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ほんとに暑いですが、このあいだでかけたデパートで帰りにお土産として買ったのがこれ「パステル」の「なめらか特濃ミルクプリン」です。スイーツには目がないんですが、これは今まで食べたプリンの中で一番おいしかった。!!それまでにもパステルにはよく入っていたのですが、このプリンはおいしい!!バニラの香りもすばらしく、おすすめの夏のスイーツです。
2010.08.24
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名古屋駅前には高島屋と松坂屋名古屋駅店の2大デパートがいます。他にも近鉄、名鉄系のデパートがありますが、大きな違いは客の数の違いです。 高島屋は高い売り上げを出しており、逆に松坂屋は退却を決定し、名古屋駅前という好条件の立地にもかかわらず名古屋駅店を閉店します。 デパートの不振はマスコミでも取り上げられていますが、その原因はなぜでしょうか。先日久しぶりに盆休みを利用して買い物にでかけていろいろ考えてしまいました。 客はなぜデパートに来るのか。 ではわたしはなぜ松坂屋でなく、高島屋に来たのか。それは、華やかだからです。高島屋には夢があるんです。何かちょっとお金が入ったときに来ると、すばらしい物が買えるような気がするのです。だからお惣菜ひとつにしても、スーパーと同じものは買う気にならない。たとえば、北海道の○○牧場でとれた牛乳とか、チーズケーキとか。スーパーでは売っていない、おいしい食材とか。大納言あずきをフルに使った和菓子とか。添加物ゼロで有機栽培の野菜しか使ってないサラダとか。 これが買えたらいいな、といつも憧れているような商品があるから来るのです。 だからものすごく安いものならスーパーに行けばいい。 洋服ひとつにしても、縫製がよくて、ステッチなんかしっかりかかっていて、質のいい生地が使ってあるなら900円から1000円高くても買います。 そしてサイズと色の在庫がしっかりあって、お直しも即日無料でできるなら買ってしまいますね。 でもスーパーと同じテイストや生地だったらスーパーに行きますよ。 このあいだ東京のデパートで玉ねぎつめ放題をやっていましたが、そんなことはスーパーに任せておけばいい。 それより、アンテナをしっかり張って、今のファッション、今の食べ物の動向を探って流行のものをいち早くとりいれ、テナントに入れることじゃないですか。 実際、クリスピークリームドーナツだってラデュレのマカロンだって名古屋ではまず高島屋に入りました。 わたしたち消費者はデパートにスーパーになることは求めていません。 もう節約にも疲れてきていて、少しは高級な目先の変わったものがほしいのです。 そうして、スーパーで今切られてきているものは人件費。つまりサービスがどんどんカットされてきているのです。 たとえば水道のパッキンを買いにホームセンターなんかに行くと、店員さんがみんなバイトで詳しいことを知ってる人が一人だけ、なんてことがよくあります。 かばんひとつにしても、いいかばんを売ったら、ずっとそこで修理やメンテナンスをしてくれる、そういう長い関係が作れるならずっとそこでお客は買います。 そういう専門性をもっとデパートは売ってもいい。スーパーにはそれはありません。だが、お客はそれを求めています。 でもデパートの欠点は足回り。スピードです。だって店舗が上下にわかれているので、お客を上の階まで上げなくてはいけません。 そこがワンフロアの大型スーパーに劣るところです。しかもデパートというのは売り場が店舗ごとに細かく分かれていてとても位置関係がわかりにくい。 スーパーの売り場のように大きなサインボードに「日用雑貨」「ペット用品」などコーナーを明示してくれないと、ちっとも探しているものに探しあたらず、イライラします。エントランスに大きなサインを置き、「1階 ○○ 2階 ××……」と示すべきです。今はわざと店内をわかりづらくしているとしか思えない。このスピード時代、ぱっぱっと買い物したい人も多いのです。 JR名古屋高島屋には東急ハンズが入っていますが、要するにデパートをハンズ化すればいいんです。 文具や紙用品のことを聞くと、さっと専門の店員が飛んできて在庫確認をすぐしてくれます。