だと動物はみんな逃げていきますから」ウァンさんと同じグループになった私は、内心みんな逃げてくれていいと思ってしまったのですがここまで来たのですから仕方ありません。怖々ジャングルに入っていきました。すぐに背の高さ以上あるエレファントグラスのブッシュに入りました。さっきの象はこの近くにいるかもしれないです...先頭にガイドさんが行き、少し後をみんなが続きました。ガイドさんが立ち止まります。足跡です。サイの足跡がありました。「近くにいるかもしれない、注意して静かに進んで。いたら動かないんだよ」「ええ!動かないでいてこっちに来たらどうするの!?」「動かなければたいていは行ってしまうけど、向かってきたらすぐに木にのぼるんですよ」....だけど私たちのグループにはピンクのシャツ着た人がいるんですが....クックック、...ホォーホッホ、...ケッケケケッケ...ジャングルからは急にたくさんの鳴き声が耳に入って来るように感じました。緊張して耳を澄ませていたせいでしょうか。野生の声しか聞こえないジャングルを無言で歩いていきます。武器はガイドさんの持った棍棒(杖)だけ....草を踏みながら行く自分たちの足音も妙に大きく響いていました。しばらく行ってガイドさんが立ち止まり「シィ!」と言いました。みんなどきっとしてピタッと止まり、ガイドさんがゆっくりと上げる杖に注目...その杖の先を見ると、そこには鳥のコロニーがありました。ふぅ、鳥か...しばらく行くと木の実がたくさん落ちていました。なんでもサイや鹿が好んで食べる木の実で、消化を助ける実だそうです。「ていうことはこの辺にもいるのかな?」と小さな声で聞くと、木の幹を指して「ここに傷があるでしょ?少し前に体当たりして木の実を落としたんだよ。だけど足跡は向こうに行ってるからさんざん食べてからいなくなったみたいだね」ジャングルという自然の環境の中で、野生のトラやサイなどの動物に会えるってすごい!と期待して心弾ませこのウオーキングツアーに参加しました。これまで1時間以上歩いても、まだサイにもトラにも象にも出くわしていません。だけど本心はがっかりするどころかほっとしているのです。まだ先は続いているのですが。こんな状況で急に大きな野生動物が現れたら、生まれて初めての本当の恐怖を味わうことになるでしょう。なんといっても足が速いんですから、かれら!心の中では「どうか何にもこの先にいませんように」と願いビクビクしていました。「まだまだジャングルは続くの?」と聞いてみると「そうずっとず~と向こうまで、だけど僕たちはもうすぐ広い所に出るよ」と言っているうちに360度の展望が望める所に来ました。ジャングルの中にぽっかりと空いた見晴らしのいい野原には動物から避難するためと休憩のために木で作られた物見台がありました。見通しが利いて高い所に上るとなんだかほっとして急に疲れを感じました。だけど野原の向こうにはずーっと向こうまでジャングルが続いていてはるか先にダウラギリやアンナプルナのヒマラヤの峰々が見えるという景色は素晴らしかったです。どこからともなくエネルギーが入ってくるようで、ゆっくりと疲れが取れていくのを感じました。気持ちも落ち着き見回していると、近くの木の上にクジャクがいました。その斜め下の枝にももう一匹とまっています。「クジャクが木にいるってことは下になんかいるんだよ。トラかも」とヴィシュヌがからかいます。ベンガルトラは見てみたいものですが、無防備な状況なので現れないでほしいと心から思いました。物見台から降りたところには得体のしえれない足跡があったのですが、もうそれがなんの足跡か聞いたりする勇気はありませんでした。そこからまた30分ばかりジャングルの中を歩きました。観光客を案内する徒歩のルートなので、危険なことはないと思っていたのですが実際にサイや野生の象に丸腰で出くわす可能性も大いにあったのです。周りに注意して心臓をドクドク言わせながら歩いていくとラプティ川に出ました。(ホッ..)もう冒険はおしまいです(ワニはいますが)。この後また丸木舟に乗って川を渡り、宿まで帰りました。しかし、あんまりはっきりした記憶がありません。きっとジャングルから出た途端、安心して頭が緩んでしまったのでしょう。この日はほかのアクティビティにはな~んにも参加しませんでした。村へ帰ってからはお昼を食べた後、散歩をしたり、他のホテルに泊まっている方たちと話したりして過ごしたのです。次の日には象に乗ってジャングルへ入っていくという計画がありました。ですから夕食後の夜もゆっくり過ごしてヴィシュヌやヤユイさんのトレッキングの冒険話を聞いたり、ピンクのシャツをきた勇気あるウァンさんがどれほど私をビビらせたか笑いながら話した後はさっさと早寝をしたのでした。さてさて、また長話になってしまったようです。ネパール旅行は印象に残っていることが満載だったのでこれでも書き足りない位....最後までおつきあいくださりありがとうございました。次の象に乗ってのジャングルツアーもよろしければお付き合いください。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.02
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3月になり日が高くなってきました朝起きて気がつきました。太陽の昇ってくるポイントがずいぶん東にずれています。まだまだ寒さは強く感じられるけど、陽の光の明るさが気持ちいい!ぶらり散歩に出かけました。あちこちのお宅の庭先に、道路に置いた植木鉢に花が微笑んでいるよう。クリスマスローズ、強さを感じる花ですね。 しばらく行くとローズマリーの花でしょうか、玄関脇でお客様を待っているみたい。 庭で自分だけで楽しむのもいいですが、通りすがりの目を楽しませてくれるように花を配してある家はお世話をしている方の優しい心持ちが伝わってくるようです。玄関脇にこんな装飾をしているお宅がありました。 この扉は開かないようです。鏡が置かれているのが何か新鮮で上に顔を出しているウサギも可愛い。黄色い車もオシャレでした。敷地の片隅にさりげなく植えられているものも ハコベやスズメの帷子と仲良く一緒に咲いているものも 一つ一つが愛らしく日の光を浴びて光っています。もう何年も誰も住んでいない家の庭にも春になると忘れずに咲く花もあります。 近くの小さな畑はよく手入れされていて、少し見ないと新しい野菜が植えつけられています。 大根が終わったらそこには何が植えられるのでしょう。道端のちょっとした空き地に花を植えてくださる方もいます。 草取りをして乾いたら水をやって花を慈しんでいます。これからは散歩に行く先々で楽しめる花や植物も増えてくることでしょう。優しい気持ちで花を育てている方の気持ちが流れ出てくるような花壇の花も見る人が居ようが居まいが時が来れば咲く花々も、散歩をしていると話しかけてくれるようで、心和ませてくれます。このブログに立ち寄って読んでくださった方々にも穏やかなひとときを、ちょっとでもそんな心和む時間の感覚を伝えられたらうれしいです。最後まで読んでいただき、有難うございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね。
2016.03.01
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