私も、いじめられっ子でした。当時はとても辛かったですが、今考えてみると、いじめたくなるような子であったことも事実です。

沢山の子どもを見てきて、
「この部分をこんな風にすればいじめられなくて済むのに・・・」と思うことがよくあります。
ちょっとしたことで、回避できる時もあるので、現場にいるものとしてアドバイスはしています。
この一年間の活動を通じて、そんな部分も含めて半熟卵さんとは、結構つっこんだお話をしましたよね。半熟卵さんの人生をきかせていただいても「人生に無駄はない、無駄にするかは本人次第」っていうのをあらためて感じます。 (2006/08/21 10:10:56 AM)

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ティーンズ応援団長

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2006/08/20
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 携帯版・日刊で【ティーンズ・応援団長シンマが行く「君らへ」】
 というのを発行しています。シンマがなぜ「ティーンズ応援団長」
 などという肩書きをつけて行動をするようになったのか、
 「何のために」という切り口で連載したもの、本日はご覧いただ
 きます。

 こうして半生を振り返ってみると、あらためて人生って芸術だな、
 自分は両親の作品なんだなって感じます。

 初めての1,000人イベントの実施のために、ずいぶんと休んで
 しまいましたが、昨日から再び日刊発行を再開しました。


理科実験日記



1357(060527)
****
何のために1
****
★中村文昭さんが師匠の田端さんによく言われた言葉が「何のためにそれをやるんだ」ということ
★「10代を真剣に考える1日」のイベントをするようになってからよくそのことを考えるようになった
★突き詰めると「シンマは何のために生まれてきたんだ」ということ。答えを導く途上ではあるが
★「ティーンズ応援団長」という肩書きを自分につけた時から、目指す方向は見えてきた気はする(続)
◆この一枚◆開墾後のビールは最高
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1357.html



1358(060528)
****
何のために2
****
★地方のラジオパーソナリティーとして活躍した父。洋裁の講師をしながら二人の子を育てた母

★受験戦争、校内暴力、学校崩壊、立て直すための管理教育。競争によるゆがみが出た時代でもあった
★中途半端ないじめられっ子だった。成績も中途半端だった。生徒会に入っても会長にはならなかった
(続)
◆この一枚◆メルヘンを感じるニセコ駅
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1358.html
→ティーンズ応援団長シンマ


1359(060529)
****
何のために3
****
★野球部に入ったが万年二軍。辞めようと思って顧問に相談しても辞めさせてもらえずマネージャーに
★大学受験は10校11学部。滑り止め校に入学金を納めず、卒業式の日には進路が決まっていなかった
★偏差値と名前だけで選んだ受験校。奇跡的に受かった3校の中から選んだのが青学理工学部化学科
★「化学がやりたいから」ではなかった。社会など文系の教科が苦手で理科はまあまあだったからだ(続)
◆この一枚◆草の根回収車でございます
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1359.html
→ティーンズ応援団長シンマ


1360(060530)
****
何のために4
****
★何をやらせても自信がない。何をやらせても中途半端。とりえの見つからない高校までの自分
★父の影響もあってか華やかな世界への憧れはあった。サークルはアナウンス研究会に所属をした
★大学の半ばまでは、放送業界に進もうと思っていた。しかし家庭教師などをすることで変化した
★管理教育バリバリの高校で過ごしたのだが、嫌でしかたなかった。そのことを思い出したのだ(続)
◆この一枚◆外に出ている以上に逞しく
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1360.html
→ティーンズ応援団長シンマ


1361(060531)
****
何のために5
****
★生意気盛り、少ない経験の中で「今の教育は間違っている」と決め付け大学4年から教職を目指した
★時間が足りない。教育実習もできていなかったので大学院に進学。大嫌いだった母校で実習した
★それも厳しくて生徒にはあまり人気のなかったM先生が実習担当。私も高校時代好きではなかった
★M先生が私の授業を褒めてくれた。本当は優しい先生だった。当時は厳しさが受け止め切れなかった(続)
◆この一枚◆アマガエル
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1361.html
→ティーンズ応援団長シンマ