カタログもすぐ見せてくれます。 スピードが速いんです。 それがデパートに行き、「喪服がほしいんですが」というと、「あ、それは5階のフォーマルコーナーになります。バッグはバッグ売り場で靴は靴売り場で1階になります」となる。 どうしてフォーマルは1階でないんですか。喪服ってすぐ必要になって慌てる人も多いと思うんですね。法事もあるし、ちょっといいものがほしい人も多いと思うんです。 そして、バッグや靴も一緒に売ってたらほしくなるものですが、別の売り場になるんだったら、「面倒だから 黒いバッグあるからあれを使えばいいか」ということになって買わずにすませてしまいます。 これが、喪服といっしょにバッグと靴も一度に買えばふたつで2割引になり、インターネットみたいに、「かさ張るからイヤ」、という人には送料も無料、だったら買ってしまいますよ。どうしてそれができないのでしょうか。 スーパーで、さんまの隣りにちょっと高級な醤油や、ぽん酢、大根が置いてありますね。あれといっしょです。「きょうはさんまにしよう」と思っても、「大根がいるからまた野菜売り場にもどらなきゃいけないし、醤油は「このブランド高めだけど、20円か30円の違いなら、ま、これにしとこう」と買ってしまいます。結果としてさんまの隣りにこ高級しょうゆをおいただけで、それはいつもよりずっと売れるのです。 3月になったら1階は「新入学フェア」としてリクルートスーツと新入学用品に売り場を模様替えするべきです。文房具もかばんも英和辞典、電子辞書まで全部1階で買えるようにして、専門の店員を応対させます。小学生の文具などは子持ちの店員だったら詳しく知っています。 それと婦人服メインの今のデパートの展開が問題です。 なぜ、生活シーン別にしてキャリアとカジュアルにわけないのでしょうか。そして婦人服と紳士服をいっしょのフロアにしないのでしょうか。 キャリアの階では男女ともに仕事用の服とグッズ、かばん、筆記具などを売る。 カジュアルの階ではジーンズやTシャツをメインにおしゃれで高級感のあるアパレルとおしゃれな生活用品を売る。 夏休み前にはファミリー向けのイベントやゲーム大会、展覧会、夏休みの自由研究に役立つイベントなどをその階でして、自由研究関係の書籍やグッズを売り、そこでファミリー向けの旅行プランや旅行用品、リゾート向けの子ども服や男女の服を置く。託児コーナーも置く。イメージはエリート家族のファミリーのためのフロアです。子どもの教育に高い関心があり、しかも両親ともに職業を持ち、しかも家庭を大切にする知的なファミリーがコンセプトです。うちの子どもはよそとはちょっとちがうのよ、という意識をくすぐるフロアです。 冬になったらお受験がらみのグッズやセミナーをして、文具や風邪防止用品などを展示してもいい。 そういう季節感があると、ついうれしくていろいろ買ってしまうものです。
2010.08.11
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暑い!ですね。どこか涼しくてきれいなところはないかな、と連れ合いとでかけたのが安城市のデンーパークでした。池のはすが咲いているということで。水からにゅっと頭をつきだしていて、涼しそうではあります。気分だけは。早朝に咲くので朝早く来ると船をだしてくれるサービスがあったそうで、なかなか憎いですね。カメラマニアはマクロで花を撮りたいけど、水があってはとれないので至近距離まで近づきたいですものね。 この写真を撮ったあと名物のジェラートを食べたのはいうまでもありません。撮っているあいだだけは暑さを忘れることができました。 葉に写る日光がきれいです。 温室の中の池にうかぶオニバス緑にピンクが鮮やかなハスの花桃色のふんわりしたつぼみがかわいらしい。 咲くときはポン、と音がすると聞いています。 早朝に咲いて一旦閉じているつぼみ。はすというとお葬式ぐらいしか連想しませんが、なかなかきれいなものですね。この花は中国から持ってきたものらしいです。それで花が大きいのですね。
2010.08.11
