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もう20年ほどまえ、子供と夫といっしょにスウェーデンに住んでいたころ、夫に「せっかくヨーロッパに住んでいるからイギリスへ行けないかしらね」と言ってみたことがありましたが、子供たちも3歳、1歳、0歳と幼かったので、連れて歩くだけでも大変だったので、ノルウェーのオスロとイエテボリからフェリーでいけるドイツを回っただけで帰って来てしまいました。そのころからいつかイギリスに行きたい、とずっと思っていたのです。英語を学んでいるならイギリスとアメリカは行っておきたい、ということで、アメリカへは講師時代に行ってホームステイもしたのですが、イギリスとオーストラリアはまだ渡航経験がありません。とりわけ大学で英文学の講義もたくさん聞いていたので、イギリスという国への期待は次第に高まっていきました。 そうしているうち、連れ合いが「学会の出張でイギリスへ行くけど、ついでにくっついて来たら?」という話を聞いて「何とかして行きたい」と思い立ったわけです。もちろんわたしの分の旅費と宿泊費は自費ですが、なにぶん話し相手があるというのは気楽なものです。行き先はスコットランドの都市グラゴー。ロンドンから離れているのでロンドンの市内観光はできませんが、そのかわり湖水地方やネス湖へ行きたいな、と思っています。毎日ガイドブックをめくってルンルン言っています。サイエンス・ワールド ネス湖 伝説の真実(DVD) ◆20%OFF! 図説スコットランド
2008.09.22
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わたしのスクールに本棚が設置してあり、ちょっとした学級文庫のようにしてあるのですが、いつもその本を借りる常連の子がいます。 今は学校でも図書をゆっくり借りたりする時間があまりないそうで、区の図書館もあるのですが、人口のわりに手狭なので、いつも誰かが借りています。 そういうとき、小さいこどものころから書物と親しむことの大切さをつくづく感じます。新美南吉のときも書きましたが、美しい景色、美しい感情を理解する心は幼いころから育てなければなりません。ところが、ゲームづけでテレビにかじりついています、とお母さんがなげく子どもさんはなかなか成績も上がりません。はっきり言って最初からゲームは買い与えない方がその子の将来のためなのです。「ゲーマー(ゲーム狂)はいや。話題が狭いもの」とわが家の娘たちは言います。そうして、「わたしも自分の子どもにはゲームを買ってやらない。自分も買ってもらわなくてよかったって思う」と今になって言います。「そうでなくても本を読む時間ってあまりないから」だそうです。 このごろ幼いころから本に親しませるにはどうしたらいいか、と考えています。本の好きな子になると、実用的な価値だけを考えたとしても、テストの問題自体もしっかり読み取ることができるし、問題文を読む早さもずっと速くなり、結局中学生になってから慌てて塾に入れてあせるよりもずっと効果が高いのです。もちろん、読書の効果はそれだけではありません。他の人の心の動きを想像することができるから、いじめとか、人間関係においてぎくしゃくしたものも起こしません。 同じ本しか読まない、というお母さんも多いですが、それでもいいと思います。たとえば電車の好きな子だったら電車の関連本ばかり読めばいい。それからアガサ・クリスティのオリエント急行殺人事件か何かを読んで、本格的な推理モノにはまる。推理モノは登場人物の関係や動機がしっかりつかめないと、犯人が推定できないから、集中して読める。それがプラスになります。「あ、おもしろい」でもいいと思うんです。わたしはオカルトマニアで、「おばけ本」ばかり読んだ時期がありました。そのうちミステリアスな民話や都市伝説にはまり、柳田國男にはまっていきました。通信教育の添削などで国立大に悠々と入っていくのはこういうマニアックなタイプの子です。じっくり腰を落ち着けて考えることに慣れているのです。遠野物語新版
2008.09.20
