されど私は求め続け

されど私は求め続け

短編小説



それは良く晴れた晴天の日だった。
その青さに魅入られ目を離したのがいけなかった。
突然出てきた人を避けれず、僕は海にバイクごとダイブしてしまったらしい。
多分、苦しむ間も無くいけたのかも知れない。
だって、目の前にある僕の体は外傷もなく綺麗だから。
案外、死んでから混乱してる人が多いと小説や漫画などで多いが意外と
そうでもない。
やはり、空想で書かれてることは当てにならないんだな。
「先生!!!陸は!!!」
その時、ドアが勢い良く開き見知った顔が入ってくる。
父に母に妹の沙耶。
皆、青ざめた顔で目の前にある薄布を顔に掛けただけの
ただの肉の塊を見つめている。
「手を尽くしましたが残念ですがすでにお亡くなりました」
「そんな・・・」
泣き崩れる母を抱きしめる父。
あぁ意外だな、親父でも俺の為に涙を流してくれるのか。
昔から親父とは衝突が絶えなかったが、こんな親父に出くわすのは初めてだよ。
「お兄ちゃん・・ぅぅ」
そして、一番見たくないひとの顔が飛び込んでくる。
ずっと昔から大切で、守ってきた大事な妹。
大好きな人だからこそ、こういうときには見たくなかったんだけど
どうしても目がいってしまう。
沙耶は何かを決意した目で検死台の上の元俺だったもの手首に手を添える。
無駄だとわかっている筈なのに自分で確かめないと気が済まないらしい。
そして、またすすり泣く。
なんだろうな、俺が死んだことは悲しくないし何とも思わないが
沙耶が泣いてる姿を見ると胸が締め付けれる。
俺は思わず、その髪を撫でてやると手を伸ばし気付く。
そうか、触れないのか。

