時の旅人

時の旅人

その15


 秋田に戻ることになった時、母親と最後に分かれたのも丁度この辺だ。実にあっけない別れだった。小雨のぱらつく朝だったが、父親と一緒に家を出てここまで来たとき、母親は何やら忘れ物を持って追いかけてきた。別れを惜しむ気持でもあったのだろうか。
「元気でね」母親は行ったが、僕はまともに返事もせず、一度も振り返らなかったと思う。
 それまで色々あったので、母親に特別な感情も抱いていないが、最後の別れになるだろうあの瞬間、花を持たせてやればよかったかな、と思ったりもした。

 新町橋(しんまちばし)。この橋から上流に向かって河川敷の家並みを眺めた。緩いS字状に曲がる上流は、秋田で寂しかった時に校舎から見えた幻の風景そのものだ。
 近くにあるようで実は遠かったこの景色を、やっと今自分の目で見つめている。これからも孤独に苦しんだとき、僕の前に現れてくれるのだろうか。しばし橋の上で立ち止まった後、三嶋大社を目指した。

 大鳥居をくぐり、広々とした境内を歩く。境内地はやはり蝉の声が大音響となっている。どうやら近々祭りが行われるらしく、人達が暑いさなかに準備に精を出していた。 懐かしい境内をゆっくり歩いた。この街を静かに見守って来た神々の鎮座する本殿。改築されたらしく以前より明るい雰囲気があった。参拝客に交じって手を清め、本殿に拝礼して、それから数か所でシャッターを切った。

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