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猫と一緒だけど、たった一人の夜夕暮れが迫り、昼間の強い風雨もおさまる気配が感じられてきました。やけに広く感じられるリビングで一人夕食を食べる頃には雨の音も聞こえないほどでした。風はそれでもなお強く、後ろに背負っている山の木々を押し倒そうと唸り声を上げるように吹き荒んでいます。耳をすますと波の音が強くなりまた弱くなりして絶え間なく聞こえていました。音楽をかけ、やはり寂しそうな猫と一緒にカウチに寝そべり灯したロウソクの揺らめく炎を見つめていました。ゆらゆらと瞳に映る炎はまるで誰かが踊っているように動いています。伸びをして手を高く上げ、ゆったりと体をくねらせながら空気に溶け込んでいっているようでした。「お前の家族はどこにいるの?いったいどこからやってきたの?」と尋ねても眠そうに目を細めて何か言いたそうに口を動かすだけ。久しぶりに終わりの決まっていない夜が降りてきていました。家の周りを包み込んで夜がどんどん色を吸い取って真っ暗にしていく…窓を開けて外を見るとほとんど光のない空間がそこにありました。目を凝らして闇の向こうを見透かそうとしても先に行けば行くほど闇の密度は高くなるばかりで重く固まっているようでした。横になって目を閉じてると風の音や波の防波堤に当たるドンという音が聞こえていました。波の寄せてくるのも音というより肌に感じる微かな振動のように絶え間がありません。お腹の中で「ザーッ、ズズゥー」と聞いたお母さんの血が流れている音みたい…ベッドに入ると猫は私の左の足の付け根に頭を乗せ、体を伸ばし前足の一つをお腹の上に当てて一緒に寝るつもりのようです。まだ寝付いていないのか、尾をゆらり、そろり、と動かしていました。次の朝もこれと言ってしなくてはいけないことなど何一つなく、夜がこのままいつまでも続いていくような際限のない開放感がありました。…… 眠ってしまっていたのでしょうか。どのくらい時間が経ったのでしょう。目を開けるとカーテンの色が微かに目に入ってきました。風の音はもう止んでいます。すると鳴き声が…ホトトギスです。空気が柔らかな煙のように見えるほど薄くなった闇の向こうから聞こえてきます。光のとても小さな粒が夜の闇をわからないくらい少しずつ薄めながら朝の気配を運んできている中、アオバズクの声も聞き分けられました。体を起こしてカーテンを開けると、ああ、もう朝がそこに。どこまでが森でどこからが空からわからなかった闇はもうそこにはなく、明るく美しいイソヒヨドリのさえずりさえ始まっていました。アオバズクの声はもう聞こえないのかしら、と耳をすませていると代わりにコジュケイの甲高い鳴き声が突き刺さるようにやってきました。太陽は山の向こうでまだ見えなかったのですが、もうすっかり朝になっています。イソヒヨドリの声によく似たオオルリが近くで控えめに鳴いています。さあ、大好きな Virginia Astley の A Summer Long Since Passed を聴きながら朝の時間を滑り出させましょう。朝日がすっかり昇ったら終わってしまうであろう鳥たちのさえずりをバックに大好きな豆を挽いてコーヒーを淹れ香りが部屋じゅうに広がっていくたった一人の朝…ちょこんと座って見上げている猫に餌をあげてから、ひんやりと雨の匂いの残った小道を通って海まで降りていきました。紫陽花も山百合もあの強い雨風に倒れなかったのですね。木も花も太陽の光がまだ届かないのに自分の中から光を放っているかのように澄んだ色で一層鮮やかに見えました。最後まで読んでいただいてありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2017.06.22