これが初めて自分の死を体感した瞬間かもしれなかった。


そうして、葬儀も何もかもが済み1ヶ月がたった。
だが、未だに俺は天国へはいけないらしい。
「かったるいな、なぁお前もそう思うだろ?」
俺は自分の家の飼い猫に話しかける。
こいつは俺が見えてるのかよく目が合う。
あまりにも目が合うものだから、昔の特訓の末に覚えさせたお手をさせると
見事にしたのには驚いた。
因みにお手と言っても何故か腹を出すだけなのだが。
それでも、芸と呼べるからそのまま覚えさせたのだ。
そういや、この芸をやらせると良く沙耶が笑ってくれたな。
「ルイ~ごはんだょー」
その時、丁度よく妹の沙耶が入ってくる。
「ぇ」
短く驚きの声が上がったと思ったらキャットフードが入った器が落ちる。
それは派手な音と共にまき散り、ルイがあわてて逃げ出した。
「ルイ!!!」
沙耶が逃げ出した猫を追いかけ走り出す。チラッと見た顔には一筋の涙が
溢れていた。
俺もその後に続いていく。
「捕まえた!ねぇさっきなんで芸をしてたの!?!あれは一人じゃやらないよね!?
答えて!!答えてよ!!!」
ルイを強くゆすりかえってくる筈もない事を聞いている。
ルイがついに耐え切れずに沙耶に爪を立てて攻撃した。
「っ!!」
その隙にベッドの下に潜り込んでしまった。
「ぅぅ・・・お兄ちゃん・・お兄ちゃん。一人にしないって言ったのに」
嗚咽と共に小さな呟きが聞こえる。
沙耶の姿を見るたびに胸を締め付けられる。
触れることも声を届けることもできない自分がもどかしい。
そうか、これがどうしようもないぐらいの愛なんだな。死んでから気付くのも
俺らしくて笑えるな。
馬鹿だな俺。
未だに泣いてる沙耶の頭を撫でるように手をかざす。
触れられはしないけど気持だけでも届けようと。
いつの間にか嗚咽は穏やかな寝息と変っていた。
俺はそれを見届けてからルイに呼びかける。
「なんでお前だけ見えるんだろうな?」
「にゃ~」
無邪気に足に擦り寄ってきてこすり付けようとするがすり抜けてこける。
それが可笑しくて顔が自然と綻ぶ。
「ルイ。お手」
ルイは一鳴きしてからおなかをだして転がる。
「んーせめて声だけでも届くといいんだけどな」
「・・・お兄・・ちゃ・・ん?」
「ぇ」
それはなんの因果か偶然にも沙耶と目が合ってしまった。
暫しの沈黙の後、沙耶が涙目になりそして勢いをつけて飛び込んできて
すり抜けて床にダイブする。
「はぅぁ」
「・・・ぷ。あははは、ルイは沙耶に似たのかもな」
沙耶がルイと同じ行動を取った事に笑いながらもどこか心が温まるのを感じていた。
「なんで触れないの!!」
むくっと起き上がり涙目に講義する沙耶が可愛くてつい笑ってしまう。
「そりゃあ俺はとっくに死んでるしな。それよりも俺が見えるのか?」
「ぼんやりとだけど・・・見えるよ。触れないのがもどかしいぐらいに」
沙耶が手を伸ばす。
それに俺の手を重ねようとするがすり抜けるだけ。
その事実は揺るぎようがない。
「なぁ、今更ながら気付いたんだけどさ。どうしようもなく好きな奴がいるんだ」
「そうなんだ。私もだよ。その人がいなくなって初めてこの気持に気付いて
涙が止まらなかった。嬉しさがこみ上げて来て・・・そしてその人がいない事実を
突きつけられてへこまされたょ。本当になんでいなくなるんだろうね」
お互いがそれで通じ合う。
自分が消えて初めて気がついて。
その人がいなくなって思い知らされて。
「馬鹿みたいだな俺達」
「今からでも言ってくれないの?」
「・・・そうだな。大好きだよ沙耶」
その一言で泣き出してしまう沙耶を抱きしめようと腕を伸ばして後悔する。
「私も大好き」
だけど、その一言で全てが救われたような気がした。
どれぐらい無言の時間を過ごしただろうか。
突然沙耶が立ち上がる。
「ちょっとまっててね。いい事おもいついたょ」
「なんだ?」
「内緒。きっと怒るから。ここで待っててね」
そういい残し部屋を出て行く。
ああなった沙耶は頑固でいう事を聞かない。
いっつも俺が折れるしかなかった事を思い出す。
そうだな、俺が思い出すのは全部過去だ。
沙耶はまだ前に進める。いつまでもここにいたらやっぱダメだよな。
死者と生者は一緒には歩めない。
俺は思い出の中で生きれれば・・・
戯言だな。
このまま消えたくない。
沙耶を連れて行きたい。
俺が望めばきっと付いてきてくれるだろう。
だけど、それで本当にいいのか?
「お待たせ!何、青い顔してるの?あ、死んでるんだから当たり前か。あはは」
「顔が笑ってないぞ。逆に怖い」
「笑えるわけないでしょ」
「・・・」
「・・・」
「・・・すまん」
「冗談よ。それよりもこれあげる」
目の前に落ちてきた封筒には丸っこい文字で遺書と書かれていた。
「おい!!何の冗談だ?」
「そのまんまよ。だらしないお兄ちゃん一人だけで逝くのは可哀想だから私も連れってょ」
沙耶は笑顔を取り繕ってるが全然笑えてない。
自分が言い出したことの意味も本当に解っているか怪しいぐらいだ。
「沙耶はまだ生きてるんだ。俺の勝手で連れて行けない」
「私はお兄・・陸の彼女なんでしょ?・・・私は一人で生きるより陸との死を望む」
「分かったよ。沙耶、俺の為に死んでくれ」
「うん」
そして、沙耶が取り出した薬を飲み込みベッドに横たわる。
「次に目を覚ましたときにはお兄ちゃんの隣にいれるかな?」
「あぁ、きっとすぐに逢えるさ」
そして、沙耶の体から命の雫がきえてゆく。




「だーれだ?」
不意に目の前が真っ暗になり甘い声が耳に届く。
「沙耶しかいないだろ」
そこには生前と全く同じ姿の沙耶が微笑んでいる。
「・・・そうだね」
目の前に回りこみ、壊れ物を扱うように優しく抱きしめ、唇を塞ぐ。
「やっと、抱きしめられるしキスもできるな」
「嬉しいけど、どうせなら生きてるうちにしたかったかも」
二人して笑いあう。
お互い、もうすでに残された時間は少ないだろう。
けど、互いに触れ合えるこの時間が愛おしい。
「幸せだな」
「幸せだね」
そして二人はとけて消えゆく。

それを見守る猫は穏やかだった。





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