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愛知万博、愛地球博を憶えていらっしゃいますか?愛知万博を記念して作られたのが海上の森(かいしょのもり)公園です。 最初は万博の会場予定地で、この森一帯を切り開いて宅地造成を考えられていたそうですが、オオタカ(準絶滅危惧種)はじめ、モモンガなど貴重な野生生物の宝庫であることが有識者によって指摘され、自然保護のために森自体を展示し、エコロジーを訴えるために最小限の開発をされた森です。メイン会場の長久手会場へは丸いころころしたかわいいゴンドラで結ばれていました。 その森と緑にあふれた海上の森へ行って来たのです。雨がぱらつき始めていましたが、木の匂いがぷうんと漂っていて、落ち着くところでした。森の中の植物や生物の写真です。 本館の中から森をながめられます。左手の目の前にある高い木はモモンガが万博の最中も住みついていたという木が移植されていました。 その木に住んでいたというモモンガの写真が展示されていました。今は住んでいないのでしょうか。森の方が環境がいいですからね。愛知万博で好評だった案内役の美人お姉さんロボットなどのガイド本。誰ですか。女房にしたいと言ってるのは?愛知万博最新ロボットガイドこちらは美容にいい、ヨルダン館で使用された死海の塩。 これぞ元祖死海の塩!愛知万博ヨルダン館で使用!発汗抜群☆クレオパトラの秘蔵品♪入浴剤 死海の塩 マッシュソルシー海上の森の四季海上の森の物語 海上の森奇譚
2008.09.16
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今ごろになると半田市(名古屋市からマイカーで1時間ほど)の矢勝川沿いに彼岸花が咲き誇るので、「そろそろ咲いているかもしれないね」と連れ合いとでかけて行きました。半田市のこのかいわいは童話作家で知られた新美南吉のふるさとで、彼の童話にまつわる記念碑や実家、記念館などがのんびりした田園風景の中にひろがり、「ふるさと」を感じる大好きな場所のひとつです。あいにく、彼岸花はまだ咲き始めで、赤いつぼみがちらほら見えている程度で、あと2週間待ちといったところでしが、コスモスが咲いていてきれいでした。 この川の土手を渡ると、新美南吉記念館があり、そこに妙にたくさん車が止まっているので、「何か特別展をやっているのかしらね」と行ってみると、新美南吉安城高等女学校赴任70周年記念と題して「教師南吉と67人の生徒達」という特別展をやっていました。彼は結核で若くして世を去るのですが、若く純粋な才能を教師として熱くひたすらに燃焼させた結果、多くの生徒たちにすばらしい指導をしていて、生徒の作文に入れられた朱書きは、かつては小学校の国語の作文教育にも携わったこともある教師としてわたしも胸を打たれました。「その店の様子はこれで充分だ。その店がどういう感慨をあなたに与へたのか、それをききたいのである」「努力はよく払われてゐる。 よく表面上は磨かれてある。しかし『書臭』がつきまつはっている。君自身の独創性で光ってゐる箇所がない。畢竟、『観察』が足りないのである」 戦争に入っていく時代で、多くの女生徒たちが転校して大陸に行ったり、病で夭折したりしているんですね。 その中でひときわ目立つのが、彼の芸術へのひたむきな魂です。自らの死を予感しているだけに、ひたむきな中に悲哀もこめられていて、そういう作風が美智子皇后の児童文学に関するスピーチの中でも「でんでんむしのかなしみ」のように取り上げられているのでしょう。メランコリックなものがありながらも、暖かく格調が高い。そして純粋。彼の日記や手紙を読みながら、彼の魅力というものが何であるのかわかってきました。「たとい僕の肉体はほろびても君たち少数の人が(いくら少数にしろ)僕のことをながく憶えていて、美しいものを愛する心を育てていってくれるなら、僕は君達のそのこころにいつまでも生きているのです」「僕の教育は芸術的な教育だ」「いしゃは もうだめといひましたが もういっぺん よくなりたいと思ひます ありがと ありがと 今日はうめが咲いた 由 」(病床からのハガキ)(病状悪化のため、ひらがなを主にか細い字でつづっています。 梅の花の開花で、彼は時の経過を感じ、自らが一日一日と生き続けている実感を感じているのでしょう) 彼の思いの中で死と向き合うことにより、芸術そのものへの愛がひたむきに燃え盛っている、その強烈さが心に迫って来ます。 連れ合いは大学の教師という仕事から「教え子に死後こんなにたってからも記憶されて、業績を保存されて、教師冥利につきるだろうな~」と感慨ひとしおの様子。児童文学や教師、和歌などの道に進んだ教え子もいたようですが、みな彼のひたむきな生き方に打たれていたようです。今ならば結核のよい治療法もでき、療養生活を送って完治させてからいつまでも創作活動も続けられたろうに…と思うと、よい作家を早くなくしたことがわが国の損失だとさえ思えて来ます。彼以降、心に残る児童文学者は何人いるだろうかね~と言いながら帰途につきました。 新美南吉『『デンデンムシノカナシミ』』新美南吉『『おじいさんのランプ』』新美南吉『『てぶくろを買いに』』ごんぎつね新装版
2008.09.15