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しばらく夫と別居しています昨夜からの雨は、強さを増した風で斜めになりさらに激しくなってきました。二階の窓から見る景色も雨にけぶっています。冬の間は情けないささくれ箒のようになっていたご近所のバナナですが、出てきた大きな葉が風になぶられて揺れています。右手に降りていくとすぐ海なのですが、ここから眺める景色は深い山の奥のようです。飼い猫が「あなた、誰でしたっけ?」とでも言うように見ています。掃除をしたり洗濯をしても、しなくても良い用事を見つけ片付けても、一人でいる時間を持て余してどんどん時間の流れが遅くなっていく…そう、今いるのは自分の家ではないんです。夫とは別居中。と言っても入院中の家族の家に泊まりこんでいるだけなのですが。他に誰もいない、久しぶりの一人だけの時間。何もしなくてもいいのだけれど、何もしないとここだけ時が滞ってしまうみたい。植物の世話をして曇ったガラスを磨いても一向に時間は元のようには流れず、どんどん濃くなっていく感じがしました。なんであんなに忙しいと思っていたのだろう?大したこともしていなかったのに、今と変わらないのに…テレビも見ず、音楽も聞かずぼんやりとしていると、若かった頃、初めての一人暮らしをしたときのことが思い出されてきました。まだ家具も何もない自分だけの部屋の真ん中で目を閉じて深呼吸したっけ。夜もたった一人、食事も一人ぼっちだったけれど、これから続いていく自分だけの生活に心躍らせていました。次から次へと欲しいものが浮かんできて、何から買おうかと迷ったものです。その頃はまだ収入も乏しく、欲しいものを手に入れることもままならなかったのですが、一番先に買ったのはオーディオセットでした。心配して訪れた祖母がそれを見た時の呆れ顔が浮かんできます。「なんでガス台より先にこんな物買ったの?」食費も浮かせてレコードも買っていたので、部屋にある食べ物はパンととピーナッツバターだけだったなぁ。中古の冷蔵庫を買ってからは1ポンドバターがその中にあるとリッチな気分になったりして。好きな音楽を聴きながらパンにバターをつけてゆっくり食べる…時間がたんまりあってどんなことでもできる気になっていたあの頃…それから数十年。思えばいろいろありました。まだまだいろんなことが起こっていくのでしょう。これからやってくることは予想不可能です。もう過ぎて行ってしまったことをやり直すことはできません。なんだ。今しかないんだな…なんて思ってふと見ると猫は夢の中。ただただクークーと眠っていました。最後まで読んでいただいてありがとうございます。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2017.06.21
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庭のあちこちにかわいい実が明日は夏至。もう一年で一番陽の長い頃になったのですね。梅雨も本格化しそうな、それでも晴れた午後、昨日の雨でしっとりとしている小さな庭を見て回りました。あら!柚子の実が少し大きくなってきている…小さくってなんだかカワイイ。トゲのある枝が自由奔放に伸びて痛かったので一昨年枝を思い切って落としたのです。そうしたら去年は全く花も咲かず、冬至の柚子湯も頂き物ですることになったのですが。時を待っていたのですね。ズキズキに枝を切られ、痛い思いをしただろうに、切り口を癒し、新しい枝を伸ばしまた花をつけた…去年はずっと辛抱していたのかしら。キウイも実を膨らませています。このキウイの木とは長いお付き合い。以前住んでいた家で庭に植えたのはもう35年以上前だったでしょうか。それから程なく今のところに引越しをした時、一緒に連れてきたのです。雄株が1つ、雌株が2つあったのですが、1つの雌株は根付きませんでした。移植したのにしばらくは大いに実をつけ11月には家族で収穫したものです。4、5年も経つとツルがうるさいほどわさわさ伸びて一度すっかり切ってしまいました。次の年からはツルは伸びてくれるのですが、実が採れなくなり諦めていました。6月に花が少し咲くものの、実にはならず、散っていくだけなのです。夏至を過ぎてもツルはぐんぐん伸びるので、夏に間の日陰になる位残して毎年切っていました。なのに去年、また花がたくさん咲き出し実をつけたのです。なんでなのでしょう?このキウイの木も時を待っていたのでしょうか。どんなに実のならない時が続いても命があればいつかは時が来ると、私たちに教えてくれているのでしょうか。プランターでもかわいいナスがふっくりしてきています。 今年は白いナスを一本、まあるいナスを一本植えました。白いナスはビロードのように、まあるいナスはつやつやと美しい。