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という罪悪感がある
それが成長へ向かう行動にブレーキをかけてきたかも知れない
成長したい本能欲求から新しい学びへと飛び込むものの
理由もなく最後までやらずに辞める
「こんなことをしている場合じゃない、もっとやるべきことがある」と思うのだ
そしてその繰り返しをしてきた
成長に向かわない行動・・アルコール、のべつくまなく食べる(たまにですけど)など摂食に関すること
または人間関係や、仕事のなかでの依存的なことなら
「こんなことをしている場合じゃない」はなかなか出てこない
これまでのそれらへの執着はかなり熱狂的でしつこかった
これがプラスの方向へ向かえば、どれほどのことが達成できたかと、
とても残念に思うほど、ものすごいエネルギーだった
それは、絶ったようであっても、形をかえて継続した
それに気づいたなら最大限迷惑かけない行動に変化させることはできるけど
どんな行動でも、社会生活に支障なければ放置されて、正常と扱われる
ほとんど正常の範囲を超えている人の行動も山ほどに
世の中に潜んでいると思うけど
何かが引き起きない限りは、生き延びていられるこの世のしくみ
ほとんどの人は厳密には病んでいると思うけど
病んでいる親たちが病んでいる子供たちを育て上げてる
まったくの健康な精神を持つ人ならば、
この社会では目立つし変人になって生きることになるかもね
そしてそんな人に自分がなるリスクは避けて
ただ、そんな人が現れるのを憧れています
夢見る夢子は現実に参加しません
なぜならリスクがこわいからです
生きにくい現実に生きる自信がないからです
自分に自信がないからです
そしてそれも言い訳かも
いままで引っ込んでいて、うまく生き延びてこられたからやるんです
そこに本物の満足はありません
けれど安心はあります
まやかしの心の平安です
本当の親を知らない子供のように
本当の平安を知らないのです
本物は偽者の比ではありません
けれど知らないものは比べようがありません
本当の愛を知らなければ
依存でもなんでも、これこそが愛だと言い張るでしょう
本物を知らないなら
比較もなく
苦しみもない
けれど満足も無いでしょう
そういうときはきっと
満足さえも、しているふりがあるでしょう
本当の満足さえ知らないならば
偽物の満足で満足させようとするのです
けれども本当の自分は、本当の自分はどこからか
叫んでいるんです
だからなにをしていてもどこか空虚なんです
腑に落ちないけど、いくら書いても解決はありません
矛盾した想いを持ったまま生きるだけです
自分が正常ではないと感じる人はかなりまともだと思う
自分がまともだと思う人はそこから進まない
小さい頃の出来事が、今の自分に大きな影響をあたえているという
小さい頃の、どんなできごとが、今のどんな行動に影響を与えているか
それを思い出して癒していこうという方法が山ほどある
催眠療法などもそうだ
そこらへんの治療と称して、あやしいものならゴマンとある
けれど、そういう考え方は実際間違いではないと思う
たとえば思い出してみる
わたしがよく親から言われたのは
自分のことだけしていたらいいと思ってはいけないと
母を助けなさい、家族に迷惑をかけるなと言われていた
わたしは特に反抗的でもなく良い子であったにもかかわらず
そのように言われていた記憶がある
もっと手伝いをしなさいといわれるなら、ごくありふれた普通の言葉
風邪をひいたら怒られた
家族にうつすと迷惑だと怒られた
そしてそれをそうなんだと受け入れる