時の旅人

時の旅人

その14


 目の前の少年は当時の僕と同じジレンマに苦しんでいる。偶然の一致なのだろうか。
でも彼は幸せだと思う。僕に対してそれを打ち明けることが出来るのだから。当時の僕は耐え切れずに一人泣き、周囲の大人は里心を呼び覚まされただけとしか捉えず僕をからかうばかりだった。
「僕、生まれてこない方が良かったかもって考えたことがあるんだ」
「解るよ」僕は少年の方に手を置いた。
「お兄さんの親も離婚した。こっちに連れてこられて・・・、友達も出来たけど、秋田も好きだった。いつも一人で泣いてたし、君と同じことを考えた」僕の脳裏には当時の想いがありありと蘇っていた。古傷が痛むとはこんな感じなのだろうか。
「お兄さん、一つ訊いてもいい?」彼は僕の方を見た。
「何だい?」
「お兄さんは、秋田に戻ったのは正しかったと思う?」
「それは難しい質問だなあ。・・・実は答えは今でも出せていないんだ」そう答えるのが精いっぱいだった。
「秋田でも何かあったの?」彼は畳み込むように訊いてきた。選択の自由に苦しんでいるのだろう。いや、彼の年齢ではまだ『自由』という表現はきつ過ぎる。
「秋田でも嫌なことは沢山あったさ。人間だしね。どこへ行っても逃げられないようになってるのさ」ほとんど自分に言い聞かせるように口にしていた。彼が果たして理解するかは分からなかったが、自分の分身のような気がしてならなかった。
「生きてて良かったって思うときは絶対来るよ」
少年の顔に笑みが戻った。
「お兄さんは、どうして三島に?」
「今東京に来ているんだ。明日から1週間、大学で勉強するんだよ。その前に三島を見ておきたかったんだ」
「大学で?」
「通信教育って知っているかい?」
彼は小さく頷いた。
「学校の先生になりたくって、通信教育を受けているんだ。可能性は皆にあるんだぞ。もちろん、君にだってさ」
 柄にもない言葉を口にして気恥ずかしかったが、少年は大きく頷いていた。

 別れ際に僕は彼に尋ねた。
「ねえ、まだ名前を教えてもらってなかったね」
「スギシタタカシ」
 僕は一瞬凍りついた。僕が三島で名乗っていた名前も『杉下隆』だったからだ。杉下は母方の姓で、鈴本の席から抜かれてはいなかったが、いずれ抜くつもりだったのだろう。学校でも杉下姓を名乗っていたのだ。
 何とも複雑な気分になった。それから彼とどんな会話があったのかまるで覚えていない。気が付くと彼の姿はもう見えなくなっていた。

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