喜べば喜びが喜んで喜び集めて喜びに来る

「論語物語」


「子路の舌」

 子路は、季子に仕えて、一時はかなり幅をきかしていた。彼は人に頼まれると、例の親分肌を発揮して、よくいろんな人を採用したものだが、子羔(しこう)を費邑(ひゆう)の代官に任命したのも、そのころのことである。

費は季子の領内でも難治の村として知られ、優れた人物でも、完全には治めかねたところである。しかるに子羔は、まだ年は若いし、学問は生だし、人物も、性質も悪くはないが、少しのろまだし、どう見てもそんな難治の地方で、代官など勤まるがらではなかった。このことを知って、だれよりも心配したのは孔子であった。

(子路にも困ったものだ。向こう見ずにもほどがある。なにかとちがって、人事だけは慎重にやってもらわないと、政治の根本が壊れる。それに、第一本人の子路がかわいそうだ。自分では出世をしたつもりで、喜んでいるかもしれないが、おそらく彼の前途もこれでだめになるだろう。愚かな者は愚かなりで、ぽつぽつやらせておく方が、かえって本人のためになるのだが)

子路は、しかし、孔子が自分を非難していようなどとは夢にも思っていなかった。彼は、孔子の門人を一人でも多く世に出してやることに、大きな誇りをさえ感じていた。彼の考えでは、それが孔子の教えを広めるにもっとも効果の多い方法であり、そして孔子を喜ばす最善の道だったのである。

彼はある日、得々として孔子の門をたたき、子羔を採用したことを報告した。ところが、孔子はただ一語、

「それは人の子を賊(そこな)うというものじゃ」

といったきり、じっと子路の顔を見つめた。
子路はめんくらった。彼はこれまで、門人たちのうちでも、もっとも多く孔子に叱られてきた一人ではあるが、いまだかつて、こんなにだしぬけに、しかも、こんなにぶっきらばうな言葉をもって、あしらわれた覚えがなかった。彼は、目をぱちくりさせながら、孔子はなにか思い違いをしているのではないか、と考えた。で、もう一度彼は、

「このたび、子羔を費邑の代官に登用することができました」
 と、できるだけゆっくり報告した。

「わかっている」
孔子は、眉ひとつ動かさず、子路を見つめたまま答えた。

子路は、これはいけない、先生は今日はどうかしている、と思った。しかし、子羔を用いたのが悪かったとは、まだ夢にも思っていなかった。で、彼は軽く頭を下げながら、

「また一人、同志を官界に出すことができました。道のために喜ばしく存じます」

「人の子を賊うのは道ではない」
孔子の視線は依然として動かなかった。

子路は、この時はじめて、「しまった」と思った。孔子の機嫌を損じている理由に、やっと気がついたのである。しかし、あっさり自分の過失を謝ることのできないのが、彼の悪い癖だった。それに、第一、彼は、のろまだという定評のある子弟を自分が知らないで用いた、と孔子に思われるのが辛かった。(自分に人物を見る明がないのではない。子羔の人となりぐらいは、自分にもよくわかっている。わかっていて彼を用いたのには、理由があるのだ)そう孔子に思わせたかったのである。

「子羔のためにならないことをした、とおっしゃるのですか」
彼はつとめて平気を装いながらたずねた。

「君はそうは思わないのか」
孔子の態度は、あくまでも厳然としている。

「むろん、子羔には少し荷が勝ちすぎるとは思っていますが…」

「少しぐらいではない、彼はまだ無学も同然じゃ」

「ですから、実地について学問をさせたいと思うのです」

「実地について?」

「そうです、本を読むばかりが学問ではありません」

子路は、とっさに、孔子がいつも自分たちにいっていることを、そのまま応用した。孔子は、それを開くと、すぐ目をそらして、妙に顔をゆがめた。子路は、しかし、孔子の表情をこまかに観察する余裕を持たなかった。彼はやっと孔子の凝視から逃れることができて、やれやれと思った。とたんに彼のロは非常に滑らかになった。

「費には、治むべき人民がおります。祭るべき神々の社があります。そして、民を治め、神を祭ることこそ、なによりの生きた学問であります。真の学問は体験に即したものでなければならない、とは常に先生にお聞きしたことでありますが、特に、子羔のように、古書について学問をする力の乏しい者は、一日も早く実務につかせる方がよろしいかと存じます。だれだって、実務を目の前に控えて、ぐずぐずしてはおれませんから」

子路は、一気にしゃべりつづけた。そして自分ながら、とっさに孔子自身の持論を応用して、それを自分の言葉で巧みに表現することのできたのを得意に感じながら、孔子の返事をまった。孔子は、しかし、そっぽを向いたきり、ものをいわなかった。彼はじっと目を閉じて、なにか思案するようなふうであった。

子路の目には、妙にそれが痛々しかった。自分の言葉が、図星に中りすぎて、さすがに先生も困っておられるな、と思った。彼はなんとかその場を繕わなければならないと思ったが、残念ながら、そんな場合の技巧は、彼の得意とするところではなかった。で、彼も丸太のようにおし黙っていた。

そのうちに、彼はしだいに孔子の沈黙が恐ろしくなり出した。孔子の沈黙は、いつもただごとではなかったからである。彼は孔子の横顔をぬすみ見ながら、そろそろ自分を反省しはじめた。

(自分は、今先生にいったとおりのことを、ほんとうに信じているのか)
 いや! と、彼は即座に自分に答えざるを得なかった。

(子羔のためにならないのは、先生の言葉をまつまでもなく、知れきったことだ。すると、自分は、いったいだれのために彼を採用したのだ? むろん費の人民のためではない。子羔自身のためでもなく、費のためでもないとすると…)

彼はここまで考えてきて、もう孔子の前にいたたまれなくなった。なんとか機会をとらえて逃げ出す工夫はないものか、と考えた。向こう見ずの彼だけに、いったん反省し出すと、矢も楯もたまらないほど恥ずかしくなるのであった。

その時、孔子の顔が動いた。子路にはそれが電光のように感じられた。孔子の声は、しかし、ゆったりと流れた。
                                  「私は、議論がりっぱだというだけで、その人を信ずるわけにはいかない。なぜなら、真に道を行わんとする人であるか、表面だけを飾っている人であるかは、それだけでは判断がつかないからじや。われわれは、正面からの反対のできない道理で飾られた悪行、というもののあることを知らなければならない。己の善を行わんがために、人を賊なうのがその一つじゃ。そんな行いをする人は、いつも立派な道理を持ち合わせている。そして私は……」

ここで孔子は、いちだんと声を励ました。

「その道理を巧みに述べたてる舌を持っている人を、心からにくむのじゃ」
子路は、喪心したようになって、孔子の門を辞した。

彼が、体験に即した学問というもののほんとうの意味を、はっきり理解し得たのは、それ以後のことだといわれている。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆(終わり)

「その道理を巧みに述べたてる舌を持っている人を、心からにくむのじゃ」

孔子のこの言葉は、自分自身も深く反省させられました。
こういう事を学校でも教えてくれる、日本の教育になる事を、心から願うとともに、自分自身もそうなりたいと思う次第です。


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