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スクールもやっと盆休みに入ったので久しぶりに実家を訪ねました。わが家からは地下鉄で40分ほどなのですが、3人の子どもたちがいまだに家から通っていて、しかも長女は看護師のため勤務が不規則で土日以外が休みになったりするためなかなかまとまって実家に帰るチャンスがないのです。 一時は体調を崩してずいぶん心配した母もなんとか体調を回復し、ほっとしています。もう85歳にもなるので、暇を見つけては顔を見に行かなくてはいつなんどき、後悔するような事態になるかもしれない、と考えて仕事や家事の隙間を見つけては帰って顔を見るようにしています。 それでも雑用に追われる日々なので、いつも日帰りです。考え方が古いのかも知れませんが、「お前はもうこの家を出た身だから、そんなにひんぱんに帰ってきてはいけない」と若いころに言われたことが頭に残っているのかも知れません。 実家に帰るというのは、こっそりしなければいけない、とどこか意識の底にあるんです。 変ですよね。口では男女平等とか、リベラルなことを言っているのに。 でもきょうはちょっとのんびりして4時半ぐらいまで実家でのんびり両親と話しました。4時をすぎると、母親がソワソワし始め、「子どもたちの食事はだいじょうぶなの?」などといい始めました。わたしはもう少しのんびりしてもいいんだけどな、と思いながらも、やっぱりなんか家事をさぼっているような気がしてきて、「じゃあ、そろそろ行くわね」と腰を上げました。 すると、母が「お父さん、駅まで見送りに行ってやってくれる?」と言いました。「今日はまだコーヒー飲みに行ってないでしょう?」と。 母はコーヒーが苦手で飲まないので、一人分だけ淹れても不経済なので、父は1日1回は駅前の喫茶店にでかけるのが日課なんです。 それが、この間(2ヶ月ほど前)来たときは帰りに名古屋駅のスターバックスでコーヒーを飲むつもりだったので、「あたしは名古屋駅に着いたら飲むからいいわ」と断ってしまったのです。そう答えたら、父は一瞬、ちょっとがっかりした顔をしたので、(あ、しまった)とは思ったのですが、一度言ってしまったし、ま、いいか、とそれ以上何も言わなかったのです。 それで、今回は、「そうね。いっしょに喫茶店行こうかな」と言ってみました。 父と一緒にちょっとレトロな田舎ふうのテーブルをはさんで座ると、こういう風景がものすごく久しぶりなのに気づきました。 わたしは高校生のころから父にずっと反抗してきて、こういう状況になったのはおそらく中学生以来だったのです。 今思うと、あのころは父にいろいろなことをお膳立てされるのが嫌でたまらなかったんです。 何かしようとすると、「そういう仕事はダメだ。こういう苦労がある」とか「そういうところへ行ってこういう危険があったらどうするんだ」とか、父はいつも心配ばかりしているのです。石橋をたたいてもわたらない人。それが若いころの父でした。そうして今でもそうです。 父は父なりにわたしを危険から保護したかったのでしょう。今子どもたちを3人成人させてみて、やっとわかるようになりました。大切な子どもだからこそ、危ない目には会わせたくない。苦しい思いはさせたくない。それは親の本能に近いといえます。 でも子どもはそういう荒波に飲まれないと大きくなれないし、成長しない。そういう成長の芽をつんでしまったら、子どもはいつまでも子どものままです。 だからわたしはわたしなりに父の保護に対して反抗し、反抗してばかりの青春でした。 そう思いながら父とふつうに話し、談笑できるのがとても不思議に感じられました。 20分ほど話したでしょうか。「さ、あんまり話していて、夕食の支度が遅くなってもいかんから、そろそろ帰ったほうがいいぞ」と父がまた命令口調で言いました。「そうね」とわたしは素直に聞いて席を立ちました。 父が常連の喫茶店のママさんに「いつも父がお世話になっております」と挨拶をして、店のドアを閉めました。「じゃあ、そろそろ行くわ」と言うと、「うん。気をつけてな」と父。止めておいた自転車を引いて帰り支度です。 そのまま階段をおりて地下の改札に向かおうとしましたが、思いなおしてまた父に目をやりました。 これが最後になるかも知れないから、しっかり見ておこう。このごろいつもそんな気がしてしまうのです。 階段を降りているときに気配を感じてもう一度振り返ると、案の定、ちょっと恥ずかしそうな顔をしながら、父が手を振っていました。
2010.08.10
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