いつもは普通のナスを植えていたのですが、色や形の違うナスで今年は見た目も一味違う料理を考えてみましょう。小さな鉢にはパクチーの芽が出ています。パクチーばかりは買ったものでは満足できません。カメムシのよう、と嫌う方もいるのですがあの香りが足らないのです。こうして作ったパクチーは夏の終わりには1メートルほどの高さになり、水をかけてあげるとサァーっと香りが立つまでになります。まだまだ時間がかかりますが、その時が来たら思いっきりタイ料理を作り、花もスープに浮かせて楽しみましょう。シシトウも次々とできるようになりました。夏の暑い日が暮れる頃、炭をおこして庭で焼き鳥パーティをする時にはこのシシトウも仲間入りするのです。ゆっくりと暮れていく夏の黄昏を楽しみながら、灯火がいるくらいになるまで蚊取り線香の煙をくゆらし、そこはかとないことを語り合ったりしたいものです。入院している家族も予定していた治療が終わり近々退院できそうです。歩くことはうまくできなくても一緒の時を過ごすことはできます。自分の病にとらわれることなく心が元気になるように寄り添っていたいと思います。「シシトウを焼きすぎてるよw」「アガぁ〜、蚊に刺されちゃった」なんてなんでもないことを話して過ごすせる時間がとても貴重です。大好きなステビアもよく育っています。水にステビアとハーブを入れてキンキンに冷やして飲みましょう。喉を冷たい水がゆっくりと滑らかに通っていくのを感じながら、目を閉じて流れていく時間を静かに旅していきましょう。庭の紫陽花も今は盛り。 藍色、薄青、白、ピンク、そして八重の遅咲きもあなたが帰ってくる頃には満開になっていることでしょう。とりとめもない話にお付き合いくださってありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2017.06.20
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今年もまた梅を漬けました去年は近くのお宮の梅の実を分けてもらいました。たくさん生っていたので張り切って木登りまでして収穫。その時の様子は「久しぶりに木のぼり」に書きました。その前の年は落ちた梅を拾わせていただきました。ちょうど今くらいの時期です。「自然の恵みに感謝」でその時のことを見るとほんとに超完熟梅!仕上がりが柔らかくなりすぎましたがとても美味しかったです。今年は剪定後なのでお宮の梅があまり生らず購入。程よく熟れて傷のほとんどない梅が届きました。サイズはLですが、十分な大きさ。熟れ方も具合よく柔らかい梅干しになりそうです。まずは水に浸してアク抜きをしているうちに甕やホウロウの容器を消毒します。梅は焼酎で洗って消毒するのですが容器はしっかりドーバーで消毒です。10%の塩で漬けるのでカビが出ないように念入りにしました。梅のヘタを取っていると主人が手伝ってくれました。彼がヘタを取り、私が拭いて焼酎をまぶし並べていきます。底に塩を敷いてその上にくるっとキレイに置いていこうとすると、大きさや形できちんといかないことがあります。だんだんずれてしまい最後にはきれいな輪になりませんでした。一番上に氷砂糖をまぶしておきます。去年はグラニュー糖を使ったのですが、今年はさくらんぼ酒をつけた時のあまりの氷砂糖です。さあ、ラップをかけて完成。部屋の隅に置き梅酢が上がってくるのを待ちます。子供たちが独立してしまい、みんなで手分けしてワイワイ仕込んだ賑やかさはありません。なんだかちょっとしんみりしてしまいました。家族が難病にかかって一層心塞ぎそうになりますが、そんな時こそいつものように梅を漬けていつものように過ごしましょう。誰がどんなことになろうとも、そのことが原因で不幸になることはなく、私は私の毎日を手繰り寄せ、積み重ねて過ごしましょう。不幸とはおもわず、より幸せになれるように努めましょう。病と闘っているあなたに完治という幸せがやってこないとしても、一緒に今の時間の中でささやかな幸せを感じられるよう、毎日を、なんにも変わらない日々でも感謝して過ごしましょう。梅を干す頃には退院して暑い夏の日差しの中で梅をひっくり返せますように。そしてそんな毎年繰り返されることを何年も何年も積み重ねていきましょう。最後まで読んでいただいてありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね我が家ではドーバー パストリーゼ77 は除菌に大活躍です。感染症にかかりやすくなっている家族のためにもまた購入します。お得な詰め替え用もあり助かっています。パストリーゼ 5000ml価格:3223円(税込、送料別) (2017/6/19時点)
