†World of Azure†

†World of Azure†

犠牲者は…




数日後。
相変わらず客のいない店内で神威と遊烏は入口の脇に置いてある時計を眺めていた。
「この時計…今は何も感じないんですけど夜はすごく嫌な感じがするんですよね」
カウンターの席に腰掛け、足をブラブラ揺らしながら少女は呟く。
朝の、白い太陽の光で白銀の髪は輝いていて、青玉のような瞳は真っ直ぐにからくり時計に向いている。
「何か憑いてるのは確かなんだけど…」
その横顔を見ながら神威が煙草を銜えると、少女は目を細めてから考え込んだ。
「これを持ってきたヤツは夜中に呻き声が聞こえるって言ってたな」
煙草に火を点け、カウンターの上に肘を置きながら男は呟く。
「此処に来る骨董品ってホントそんなのばっかり…」
「何言ってんだ…お前たちの仕事がそういうのだから集まってくるんだろーが」
溜息を吐いて肩を落とした遊烏に神威は苦笑しながら言った。
「先生こそ何言ってるんですか。私のお仕事は喫茶店経営、お兄ちゃんの仕事は何でも屋兼大家さんですよ?」
「その喫茶店の客は何をしに来てるんだ?」
「う…」
口を尖らせた遊烏に口の端を上げながら神威が紫水晶色の瞳を向けると、少女は言葉に詰まってしまう。
「物の怪の関係する事件を解決する陰陽師の子孫。警察では解決出来ないような不可解な事件を扱う退魔師」
少女の髪に指を通しながら男は静かに言う。
「それは本業じゃないんですって…」
「俺様は、お前たちに興味を持ってこの国に来たんだ」
「ですからぁ…こういった霊的なものは私よりは拝み屋のシキちゃんの方が得意なんですって。先生の書きたい『怪談』は、幽霊の話でしょう?」
頬を赤らめながら遊烏が言うと、真剣な顔になって神威は少女を見つめる。軽く溜息を吐いてから少女は青玉色の瞳を向けた。
「物の怪と幽霊は違うのか?」
「…幽霊は人が死んだ後に残る魂魄。物の怪は人ならざるモノ…先生の持っている本でいう『怪物』に近いモノです。この時計に憑いているのは明らかに幽霊で…私には見えるけどどうしてあげる事も出来ない部類なんです」
真っ直ぐにその瞳を見返しながら神威が首を傾げると、遊烏は頬を紅潮させたまま説明をする。静かな声が静まり返った店内に響く。
「俺様の国では皆一くくりで『ファントマ』と言うんだが…この国では違うんだな」
少女の説明を聞いて納得したように頷いてから神威は呟く。
「そうですね…。人間は特別だ、と…そう思いたいのかもしれません」
「…ところで、今回の事件のコトはどう考えているんだ?お前は何か分かっているんだろう?」
視線を逸らしてから声のトーンを落として遊烏は言う。白銀の髪に指を絡ませたまま、神威は真剣な顔になり、頷いてから話題を変えた。
「どうしてそう思うんです?」
一瞬、今までに見せた事のない冷たい表情を微かに覗かせてからすぐにいつもの調子に戻り、遊烏は首を傾げる。
「…俺様のカンだ」
「楸、いる?」
事も無げに、煙と共に吐き出された言葉に遊烏が溜息を吐いて神威を見ると、そこに爽やかな声が響き、青年が入ってきた。
「あ、キタシロくん。どしたの?」
「あ、いたんだ。なら良かった」
入口に視線を遣り、少女が立ち上がると青年は爽やかに笑ってそう言う。
「キタシロ、話が読めねぇぞ」
灰を落としながら神威は目を細める。遊烏が頷いて視線を遣ると、
「また殺しがあったんだ。顔が潰されてて身元が分からなかったんだけど、被害者の背格好と髪の色が楸に似てたから様子を見に来たのさ」
青年は腕を組みながら真面目な顔になった。柘榴石色の瞳は真っ直ぐに少女を見つめている。
「この髪と…似た色…?」
「遊烏!今回の被害者の身元分かったぞ!!」
青年の言葉を聞いた遊烏が意外そうな顔をして呟くのと同時に龍生が店に飛び込んでくる。
「お兄ちゃん…。今ちょうどその話聞いたトコなんだけど…情報早いね」
「まぁな。見直したか?」
驚いた顔で兄を見つめた遊烏が微笑むと、龍生は自慢げに笑って胸を張る。
「へぇ…本当に情報屋だったんだ。」
「あ?あぁ。お前は?」
片眉を上げて言った青年にチラと視線を向け、龍生は名刺を渡す。
「俺は自警団員の北代央志って言います。よろしく」
名刺を受け取ってそれを見てから青年は爽やかな笑顔で名乗った。
「きたしろ…ひさし…か。覚えとくよ」
「それより、被害者の身元は?」