1362(060601)
****
何のために6
****
★博士前期(修士)課程をする年に教員採用試験を受けた。合格する自信はなく、講師になるためだった
★現場も知らないのに公教育の批判をするのは嫌だったので、何らかの形で学校で教えたかった
★すると奇跡的に採用通知が来た。結婚も決まっていたので正直ほっとした。運の良さに感謝した
★「今の公教育を変えてやる」ぐらいの勢いで飛び込んだが、中に入ると予想を大きく覆された(続)
◆この一枚◆道の駅の中に残される小学校の思い出
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1362.html
→ティーンズ応援団長シンマ


1363(060602)
****
何のために7
****
★どの先生も一生懸命に生徒のことを考えて頑張っていた。私は立派な先輩たちから学び育てられた
★金八先生のモデルになった先生の一人と一緒に学年を組むことも出来た。とても熱くて面白い先生だ
★毎日手書きの学年便りを発行。何気ない会話が記事になる。そこに4コマ漫画を描かせてもらった
★この学校にいた6年間。世間を騒がせているような問題のある先生には一人も出会わなかった(続)
◆この一枚◆中山峠名物「揚げじゃが芋」
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1363.html
→ティーンズ応援団長シンマ


1364(060603)
****
何のために8
****
★逆に悔しくなった。「こんなに一生懸命頑張っている先生がいるのに、何故伝わらないのだろう」
★保護者も大らかで協力的な人ばかりだった。新米である私を可愛がってくれてまた助けてくれた
★「うちの家庭訪問は一番最後ね。奥さんには晩御飯要らないっていっといて」なんてこともあった
★やんちゃなやつもいたが、親とこうして繋がっていることが大きかった。先生だけでは駄目なのだ(続)
◆この一枚◆道の駅だらけ
http://www.s-e-e.jp/i/photo/1364.html
→ティーンズ応援団長シンマ

                   前編終了

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 自分にとって、不幸な出来事だと思ってきたことが
 一番の財産だったりすることがあります。

 貴方にとって、当時は辛かったけど、後から考えると
 その体験があったから今があるという経験はなんですか?

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Last updated  2006/08/20 12:00:50 PM
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私の場合  
半熟卵  さん
たくさん辛い経験がありますけど、ひとつ挙げるとしたら中学校でのいじめられ体験ですね。
人の痛みがわかるというレベルでなく、本当に色々学べました。
いじめっ子たちを許したとき、「人を許す」ことが自分の解放のためにあるのだということも学びましたし。
いじめられる側の心理状態、自己否定から抜け出す大変さ、人から「否定」される事の恐ろしさ、自己肯定感の重要性・・・全てここが原点のような気がします。
そして何より、「人生何度でもやり直せる」「変わりたいと思ったらいくらでも変われる」ということを実体験して、そのことを人に伝えたいと思うようになりました。
だから、今凹んでる人を見ると、大丈夫だよ~っていってあげたくなるんですよね。 (2006/08/20 03:23:47 PM)

半熟卵さんとの共通点はそこですね  

わたしの場合  
幸縁コンシェルジェ さん
わたしも、中途半端ないじめられっこでした。
他に、いじめ対象のローテーションの一部みたいな・・・
まあ、自殺を考えたこともありましたが、生きてますしね、まあ今考えればたいしたことない話ですね。

試合に出ることのないチームで続けたサッカー
(=とてつもなく下手だったってことです)
浪人生活
自分の手で人を傷つけてしまったこと
とそのあとのとても嫌な感情
自分の立ち上げた部署を後から来た上司から戦力外通告さたこと・・・

たいしたことはないのですが
そのときはそれぞれかなりショックを受けてますけど
35を越えてきて、今までの経験に全て意味のあるものと感じることできています。

浪人一年間ですら、タイミングの調整を行うためのものだったのだと感謝しています。
(2006/08/21 08:37:20 PM)

Re:わたしの場合(08/20)  
幸縁コンシェルジェさん
>わたしも、中途半端ないじめられっこでした。
>他に、いじめ対象のローテーションの一部みたいな・・・
-----
浪人=タイミング調整っていう表現素敵ですね。
一年変われば仲間も変わるわけで、一年遅らせたほうが良い事って世の中結構あったりするかもしれませんね。
(2006/08/22 04:21:48 PM)

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