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わたしのスクールは昨年株式会社にしたので、わたしと専任講師は自分自身の健康保険証を持っています。このコストが馬鹿にならないのですが、わたしの職業人としてのプライドで、自分の保険証がほしかったのです。 ところが、郵便局で収めている次女の学資保険が最近満期になり、近くおろせることになったので、残高がいくらになるのか聞きに行って来ました。そうすると、夫がかけている保険なので、残高は夫本人にしか知らせることができない、と言うのです。夫は仕事で忙しく、家計のことは全てわたしに任され、わたしが取り仕切っているのに、です。 最近夫婦間の保険金詐欺や保険金殺人が多いので仕方ない処置かも知れませんが、いかにも不便です。それで、それは、ま、いっか、ということで、「じゃあ、おろせるときはどんな書類がいりますか」と聞くと、「ご主人の委任状とパスポートか運転免許証の現物、それから奥さんの本人証明の保険証がいります」と言いました。わたしが、「会社に勤めているので、わたしは主人とは違う保険証があるんですが、それでいいですね」と聞くと、「でも、一緒には住んでいるんですよね?」と聞き返されました。わたしはその発言に「またか」と思いながらも、「当然です」というと、「それならその保険証でけっこうです」と答えました。 「わたしは自分の会社の取締役ですから」と答えるとなんか信用されないような気がしていつもいやなんですよね。 それでいつもそう答えるようにしているのですが、なぜいつも離婚しているというふうに想定されるのでしょう?もう2,3回そんな扱いを受けています。わたしの年齢のおばさんはそれほどパート勤めの人が多いのでしょうか?それとも社長らしい貫禄がないのでしょうか? まあ、いつも短パンとTシャツですから…。でも、それだけフルタイム、保険つきで働く女性が少ないのが現状なんでしょうね。これからもうちょっと貫禄のある服装でいかなくては、と考えたのですが、離婚していると邪推されるのは同じか…。
2008.09.12
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事故米を製品に混入させていたという事件のおかげで酒メーカーがえらい騒ぎになっています。 翌日スーパーに行ったらあられ、せんべいが山のように積まれて売り出しになっていました。酒と名前のつくものはウイスキー以外は何でも大好きなわたしとしては、これからがシーズンの日本酒がだめで、しかもつまみのあられもだめといったら楽しみが半減ですね。(ダイエットしろ、ということかも…)どこのメーカーの製品にどれだけ何が混入しているのかわからない、というからどれもこれも怪しげに思えてしまいます。結局、米を使った製品全てを買い控えてしまいます。 これはちょうどBSEが出てきたときにゼラチンからプリンまで買い控えしたのと同じですねl。うなぎ、ぎょうざも同じです。 いつだったか、スーパーで買って来たせんべいを食べた連れ合いが「なんとなく気持ちがわるいなあ」と言ったので、「今買って来たおせんべいなのよ。刺身や肉じゃあるまいし、変質してるわけないじゃないの」と笑っていましたが、今になると、残留農薬が基準以上あった米でも混入していたのかも知れません。 それから数ヶ月たっていて、なんともないのでそれはいいとして、口に入れていいのか、悪いのか恐ろしい世の中になってしまいました。結局不況なので、大規模な企業を維持していくのはどこかでトリックをしなければやっていけない、という発想になるのでしょうか。でもそういう企業になるなら大規模な企業になるのは避けたいとつくづく思っています。
2008.09.10
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暑さもほどほどになってきたので、連れ合いとどこかに行こうか~ということで名古屋市の近郊碧南市にある「へきなんたんトピア」に行って来ました。 ここは中部電力の火力発電所に付属した広報用の施設で、小規模な科学館のようになっていて、しかもお隣にはイングリッシュガーデンやハーブ園、自然探索路や芝生広場のある自然公園があるのです。お花にはめっぽう弱いわたしのことだから「じゃあ行こう行こう」ということででかけました。 暑くておっくうだったのと、デジカメの電池が切れていたのを忘れていたので写真がなくてすみません。 でも、いろいろな感激がありました。まず、この夏初めてのトカゲとヘビ(もちろん野生の)と遭遇しました。面白かった。それからツクツクボウシが手でつかめる高さで鳴いているのを見ました。もうひとつ。彼岸花がもう咲き始めていました。 この公園はガーデンもいいのですが、今干拓中の干潟があり、そこに植えられた木がだんだん大きくなって森を作ってるのですが、まだまだ湿地があり、ビオトープみたいになっていて、背の高いガマがたくさん生えているのです。白サギのつがいがすんでいて羽根をつくろっていました。ガマの間にはカエルが(ウシガエルと思われる。ものすごく大きい)いたりしているんです。名古屋はむかしあゆち潟といわれる湿地帯で、がまがびっしり生えていたとか。万葉の昔に思いをはせてしまいました。 たんトピアの詳細はこちら