2017.06.19
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梅雨の晴れ間の外苑散歩ずいぶん昔、まだ若い頃にこの辺りに住んでいました。四谷の、昔で言う谷町、買い物は三丁目の丸正。朝には東宮御所の周りをジョギングするのが日課でした。そのままスニーカーで出勤してひどく怒られたことがあったっけ。東京を離れ家族を持って海の近くで暮らしてきましたが、家族の一人が難病になり慶應病院にお世話になることになりました。入院手続きもすみ、夕方の面会時間までぶらぶら散歩。外苑東通り、権田原…懐かしい気がしても映画の中を歩いているようで現実感がない。明治記念館まで外苑東通りを行き右に曲がると、いちょう並木までの道路の左にちょっとした林があります。車の音は絶えず、空気の中にも人工の音が詰まっているような空間だけどホッとする。ベンチもあり木漏れ日が風で揺れていました。コンビニで買ったサンドと飲み物でお昼をと都会の音にまみれた林の中で座っていたら、食べているサンドに蝶々が寄ってきました。口に入れているのに近づいてきて追い払ってもまたヒラヒラとサンドにとまろうとするの。テーブルの上においてあげたらくるっと巻いている口を伸ばしている。翅が少しちぎれてるけど夢中で食べている…横を見ると何羽かのスズメが首をかしげながら両足飛びで近づいてきていました。どうしてわかるんだろう…食べ物があるって。パンを千切って遠くに投げてあげるとすぐそこに飛んでいく…バードアイ。斜め前には二代目観兵榎が細いけれどスクッと立っていました。この榎の親木はここが陸軍青山練兵場であった頃、明治天皇が観兵式でおいでになるときの御座所近くにあったと言います。私が近くに住んでいた頃は樹齢200年とも言われる大木であったのですが、平成7年の台風で倒れました。今の榎はそれの自然実生木をこの場所に移植したのだそうです。受け継がれていく命、守ろうとする命…林を出て外苑内の円周道路を行くとすぐにいちょう並木です。この並木が最近剪定されたのは2015年だったでしょうか。もうたくましく葉を広げ、遠く青山通りまでの空を三角に切り取っています。振り返ると聖徳記念絵画館が見えました。噴水が出ていれば暑さも飛んで気持ちが良かったのに残念です。そうだ!絵画館の右手にはなんじゃもんじゃの木があったっけ。この頃は白い雪のような花が木を覆うように咲いて見事だったはず…そう思い出して来た道を戻りました。絵画館前の駐車場入り口を左に曲がるとその木がありました。ヒトツバタゴ、またの名をなんじゃもんじゃ。花はなく、守衛さんに聞くと5月が花の盛りだったのだそうです。これも昔のなんじゃもんじゃの木ではなく三代目だとか。絵画館を右に見ながら行くと左には麒麟(ユニコーン?)の像が左右にある掲揚台に国旗が揚がっていました。そのまま進むと御鷹の松がありました。江戸城から逃げた三代将軍家光の愛鷹「遊女」が家光が鷹狩りに出てこの場所にあった寺で休んでいる時に飛んできてとまった松とか。こんなに小さい松だったっけ…と思いながら行くとすぐに新国立競技場の建設地に突き当たりました。昔はなかったビル群の中にNTTドコモ代々木ビルが印象的に立っていました。ヒョロヒョロと高く首をもたげたクレーンがあちこちで動いています。もう3年もすればまたオリンピックがここで開幕するのですね。人間の身体能力の限界に挑戦するアスリートたち…どんな記録が出るのでしょう。人はいつまでもその限界を超えていこうと努力していくのでしょうか…なんだか冷めてしまったようにどんな記録が出ても熱狂できそうにもない自分がいました。トボトボと足取りも重くなりがちに外苑ランプを過ぎ、また病院に戻って行きます。11階のレストラン、帝国ホテルの「ザ・パーク」で食事するために向かっているなら、もっと足取りも軽やかで楽しい気分であったでしょう。主治医の先生とのお話「この病気で死ぬことは…まずありません。