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愛の不在。このごろマスコミを見て感じるのはそればかりです。
同じ家族の中で殺し合う家庭。
恩師を逆恨みして殺人に走る教え子。
師弟、家族といった人としてもっとも美しく堅固でなければいけない絆がぼろぼろになってきているのですね。
現代には「愛」という言葉が存在すること自体が無理なのでしょうか。
以前にある人がこんなことを言ったことがありました。
「わたしは誰も愛さない。限りある命をもつ人間を愛するということは、いつかその人(たち)を失っていくこと。だから失うのがこわいから誰も愛せない。愛することが怖い」と。
それはちょうど「ハリネズミ・コンプレックス」という言葉で表される状況かも知れません。
人があまりに密接な関係になってしまうと、かえってキズつけあってしまう。だからあまりかかわりあいにならずに淡白な間柄でいようと。
それで、このごろの若い人たちは結婚しないのですね。いっしょに住んでみたりすることはあっても、深くかかわりあう結婚はしない。
そういうわたしも、サルトルとかボーボワールのようにお互いに離れていて、好きなことをやる、そういう人間関係にあこがれていたころがありました。
淡白な関係であれば傷つかない。だれもキズつけない。
しかし、人は深く人を必要としよう、とするものなのですよね。
でも、たとえば子どものことを深く考えようとすればするほど、
「うるさいよ~」とか「うざい~」と言われて拒否されてしまう。
みんな淡白な人間関係がいいんだ。
でも、なんか、ちがうような。 でもそれでいて、そういう関係って楽だろうな~とも思ってしまうんです。
ますます今の社会がわからなくなってきてしまっています。
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