瑪瑙色の瞳を青年に向けながら言った龍生に神威は尋ね、遊烏は頷いてから腰を下ろす。
「炎樹財閥の娘、炎樹華弥。今回も夜中に屋敷から忽然と姿を消して、今朝ごみ捨て場で顔を潰された状態で『投げ捨てられて』いたんだ。姿を消したのは丑の刻くらいじゃないかと家人が証言している。直前まで兄貴が一緒に居たらしいからな」
近くにあるテーブル席に腰掛け、頬杖をつきながら龍生は手帳を開いて話し始める。
「今回は何処も切り取られてないの?」
「不思議な事に、顔以外は綺麗なままなんだ」
遊烏が央志に席を勧めてから立ち上がり、カップに珈琲を注ぎながら首を傾げると、濡烏の髪の青年は龍生の正面に座りながら肩を竦めた。
「髪の色、背格好が遊烏とあまりにも似てたからすぐに調べてみたんだよ」
「その『お嬢様』とやらの写真はあるのか?」
珈琲を運んできた遊烏を見上げながら龍生が言うと、神威が頬杖をつきながら目を細める。
「あぁ!今回は金持ちの家だったからな。写真を手に入れられた」
懐から写真を取り出し、立ち上がった龍生は神威にそれを手渡す。受け取って、暫くそれを眺めていた神威は徐にポケットから何枚かの紙を取り出し、カウンターの上に並べてから何かを考え込む。
「先生、何か分かるの?」
そんな後姿に央志は首を傾げながら声を掛けた。
「次の狙いは恐らく足首だろうな。楸、足のサイズは?」
指でカウンターを叩きながら隣に座った少女に視線を向け、神威は尋ねる。
「へっ?…弐拾四せんちですけど…」
「へぇ…意外にデカいんだ」
一瞬戸惑ってから遊烏が答えると、央志は軽く笑いながら言って、珈琲に口を付ける。
「…それくらいのサイズの女が危ないな」
「どういうコトだ?」
肩を落とした遊烏に苦笑しながら神威が呟くと、龍生は眉を顰める。
「コレを見てみろ」
カウンターの上に並べていた数枚の紙と写真を手渡しながら神威が言うと、受け取った龍生はそれらを見比べる。被害者から切り取られた部位と特徴などが似顔絵付きで事細かに書き出されたそれを央志も覗き込み、二人は暫しの間考え込む。遊烏は薄々何かに気付いていたようで、隣に座る黄金色の髪の男に視線を遣った。
「気付いたか?楸」
「まぁ…数日前の被害者と似てるって言われたコトありましたから…」
紫水晶色の瞳を向けて神威が尋ねると、遊烏は頬を掻きながら頷く。
「ふーん…犯人の狙いは楸ってコトか」
「遊烏の方が可愛いと思うけどな…。って、冷静に言ってる場合かっ?!」
視線を写真から少女に移した央志が納得したように言うと、龍生は冷静な三人の顔を見回した。
「…今の所楸に実質的な被害は出てないから自警団としては行動に移せないんですよね」
「被害が出る事を分かっていながら何もしない訳か。帝都警察と大差がないな」
「自警団の本業ではないですから」
「なんか二人とも雰囲気が怖いんだけど…。それより、その被害者の家族は何も見てないのかな?」
腕組みをしながら央志が言うと、龍生が目を細めて静かに言う。それに対して青年が柘榴石色の瞳を向け、笑顔で返した。二人の瞳が全く笑みを湛えていない事に気付いた遊烏が小さく呟いてから彼らに疑問をぶつける。
「さぁ?俺は遺体の状況見てからすぐにここに来たし?」
「…仕事をほったらかしにしたらマズいんじゃないのか?」
「街の人間の様子や状況を把握しておくのも、安全を守る自警団の仕事ですから」
「さっきと言ってる事が違うようだが?」
「そうですか?」
肩を竦めた央志に口の端を微かに上げて龍生が視線を向けると、青年はまた表面だけの笑顔を浮かべて返す。彼の言葉に鉄色の髪の男が大袈裟に肩を竦めながら言い、柘榴石色の瞳の青年は笑顔のまま心外だ、という風に微かに首を傾げる。
「…で、龍生は何か情報あるのか?」
二人の間で静かに飛ぶ火花に、遊烏が助けを求めるように視線を遣ると、神威は苦笑しながら龍生に問い掛けた。
「何も見てないらしい。玄関にもしっかり施錠して、自警団を雇って警備させてたから、侵入者がいたらすぐに分かるハズだって言ってたな」
「…今回もそうなんだ…」
視線を戻して龍生が言うと、遊烏は何かを考え込みながら呟く。
「…。とりあえず、俺は上に掛け合って見回りを強化してもらうようにするよ。楸は、夜には出歩かないように」
その様子を目を細めて見ていた央志は立ち上がり、そう言い残して店を出ていった。


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