ですが一生治らない病気です」喜んでいいのか重く受け止めなくてはいけないのか、考えてしまいました。でも本当のことなの?自分の意識がすうっと抜け出して後ろから見つめています。発病しているという診断が下ったのですから事実と認めるほかはありません。(もしかしたら、私たちはみんな病気にかかっているんじゃないの?…「死」という病に)病気になっても健康でいても死ぬことに変わりはありません。どこかに不死の人がいて、私たちのことを「健康だって言ってもみんな死という病にかかっている」と思っているかもしれません。「そう、あの人たちはみんな死ぬ。どうやって死ぬかが違うだけ」そんな風に私たちのことを話しているのかもしれません。そうですね。けれど、どんな病にかかっていても、健康でも「死ぬ日が来るまでどう生きていくか」それを選べる私たちであることに変わりはありません。病気になってもそれで気落ちしてしまっては、生きている日々を無駄にしてしまいます。難しいことですが。話が終わって病棟のエレベーターホールからは、先ほど見たビルが夕映えの残る空に突き刺さるように浮き出ていました。必死で命をつないでいく蝶や木や他の生き物のように無心に命をつないでいこうと、自分を愛しんで生きていけたら。病を得た家族も、健康そうに見える私も、限られた命なのですから。もしかしたら、生きている時間の過ごし方を考えるようにと病が降りてきたのかもしれません。どんな病気であってもその答えが見つかったら、快癒してしまうかも…たとえ治らないにしても生きている時間は今までとは違ってくるはず。入院した家族も病と共にこれからどう生きていくのかに直面するに違いありません。今はまだ何も考えられずにいるのでしょう。けれど戸惑いや悲しみや恐れや絶望に押しつぶされることなくこれからどう一歩一歩進んでいくかを考えられる日が来ると信じています。起こることにはきっと、深い意味があるのですから。最後まで読んでいただきありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2017.06.16
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午後からは雨の予報、日差しのあるうちに散歩に出ました梅雨入りしたのに雨の降らない日が数日続きました。天気予報では午後から雨。朝のうちはまだ陽があったので散歩に出ました。昨日までは雨は降っていなかったのにそんなときには家に閉じこもってた。雨になると聞いたらその前に散歩に行きたくなるなんて…あまのじゃく。外に出た途端大声で笑っているような山百合が崖から乗り出していました。「私のこと笑ってるのね」何て言いながら坂を下りていくと打ち捨てらたボートを覆うようにヒルガオのツルが巻いていました。何年か前には海に出て、風の中を颯爽と走っていたろうに、今は草に埋もれて見捨てられている…その脇にはこれもまた手入れをされることのないアジサイ冬には幽霊のように枯れた花をつけたままもう死んでしまったように見えるのに、こんなにたくさんの花を咲かせている。海沿いの道を歩いて行きました。富士山が見える浜沿いにはマリーナやマンションがあります。マンションのエントランス周りはよく手入れされています。毎年長い間花を咲かせてくれるハイビスカスも咲き始めていました。ソテツの新芽はまだ柔らかそうでツンツンと空に向かっています。そんなに時が立たなくても青くチクチク痛い葉を太陽に広げていくのでしょう。海岸沿いには素敵なおうちもたくさんあります。一軒の家の庭には様々な花の中に花をたくさんつけたスカシユリが揺れていました。こんなにいっぱいの花をつけてあの細い茎は折れてしまわないのでしょうか。ほんの少しのスペースに植えられたアガパンサスは株も小さめです。ひょろりと長い首を精一杯太陽に伸びていっています。花も小さめですあと少しで開きそう。雑草がはびこらないように手入れをしている人がいるのでしょうね。狭い場所でも頑張って花を咲かせる植物。それを慈しむ人。歩いているといろんなところで美しく咲いている花を見ます。綺麗に咲くように、枯れないように…丹精を込めているのを感じると気持ちが明るくなります。このお宅のブーゲンビリアも咲き始めました。ほんとは大きな大きな木で高く二階まで幹が伸び、その先の枝を海側の壁に這わせてあります。冬の間、その幹と枝は老人の浮き上がった血管のように見えるのですが、夏には見事な命の通った壁になります。散歩に出るといつもキョロキョロ。あちこちで楽しませてもらっています。読んでいただきありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2017.06.13