2008.09.07
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わたしが夫の研究留学のために英語講師の仕事を中断してスウェーデンにわたったのが1990年のことでした。子供たちは3歳、1歳、0歳で、夫は国家予算の書類の関係で先に渡航しており、わたしは夫の両親に付き添われて3人の世話をしながらスカンジナビア航空に乗ったのでした。 直行便だと思っていたのにモスクワで給油で降ろされ、長男は眠かったのでぎゃあぎゃあわめいて空港内を走り回り、清掃用の車にもう少しでひかれるところでした。ほんとに大変でした。「パパ、ない!」(パパはいないじゃないの、の意)と泣きじゃくられ、男のくせになんて根性のないやつとイライラした記憶があります。 そういった大混乱の中をイエテボリに着き、迎えに来てくれた夫と住まいに向かいました。その家は教授のはからいで子育てがしやすいようにと広い芝庭のある静かな山荘風の家で、裏庭は自然探査路のある自然公園と地続きになっていました。 そんな子育ての中で知ったのが「オプナ・フォルスコーラ」でした。(日本人の方はみんなそう言っていましたが、正式の発音でないかも知れません。スウェーデン在住の方、直してください)そこは日本でいえば児童館のようなところで、小さなこどもがいつでも自由に遊べるような場所で、大きな公園の中とか、学校の一室とかに設置してあるのです。そうして世話役のような方が必ず一人いて、コーヒーなどわかしてくれていました。それを自由に飲んでもいいし、ときどきクッキーまで作っていてくれる!絵本やすてきな木製のおもちゃや人形など、屋内でも屋外でも遊べます。子供の安全については親が責任を持ってください、とされているようでした。週に1,2回は通っていました。幸いわたしは英語が専門でしたし、スウェーデンの方(特に若い母親)はみな流暢に英語ができたので、あんまりスウェーデン語を勉強しなくてもなんとかなりました。(外国に滞在するときにはあまりよくないことですが)ときどき、育児休業をとっている若いお父さんが子供を連れてきていておしゃべりの相手になってくれて、ハンサムな金髪男性に弱いわたしにはいい気分転換になりました。森と、植物ときれいな空気がある環境が常に子供のまわりにあるオプナ・フォルスコーラが日本にもできないのかな、と思ったものでした。 スウェーデンからの便り
2008.09.06
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わたしたちのスクールは「100年先に求められる人材の教育」をモットーとしています。「100年先では成果が出るのが遅い」という意見もあるようですが、時代というものは歳月を経て真に価値のあるものが残っていくのであり、「金もうけ」とか「出世」だけをめざすだけでは祖国、世界、宇宙という広いスパンでものを考えていけるような人を生み出すことはできないと思うんですね。 むしろ宗教に近いような、人は何をもとめて生きていくのかとか、世界はこれからどういう方向に向かうのか、という広い視野を持つ人を育てていかなければ、科学技術がここまで進歩した以上、人間存在の危機だと思うのです。 目先の利益、自分さえよければ、という考え方が犯罪の増加にもつながっている気がします。病院におけるモンスター患者、学校でのモンスター・ペアレントも同じです。人を育てる人の心が殺伐としている。何かあればすぐ言い逃れする役所や会社。そういった傾向が強まるにつれ増加する訴訟。損害賠償。それなのに凶悪犯罪は増加している。目の前の結果だけでなく、本当に世界の求める人を育てていきたい。毎日そんなことを考えているのです。 誰かが焚き火をたいて目印を作らなければ、誰も目標はできない。誰かが暖かいご飯を炊かなければみんながひもじいままです。このごろ毎日考えてしまいます。
2008.09.04
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