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あっという間に梅雨入りです九州で梅雨入りしたと聞いてすぐ、関東も梅雨入り。晴れてるし雨が続いていないのに…と思ったらしっかり梅雨らしい曇り空。なんだか薄暗く火曜日までの晴天が嘘のようです。庭のミニバラも太陽の光を浴びないとなんだか寂しそう。梅雨入り前の火曜日には海辺のカフェでブランチをしました。西の空は晴れていて海も穏やか。でも陸の上の空には灰色の雲がかかっていました。海の色もその雲の下は重いブルーで透明感も薄い感じ。海も空の様子を映して気分を変えるのですね。雲がとてもゆっくり海の方に降りてきているような、わからないくらいゆっくりと空気の明るさも変化していくよう。海は静かだったけど、わんちゃんも入れるテラスではワンコもいっぱいいて賑やかでした。暑くなく風も爽やかで気持ちいいパラソルの下で、空と海に囲まれて梅雨入り前のひと時、過ごせてよかった。今日はなんだか肌寒くて今にも降り出しそうな空模様です。雨が降ってくれば乾いた土が潤って植物も生き生きすることでしょう。大切な雨だけれど降りすぎないで、ときにはまた気持ちの良い青空を見せて欲しいです。読んでいただいてありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2017.06.08
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キウイの実がつき始めました天候不順の4月、雨の少なかった5月それでも生き物は精一杯なんとなく気分がスカッとしなかったのだけれどかわいい実を付け出したキウイを見たら笑顔になれた ほんの少し前、白い花を咲かせていたと思ったら実が膨らんできている野菜もぼちぼち花が咲き始めた ピーマンと甘唐辛子、一緒のプランターに植えたけどどっちがどっちだかわからなくなっちゃったナスは花が付いたのだけれど、第一花はちゃんと大きくならないキュウリも二種類植えたのに、雌花しか咲かなくて大きくならずにしぼんじゃう...だけどスナップエンドウや絹さやはまあまあの出来トマトも青い実が少しずつ重くなってきた ツルなしインゲンもたくさんの花を付けさやを育ててる梅雨に入ってもいないのに重苦しく晴れない気持ちカチッと固まってつっかえているものが土をいじると溶けていくよう散々待たせた親芋さんも気分を害してはいないみたいだし ニラもよく伸びてきている植物は時期がくれば「気が向かない」なんてグダグダ言わないで大きくなる去年こぼれた種から知らないうちに紫蘇やハーブが芽を出した ミントも土を入れ替え、根を少し切ったら元気いっぱいだもうとっくに発芽保障期間を過ぎている種だって命があれば芽を吹く物置の奥で真夏の暑さや冬の寒さを何回もやりすごしてもうだめだろうとあきらめ半分でたくさん撒いたらほとんどみんなカラから出てきた環境の苛酷さや状況の劣悪さに打ちのめされ思い通りにならない現実にぶちあたって手も足も出なくなってしまうのは人間だけなんだろうか 少しでも光のあるほうへともりもり生えるミックスレタスほかの芽よりも少しでも高くなって生き残ろうとする小松菜出遅れた種はやっと芽を出し、ひょろひょろになって隙間を狙う植物ってほんとにすごいアジサイは「雨が足りないようぅ」といいつつもフェンスの外まで顔を出して通る人に微笑みかけている こんなに天気がいいのにだるいなんて言っていないで歩いてこよう太陽をいっぱいに浴びたら眠っていた種のように心の中で縮こまっていた気持ちが光の方を向いて動き出すかもしれないから心晴れない数日を過ごしていました。愚痴のようなひとり言にお付き合いくださってありがとうございました。 ランキングに参加しています。応援してくださいね
2017.06.03
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